第四十一話・マリウス視点
「とんでもない! ふざけてなどいませんよ」
「ふざけているじゃないの! なんですの。その態度は!」
「プラム様――」
「……あなたの態度からは、ちっとも誠意が感じられないわ!」
目の前でうるさくがなり立てるプラム嬢はかなり鬱陶しいが。しかし俺には、それよりも気に食わないことがある。
それはプラム嬢のすぐ隣にいるフレール侯爵家の令嬢のことだ。少し困ったような表情を浮かべるメリス嬢が癪に障る。
その取り澄ました態度は何だ? どうせおまえも、内心では俺のことを不愉快に思っているに違いないのに。
それなのに、まったく気にしていないとでも言わんばかりに、表面を取り繕って。そんなに自分をよく見せたいのか?
特に気に食わないのが……。
「誠意ですか? 私としてはできる限り、精一杯、示したつもりなのですが。伝わりませんでしたか?」
「まったくもって。これっぽっちも。伝わっていないわよ!」
「プラム様。本当に、もうその辺りで……」
これだ。この消極的な制止の仕方だ。
取り巻きが俺に食ってかかるのを見て困っているような素振りを見せているが、だったらなぜもっと強く制止しない?
いや。わかっているとも。メリス嬢、おまえも俺のせいで自分が転んでしまったと、内心では不快感を覚えているのだろう?
だから、取り巻きが勝手をして困っている体を装いつつも、強く止めないのだ。
ただ、だからこそ本当に気に食わない。こいつは取り巻きが気持ちを代弁してくれていることを良いことに……。
これ幸いと、自分だけ泥を被らず良い子ぶっている。こいつは取り巻きにだけ貧乏くじを引かせようとしている。
忌々しい。そううまくはいかないぞ。本性を暴いてやる!
「そもそも。あなたが誠意を感じていたかどうかは、関係ありませんよ。私はあなたに謝ったわけではありませんから」
「っ! なんですってぇー」
顔を真っ赤にするプラム嬢は無視して、メリス嬢のほうを向く。
「フレール侯爵令嬢、どうでしたか? 私としては、誠意を込めて、謝罪したつもりなのですが。伝わりませんでしたか?」
さあ、メリス嬢。さきほどの俺の謝罪に誠意を感じたかどうか、他ならぬあなたの口で、きちんと答えてもらいましょうか?
言ってはなんだが、さきほどの謝罪は挑発のつもりだったから、これっぽちも誠意は込めていないぞ。
「メリス様、言ってやってください!」
「えっと……。ぶつかられたわけでもありませんし。そもそも謝罪をしていただく必要がございません」
「なっ! メリス様! よろしいのですか?」
へぇー。意外だな。謝罪すら必要ないと言い出すとは。だが……。
「本当ですか? 本当に、私に非はなかったと、認めてくださるのですか? 後で謝らなかったと、言い出されても困りますよ」
先ほど謝罪したときよりも、さらに慇懃無礼にそう言ってやる。さあて、格下の貴族の無礼な振る舞いに、いつまで我慢が続くかな?
「もちろん。後で問題にしたりなど、決してしません」
「本当ですね? 本当に問題にはしませんね?」
「お坊ちゃま。もうそのぐらいで……」
「ええ。約束いたします」
思ったよりも手強い……。俺の態度はかなり不愉快なはずだが、メリス嬢に堪えている様子は見られない。
懐が深いのか、あるいは鈍いのか。とにかく遠回しに無礼な態度を取っても、あんまり効果がないみたいだ。
ならば、もうわかりやすく横柄な態度で……。
「……そうか。まあ、そうだよね。だって、そもそもそっちが勝手に一人で転んだだけだし、当然だよね」
これならさすがにカチンとくるだろう。なにせ、今の俺はどこの馬の骨かもわからないような子爵家の人間だ。
「やれやれ。変な難癖をつけられて、時間を無駄にしたよ。まったく。取り巻きの教育ぐらいちゃんとしときなよ」
「なんですって! メリス様、こいつやっぱ――」
「ジニット子爵令息!」
おっ。ついに怒ったか? まあ、当然だよな。格下の貴族、子爵家の人間からここまでコケにされたのだ。
それはさぞ腹が立つだろう。俺だってこんな無礼な奴がいたら一言言ってやる。さあ、俺の態度を糾弾するがいい。
「余計なお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「メリス様!」
「っ!」
軽く頭を下げて謝罪したメリス嬢の姿に、俺は言葉を失くす。
こ、ここまで言われても怒りの感情を一かけらも見せないのか! 益々怒りの感情が込み上げてきた。
そんなに良い子ぶっていたいのか? これだから、おまえたち令嬢というやつは信用ができないのだ!
おまえたちはそうやって内心を隠し、いつも耳障りの良い言葉を使い、気に入らない相手にも迎合してみせる。
しかし、それは表向きの仮面を被った姿。一度本人がいなくなれば陰では悪口を言っている。だから嫌いなんだ!
「わ、わかればいいんだよ。次からは気をつけろよ」
内心で渦巻く暗い感情を押し殺しつつ言葉を返す。結局、最後まで取り澄ました態度を崩さないままとは……。
本当に、まったくもって度し難いほどの猫被りだ。
「それではジニット子爵令息。私たちはこれで失礼いたします。皆様、行きましょうか」
「メリス様。本当によろしいのですか?」
「ええ。いいのよ」
取り巻きを連れて、横を通り過ぎていくメリス嬢。俺は敢えてそれを見逃す。
ふんっ。メリス嬢、おまえはうまく乗り切ったと思っているのだろう。しかしそれは大きな間違いだ。
さっきまでのやり取りはただの布石に過ぎない。おまえを怒らせ、俺への嫌悪感を募らせるための布石。
どれだけうまく表面を取り繕うと、俺には通じないと教えてやる。
「シャロ。メリス嬢の後を追いかけてくれるか?」




