第十八話
「はぁー」
修辞学の授業が終わり、家庭教師が部屋から出て行ったのを見送ると、私はテーブルに突っ伏した。
クロード様と邂逅した日から三ヶ月。私は勉強漬けの毎日を送っている。
「お嬢様、お疲れ様です」
「ありがとう。マイア」
マイアが用意してくれた紅茶を一口飲む。うん。美味しい。冬になり、最近は屋内にいても肌寒いから、暖かい紅茶が身にしみた。
『ねえ。最近少し根を詰め過ぎじゃないかしら?』
ほっと一息ついていると、メリスに話しかけられた。うーん、まあ少し頑張り過ぎているかもしれないわね。
でもそれは一刻も早く立派な令嬢になるためだし……。
(それほど苦でもないから、大丈夫よ)
まじめに授業を受け始めた頃に比べると、最近は授業時間も増やしたし、授業の内容も厳しくなったので辛いけど……。
それでも、自分の成長を感じられるから苦ではない。
メリスはやればできる子だったようで、今世の体は前世と比べると、かなりスペックが高い。
まじめに取り組みさえすれば、スポンジが水を吸収するように、すんなりと知識を吸収できる。
だから、さほど勉強に苦手意識もなく、むしろ自分が立派な淑女に近づいていくのが楽しくすらある。
なんだか、クロード様に近づいていっている気もするし、すごく充実した毎日を送れていると感じていた。
もっとも、メリスはそうではないようだけど……。
『あなたはそうかもしてないけど。私は嫌なの。退屈なのよ! ねえ、少し授業を減らしましょうよ』
メリスは私よりわがままで、そして勉強嫌いだ。だから、駄々を捏ねる。その度に宥めるのが少し面倒。
(まあまあ。これもクロード様のためよ)
『そうだけど。もう少しなんとかならない?』
(はぁー。わかったわ。またお父様に頼んで。メリスの欲しい物を買ってもらってあげるから。我慢して頂戴)
勉強嫌いの私が突然まじめに勉強し始めたことを、周りに不審に思われないための、カモフラージュ。
何か欲しい物をお父様に買ってもらうため、その代わりとして勉強していると、そう見せかける作戦。
この作戦に即して、何度かお父様に物を強請る行為が、メリスを宥めることに一役買っていた。物で釣るのだ。
もっとも、最近ではドレスや宝石の値段を聞いてしまったから、強請ることに少し抵抗があるけど。仕方ないわ。
(ほら、今度は何が欲しい?)
『嫌、嫌よ! 勉強の時間を減らしなさい!』
うーん。どうやら物で釣ることも限界みたい。うーん、困ったわね。メリスを放置するわけにもいかないし……。
どうせ体の主導権は私にあるからと、一度メリスを放置したら、授業を受けている最中に、頭の中で騒がれて酷い目にあったもの。
メリスの不満を解消しないと、うるさく騒ぐので、授業に集中できなくなり、勉強どころではなくなるのだ。二重人格の弊害だった。
(わかったわ。でも勉強の時間は減らしたくない。その代わり、息抜きをしましょう。一日お休みを取ってあげる)
毎日の授業を減らすより、たまに休みを設けるほうが、授業時間の削減は少ないし、メリスのストレスも解消できるだろう。
(それで我慢してくれないかしら?)
『息抜き?』
(そう。息抜き。一日メリスのしたいことをしてあげるわ。何かない?)
『考える……』
食いついたようね。さて、メリスはいったい何と言ってくるのかしら? しばらく待っていると……。
『……決めた。友人が欲しいわ。だから、久しぶりにお茶会をしましょう』
(えっ? 友人?)
いろいろ考えていたのだけど、そのどれとも違う答えを返されたので、少し驚いてしまう。友人ねぇ……。
『そうよ。だって私って所謂、ボッチってやつじゃない?』
(いや。一応、友人と呼べる相手はいるでしょ)
ボッチは言い過ぎではないだろうか? 今世の私にも友人はいるのだ。まあ……。上面だけの付き合いかもしれないけど。
『でも。今の友人の方々と、本当に友情があるかは疑問でしょ? 私。前世の親友みたいな、そんな友人が欲しいのよ』
そう言われると、確かに友人は欲しいかもしれない。信頼できる友人が一人もいないというのは、ちょっとくるものがある。
それに今世の友情があるか微妙な令嬢方とも、そろそろ会おうと思っていたところだったから、良い機会かも。
メリスの言うお茶会とは……。まあ。お茶会といっても、実際は小規模なパーティーのようなものなのだがともかく。
それは、フレール侯爵家を筆頭とする、うちの派閥に属する貴族の令嬢方、それも私と歳が近い者だけを集めて開かれる催し。
私の礼儀作法が拙いので、社交界にはできるだけ出したくないという両親の思惑により、箱入り娘と化していた私のための息抜きの場。
私のためだけのパーティー。……メリスのお茶会とでも呼びましょうか。
メリスのお茶会には、毎回二十人ほどの令嬢が参加するが、この令嬢たちこそが友情があるかわからない友人たちであり。
そして、ゲームにおける私の取り巻きの方々でもある。もっとも、ゲームで名前があったのは、その中でも二人だけなのだが……。
ともかく。そんな取り巻きの方々は、私とそれなりに関わりが深いうえ、将来の手駒みたいなものなのだ。
だから、勉強が忙しくて後回しになっていたが、早いうちに彼女たちと仲良くなっておこうとは考えていた。
(わかった。私も友人は欲しい。それに近いうちにあの子たちに会おうと思ってもいた。では、お茶会を開くってことでいいわね?)
『ええ。お願い』
(じゃあ、今夜にでもお父様に頼んでおくわ)
話が纏まったタイミングで部屋の扉がノックされる。すぐにマイアが反応して、扉に向かった。
「お嬢様。ダンスの先生がお見えです」
そういえば次はダンスの授業だったわね。ダンスだけはなぜか上達しないので、好きではなかった。
憂鬱ね。まあ、でも……。頑張らないと。




