第十七話
お母様に続いて、ナルシス様、クロード様、レクス公爵家のメイド、ミルクシスが部屋から出て行くのを見送る。
そうして五人が部屋から出て行き、扉がしっかり閉まったのを確認すると。数秒待ち、誰も戻ってこないことを確かめ……。
ああああああ! 私は心の中で絶叫しながら、ベッドへとダイブした。
(やってしまったぁあああ!)
「お、お嬢様!」
『ちょっと! うるさいわよ。それと手足をバタバタするの、やめなさい!』
おっと、つい手足を動かしてしまっていたようね。
「お嬢様! どうなさいましたか?」
いきなりの私の行動に驚いたらしいマイア、お茶会の後片付けを始めていたのに、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「なんでもないわ。ちょっと手足を動かしたくなっただけよ」
「そ、そうなのですか?」
「わかったら、片付けに戻りなさい」
いぶかしがるマイアを適当に追い帰す。
(しくじった……)
『そうね……』
本当に失敗だった。まさかクロード様がお見舞いにやってくるなんて予想外。おかげで計画が……。
いや計画どころの話ではない!
『まったく。ケーキ一つで我を忘れて……』
そう。問題はそこだ。あれは醜態だった。まさか、ケーキごときで我を忘れてしまうなんて。
美味しい物を食べると気が緩むというが……。
だからって。悔やんでも悔やみきれない。絶対、子供っぽいとか、食いしん坊だとか思われたわよね?
あーあー。時間を巻き戻せたらいいのに……。
うつ伏せのまま右手を横に伸ばし、枕を掴むとひっぱり、そのまま枕をお腹に抱きかかえ、横向きにうずくまる。
『ほら。落ち込まないの』
あら、慰めてくれるの? きっとメリスだって、かなり気落ちしているはずなのに、優しいじゃないの。でも……。
(ごめん。無理)
あーあー。今の私って、ただでさえ淑女からほど遠いのに。それなのにさー。ついケーキをパクついちゃってさ。
あー。もう。どこかに閉じこもってしまいたい。
『はぁー。まったく。あなた、私なのに随分打たれ弱いわね』
メリスの呆れた声。うん、まあ。前世の私は失敗をけっこう引き摺るタイプだったからなぁー。
その点、今世の私は、切り替え早かったよね。
(貝のように殻に閉じこもりたい……)
『もう。ほんとに仕方ないわね。ほら、前向きに考えるのよ』
(前向きに?)
『そう。前向きによ』
そんなこと言ったって、どこに前向きに考えられる要素があるっていうのよ。しょっぱなの挨拶で失敗。
テーブルマナーがなっていなかったのに、ケーキ一つで我を忘れ、無防備に喜びを表してしまうという失態。
『確かに失態ばかりだったけど。少なくとも、クロード様に嫌われては、いなかったでしょう?』
(そうかなぁー?)
『そうよ』
(どの辺から、そう思ったの?)
『ほら。かわいらしいって言ってくれたじゃない』
(あー。あれねー)
確かにかわいらしいって言われた。
それも……。優しげな微笑つきで…………。
(わぁああああ)
『ちょっと! 転がるのをやめなさい!』
「お、お嬢様。どうなさいました!」
おおっと。また無意識に体が……。またマイアを呼んでしまった。
「なんでもないわ。ちょっと体をほぐしていただけよ」
「体を、ですか?」
「ええ、寝てるだけじゃ運動不足でしょ? だから気にしないで!」
さっきと同じようにマイアを追い帰す。
『何してるのよ。まあ、嬉しいのはわかるけど……』
(ごめん。……それで話しを戻すけど。あれって。子供っぽくて、かわいらしいって意味でしょう?)
あれは幼子を愛でる感じだった。そうでなくとも、社交辞令でしかない。
『そうだけど。クロード様が私のことを褒めてくださったのよ。ゲームの私からは信じられないでしょう』
(いや、ゲームの私も褒められていたでしょ)
『馬鹿ね。よーく思い出してみなさい』
思い出す? ゲームの私をか? うーん、普通に「綺麗なドレスですね」とか「綺麗なネックレスですね」とか。
あるいは私が綺麗か尋ねたりすると、綺麗だと肯定してくれたり。クロード様に褒められる描写が、いくつかあったと思うけど。
(やっぱり、褒められているわよ?)
『はぁー。よく思い出しなさい。クロード様が褒めてくれたのは私のようで、物でしょう。自発的に褒めてくれたこともないし……』
(ああ。言われてみれば!)
言われてみれば確かにそうだ。綺麗なドレスや綺麗なネックレス等は、私を褒めているようで、微妙にずれているわ。
それに、似合っているだとか綺麗だとか、言っていたシーンもすべて、私がそう尋ねたから、肯定していただけだった。
(よくそんな細かい所に気付くわね)
おかげで、少し元気が出てきた。てことは社交辞令でも、かわいいって言ってくれたのは好意からだったんだ……。
クロード様が……。笑顔で……。かわいらしいって……。
(くぁあああああ)
『ちょっと!』
「痛い!」
「お嬢様! 大丈夫ですか!」
ううぅ……。また無意識に転がってしまった。しかも今後は勢い余ってベッドの端で頭をぶつけた。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。ちょっとぶつけただけだから」
「体を動かすのは良いですが、気をつけてください!」
「ええ。気をつけるわ。だから、戻りなさい」
「いえ。なんだか心配なので。ここにいます」
「そう……」
『まったく。学習しなさいよ』
(いや、ほんとごめんなさい)
でも仕方ないじゃない。だって、クロード様の「かわいらしかったですよ」という声と笑顔を思い出したら……。
なんだかむず痒い、身もだえするような嬉しさが、心に込み上げてきてしまって、体を動かさずにいられないのよ。
『まあ、元気は出てきたようね。ならもう一つ。ケーキとはいえ、こちらも自主的な贈り物と言えるんじゃないかしら?』
そういえば、ゲームでのクロード様からの贈り物は、何かしらの記念日の贈り物と、私が送った場合の返礼品しかなかったか……。
今度は先ほどの例があるので、すぐに理解できた。ただ、あのケーキを贈り物だというのは、どうだろう……。まあ、でも。
(確かに、ゲームの私と比べれば、幾分マシに思えてきたわ。そうよね、嫌われてはいないものね。ありがとう、メリス)
『どうやら立ち直ったようね』
(ええ。あなたのおかげでね)
本当にメリスのおかげだ。私だけなら、きっと今しばらくは、うだうだと悩み続けていたに違いない。




