第五十二話
お茶会を抜け出した私とクロード様は、適当な部屋へと移動した。
「それでメリス嬢。話とは?」
二人きりになると、さっそく用件を尋ねてくるクロード様。
「実は……。数日前、妙なものを見てしまい。それでご相談を……」
困惑している風をうまく装いながら、私は話を切り出す。
「妙なもの?」
「その……。なんと言えばよいか……。羽の生えた人間のような姿をした、これくらいの、小さな生き物を見てしまったのです」
私は両手を使って大きさを示しながら答え、さらに続ける。
「その生き物はふわふわと宙を飛び回っていたのですが、誰も気にしている者はおらず、私にしか見えていない様子で……」
見えたものが妖精だと本当は知っているけど、ありえないものを、不思議なものを見てしまったという体で話を進めていく。
世間一般的には妖精はおとぎ話の存在だから話の進め方には注意する。
「……私はいったい、何を見てしまったのでしょう?」
「……」
私の話を聞いたクロード様は難しい顔をした。おそらく私が見てしまったものが妖精だと、察したのでしょう。
そうでなければ、こんなに悩ましげな表情をしないはず……。
「……それは、どこで。そしてどんな状況で。見たのですか?」
「えっと……。ケノミーナ侯爵家のリゾートホテルの廊下で、ジニット子爵家のご子息と、立ち話をしているときに……」
「特に何もせず、自然と見えましたか?」
「はい。特別なことは何もしておりません。ふと見たら、その生き物はそこに浮んでいたのです」
「はっきりと見えたのですか?」
「はい……。それはもう鮮明に……」
「……そのことを、誰かに言いましたか?」
「いいえ。まだ誰にも。最初にクロード様に相談すべきかと思いまして」
「そうですか。……メリス嬢、このことは他言しないようにしてください」
「わかりました……」
うーん。できればここでクロード様から妖精の存在を教えてもらっておきたかったけど、そううまくはいかないか……。
妖精の存在は極一部の者たちだけにしか知らされていない秘密だし、当然と言えば当然なのだけれど、少し残念に思う。
一応、もう一押ししてみましょうか……。
「あの。クロード様。あれはいったいなんだったのでしょうか?」
「それは……。残念ながら私にもわかりません」
「その。こんなことを言ったら笑われるかもしれませんが……。もしかしたら、あれは妖精だったりはしませんか?」
「妖精? 御伽噺に出てくるあれですか?」
「ええ。その妖精です」
「うーん。聞く限り、確かに特徴は似ているかもしれませんが。妖精が実在するとは聞いたことがありませんよ」
これは……。やっぱり駄目みたい。
まあ、そう簡単に妖精の存在を教えてもらえるとは思っていなかったし、目的の半分は達成できたから良いけどね。
私の目は妖精も見ることができるということを、クロード様に伝えられたのだから、とりあえずはそれでよしとしましょう。
「そうですよね。妖精なんてありえませんよね」
「まあ、私のほうで調べておくので、安心してください」
「お願いします」
「……」
それにしても、本来、エリル公爵家の者しか見ることができない妖精の姿が見えるなんてね。
魔素が色付いて見えることもそうだけど、本当に私の目はいったいどうなっているのかしら?
なにやら考え込んでいるクロード様を前に、私もこの目について少し考えてみるが、答えは出ない。
はぁー。まあともかく、これで話したいことは話せたし、お茶会のほうへと戻ることにしましょう。
三人だけで残してきたカトラ様のことも心配だし……。
「クロード様。カトラ様も心配ですし、戻りませんか?」
「ああ。そうですね。戻りましょうか」
クロード様の了承も得られたので、私は部屋の入り口へと足を踏み出す。クロード様もすぐ後に続いた。
「そういえばメリス嬢。今日は母上が急にお邪魔して、すみませんでした」
「いえ。さきほども言いましたが、気にしていませんわ」
「カトラ嬢にも、詫びておいてください」
「カトラ様にも?」
「ええ。急な呼び出しで。随分と心労をかけてしまったようですから」
「なるほど……。カトラ様へのお心遣い、感謝いたします。……きちんとお伝えしておきますわ」
私は取っ手に伸ばしていた手を下ろし、振り返って頭を下げる。
「お願いします。……まったく母上も困ったものです。急に呼び出すなど、カトラ嬢も迷惑だったでしょうに」
「ふふっ」
クロード様のつぶやきがなんだか苦労人みたいで、思わず笑ってしまった。
そういえばゲームでもクロード様はナルシス様に振り回されていたわね。
「メリス嬢?」
「ああいえ。クロード様がカトラ様のことを気にかけてくれていたのが、なんだか嬉しくて……」
クロード様にいぶかしげな目を向けられ、私は慌てて誤魔化す。
「なるほど」
「カトラ様のことを気にかけていただき、ありがとうございます!」
「お礼を言われるようなことではないと思いますが……。メリス嬢はカトラ嬢と仲が良いようですね」
仲が良い……。どうなんだろうか?
なんとなしに紡がれたクロード様の言葉にひっかかってしまう。私はカトラ様と仲が良いと、自信を持って答えることができなかった。
「……そう見えましたか?」
思わず聞き返してしまう私。
「ええ。見えましたが。違うのですか?」
クロード様は不思議そうにしている。
「いえその……。違わないと答えたいのですけど。カトラ様がどう思っているのかわからなくて……」
本当にどう思っているのかしらね。この前のエステサロンだって、カトラ様だけ来てくれなかったし……。
「……」
黙り込むクロード様。それはそうよね。クロード様からしてみれば他愛ない会話の一つだったのだから。
それなのに、私は弱音を吐くみたいなことを……。
カトラ様との仲を悩んでいたとはいえ、変なことを言ってしまったわね。
「わす――」
「そう言われると。私も自信はないのですが……。少なくとも、メリス嬢がカトラ嬢のことを好いていることは伝わりましたよ」
私が忘れてくださいという前に、クロード様がそんなことを言った。
クロード様は優しい声色でさらに続ける。
「ですから。カトラ嬢にもメリス嬢の気持ちは伝わっているでしょう。きっとカトラ嬢もメリス嬢と仲良くしたいと思っていますよ」
「そ、そうでしょうか?」
あれ? お、思いのほか親身に励まされた?
「メリス嬢はカトラ嬢に嫌われていると、思っているのですか?」
「それはその。嫌われてはいないと思います。ただ、壁を感じるのです」
「それは、メリス嬢の立場に遠慮があるだけでは?」
「……自信はないのですけど。遠慮とは、違うと思います」
カラミラ様やアリク様との間に感じる隔たりは、身分とかに対する遠慮のようなものに近いような気がするけど……。
カトラ様との間に感じる隔たりは、やっぱりどこか一線を引かれているみたいに、そこに壁を感じてしまうのよね。
というか、何でこんな話の流れに? なんだか無性に恥ずかしいのだけど!
「うーん。申し訳ない。どうやら力になれそうにありません」
「い、いえ! こちらこそ。つまらない相談事を。申し訳ありませんでした!」
恥ずかしい気持ちが抑えきれなくなり、私は強引に話を切り上げてクロード様に背を向けると、部屋の扉を開いた。




