第三十一話
もう何度目かにもなるメリスのお茶会の最中に私は悩んでいた。
メリスに大きく背中を押されたこともあって、クロード様との距離を縮めるために動き出そうと奮起した私。
メリスと相談した結果、魔法についてクロード様に教えを乞うことで、会話のきっかけを掴み、仲を深めようと決めたものの……。
なかなかその機会が訪れない。奮起してからすでに三週間経つが、いっこうにクロード様が我が家にやって来ない。
まあ、そもそもクロード様が我が家を訪れることは稀なので、これは仕方がないことなのだけど。これでは始まらない。
「メリス様? 聞いておられますか?」
「ん? あらごめんなさいプラム様。聞いていなかったわ」
「そうですか……」
「なんだったかしら?」
「いえ。大丈夫ですわ」
うーん。ちょっと考え事をしていて話を聞いていなかったのだけど。……何か大事な話だったかしら?
こういうときはメリスの出番よね。
(何の話だった?)
『はぁー。ちゃんと聞いてなさいよ。プラム様は、あなたをパーティーに招待していたわ。次の土曜日ですって』
(ありがとう、メリス)
土曜日にパーティーか。残念だけど、土曜日はアリク様たちとお茶会をする予定だし、そっちを優先したい。
だから大丈夫だって言うなら、このまま聞いていなかったことにしましょう。わざわざ蒸し返して断るのもアレだ。
それにしても、アリク様たちとのお茶会といえば、そちらも何かしら新しいアプローチが必要な気がするのよね。
アリク様たちとの関係は、少し前から進展していない。あとちょっとで友人になれそうなところまでは来ているけど……。
今一歩が足りない感じで、どうにもうまくいかない。
というのも、私は本心からアリク様たちと仲良くなりたいから、その気持ちを飾らずに言葉にしていたのだけど……。
それが逆効果だったみたいで。「仲良くなりたい」と事あるごとに口にしていたから、その言葉に重みがなくなったというか。
アリク様たちは私の言葉を、社交辞令のようなものだと思っている節があって、素直に受け取ってくれない。
今さら後悔しても遅いが、貴族社会って本音と建前がある世界だから、もともと言葉では気持ちが伝わりにくいのだろう。
しかしそうなると。言葉だけでは気持ちが通じない以上、ただお茶会でおしゃべりするだけでは進展は見込めない。
何かしら別のアプローチが必要……。とはいっても、そんなものそうそう思いつくはずもなく。だからこそ悩ましいのよね。
あと半年もすれば学園の初等科に入学することになるし、そうなるとまた状況が変わってくるのだけど。
できれば入学前までに、親友は無理でも、胸を張って友人だと言えるくらいにはなっておきたいのよね。
何か仲を深めるきっかけになるようなことが起こらないかしら? 他力本願にそう思いながらアリク様のほうを見る。
するとそこには、楽しそうにおしゃべりをするアリク様とカトラ様、カラミラ様の姿が……。この光景も見慣れたものになったわね。
アリク様たちと私の仲は、なかなか進展しないのに。アリク様たち三人は、かなり仲良くなっているのよね。
聞くところによれば、誰かの家に三人で集まるなんてこともしているようだし、まったくもって皮肉が利いている。
三人で集まるなら、私も呼んでくれたら良いのに……。
ああそうだ。せっかくだし、久しぶりにメリスのお茶会でも、アリク様たち三人に話しかけてみようかしら?
いやでも。たぶん私があちらに行くと、プラム様もついてくることになって、それだと三人の邪魔をしてしまうし……。
今日もそうだけど、私はメリスのお茶会では、あいかわらずプラム様とエルベル様に囲まれて行動している。
そして、だいぶ前にわかったことなのだけど、プラム様は、私と仲良くする令嬢のことが気に食わないらしい。
だから、私が仲良くなろうとしているアリク様たち三人のことも、当然気に食わないと思っているようで。
アリク様たちと話そうとすれば邪魔をしたり、アリク様たちに絡んだりするから、私があちらにいくと余計な火種ができる。
あっ。私が見ていることにアリク様が気付いて、微笑んでくれた。私も……。
「メリス様?」
私もアリク様へ微笑み返そうとしたとき、私の視界に大きな影が入る。プラム様が、私の顔を覗き込んできた。
どこか不機嫌そうなプラム様の顔が正面に。
「プラム様。どうかした?」
「いえその。反応がありませんでしたので……」
「あら。ごめんなさい」
またしても考え事をしていたせいで、話を聞いていなかった。
(何の話?)
『だから。ちゃんと聞いておきなさいよ』
(ごめんなさい)
二度目ともなれば、返す言葉もない。
でもまあ、プラム様の話は大したものではないことが多いから、少しぐらい聞き逃したところで問題はないわよ。
プラム様の話はたいてい中身のない話で、しかも私のご機嫌取りのようなものだから、聞いていてもいなくても大差ない。
正直、このメリスのお茶会を開くのも、ここ最近はあまり乗り気にならないのよね。プラム様の相手ばかりだし。
十一歳の誕生日パーティー以降、お母様に連れ回されてパーティーにも行くようになったし、メリスのお茶会の頻度は減らしても良いかも。
『まあ、大したことは話していなかったから、別にいいけど』
(「反応がなかった」というのは?)
『ああ、それはね。プラム様が髪飾りを褒めたのよ。「新しいその赤い蝶の髪飾りはよくお似合いですね」ってね』
ああ、そういえばナルシス様からもらったこの髪飾りを、メリスのお茶会の日に着けたのは初めてだったか。
「メリス様、もしや体調が優れないのではありませんか?」
『次はないからね。話ぐらいちゃんと聞きなさい』
(ええ。そうするわ)
ぼけっとしていたせいで、エルベル様にも心配されちゃったしね。
「少しぼーっとしていただけ。大丈夫ですわ」
メリスにも怒られたし、考え事は一旦脇に置いておいて、今はメリスのお茶会に集中するとしましょう。




