第二十八話
十一歳の誕生日から一ヶ月ほど経ったある日の夜。私は丸テーブルに頬杖をつき、なんとなしに窓から月を眺めていた。
「お疲れのようですね」
「あら。そうみえた?」
後姿から哀愁でも漂っていたのかしら? でもマイア、別に疲れているわけではないわ。落ち込んでいるだけ。
「はい。少しだけ」
「そう」
「やはりパーティーは疲れますか?」
「そんなところよ」
気のない返事をする。疲れているのも、落ち込んでいるのも、大して変わらないから訂正するのが面倒だった。
それに、落ち込んでいるのは本日招待された、クロード様の十一歳の誕生日パーティーのせいだから、本当に似たようなものだ。
はぁー。やっぱり。クロード様の婚約者にはなれなかったわね……。
ゲームでは、クロード様の十一歳の誕生日パーティー。つまり今日のパーティーで、私とクロード様の婚約が発表されたのだけど。
しかし残念なことに、現実はゲーム通りにはいかなかった。婚約のこの字も出ずにクロード様の誕生日パーティーは終わってしまった。
まあ。ゲームの私が、クロード様の婚約者になれたのは、私が強くそれを望んだからだったし、当然よね。
ゲームの私は、クロード様に一目惚れをしたその日のうちに、クロード様と結婚したいとお父様に頼み込んでいたけど……。
強引なアプローチが、クロード様に嫌われるとわかっていた私は、クロード様への恋心を誰にも打ち明けなかった。
だから当然、ゲームのように私の願いを叶えるために、お父様が動き出すこともく。婚約話が持ち上がることもなかった。
「はぁー」
少しは期待していたのに。いや、絶対ないとは思っていたけどさ。でも、もしかしたらと思っても仕方ないじゃない。
だってクロード様のことが、好きなんだもん。
結局、そう都合良くはいかなかったけどね。
でもこれは、安易に婚約という手段に縋らず、クロード様の愛を勝ち取ると。そう決めたときにわかりきっていたことだ。
この世界は一夫多妻が許されているから、婚約してしまえばそうそう婚約破棄されることもないし。
だからとにかく悪い事さえしなければ、クロード様と結婚することだけは可能かもしれない。とか。
でも、それだと愛のない結婚に終わってしまうかもしれないし、なによりヒロインがクロード様と結ばれたら……。
王族のヒロインと侯爵家の私では、家柄の序列的に考えて私のほうが第二夫人になるから、それは絶対嫌だ。とか。
そういう、いろいろを必死に考えに考え抜いた末に、やっぱりクロード様の愛が欲しいと。そう決めた結果……。
だから清く受け止めなければならないのだけど、実際にこうして現実になると、やっぱり後悔してしまうものらしい。
ゲームの知識から未来が想像できる私は、他にもっと良い道筋があったのではないだろうかと、つい思ってしまう。
例えば、とりあえず婚約を結んで、そこから愛を育むなんて道もあったかもしれない。そんなことを思ってしまうのだ。
「こちらをどうぞ。疲労回復に良いハーブティーでございます」
「ありがとう」
気を利かせたマイアが、ハーブティーを入れてくれたみたい。ネガティブな考えを振り払い、カップを持ち上げる。
「ふぅー」
ハーブティーを一口飲むと、自然と息が漏れた。爽やかなミントの香りが、鼻を通り抜け、少しリラックスできた。
まあ、考えたって仕方ないことよね。やめにしましょう。
「お嬢様、そろそろお休みになられたほうがよろしいのでは?」
「そうね。そうするわ」
もう夜も遅い。体も冷えてきたし、マイアの勧めに従おう。ベッドに仰向けになると目をつむり、眠ろうとするが…………。
うーん。どうにも、なかなか眠くならない。眠ろうと意識すればするほど、先ほどのような雑念が湧き上がってくる。
それでもなんとか眠ろうと、ごそごそと意味もなく寝返りを打ち、横になったりうつ伏せになったり、雑念を振り払おうとする。
が。やっぱり、全然眠れそうにない。はぁー。
心の中でため息をつき、ごろんと仰向けになった私は、枕の下からクロード様に頂いた魔法書を取り出し、胸に抱く。
『眠れないの?』
(見ての通りよ)
『どうせクロード様と婚約できなかったことを悩んでいるのでしょう? わかりきっていたことなのに女々しいわね』
(悪かったわね。女々しくて)
『まったく。しょうがないわねぇー。婚約できなかったのは仕方のないことでしょう? うまくやっているわよ』
(……そうかな?)
『ええ。あなたの選択に間違いはないわ』
(クロード様との仲が進展してないのに?)
『まあ、確かに。クロード様と会った回数はまだ数えられるほどだけど……。でもほら。誕生日プレゼントをもらったじゃない』
(そうね……)
魔法書を強く抱きしめる。これは私が魔法が好きだからと、きちんと私のことを考えて選んでくれたプレゼント。
しかも、自発的なプレゼントだと考えても良い品。
儀礼的なプレゼントしか貰ったことのないゲームの私と比べると、その関係は随分とマシに思える。
希薄な関係でも、少なくとも嫌われてはいなさそうという点で、ゲームよりはうまくやっているわね。
『そもそも。まだ私たちの計画は初期段階でしょ。クロード様との仲はこれから深める予定じゃなかった?』
(その通りよ。だって、もともとは立派な淑女になってから、クロード様に会いにいくつもりだったもの)
『なら、別にいいじゃない。ほら、済んだことを考えても無駄なだけでしょ。次のことを考えましょうよ』
(次?)
『そう次よ。そろそろ本格的にクロード様と親睦を深めるの』
(うーん。まだ時期尚早ではないかしら?)
まだ私は立派な令嬢とは言えないし、クロード様と話すとなれば緊張するから、もう少し礼儀作法が上達してからでも。
そのほうが、心に余裕を持ってクロード様と接することができるし。
『いや、そろそろ動かないと。時間だって無限にあるわけじゃないのよ?』
(でも――)
『でもはなし。さあ、詳しい方法を決めるわよ!』
あれ? そういう話の流れになるの?
てっきり、眠れない私の悩みを取り除き、眠れるようにしてくれるのかと……。どうやら今しばらくは眠れそうにないらしい。




