第35話 『羽ばたき』
一応成功したプロポーズ。しかし、そのまま逃げだす事が出来るはずもない。驚異的な回復力を見せた足も筋肉不足や神経回路の設定等、生命活動に必要のない部分については除かれてしまうのでその辺は地道にリハビリをしていくほかない。
リハビリを始めて三か月。ようやくリサは杖無しで歩けるまでになった。走ったり、飛んだりすることは出来ないのだが歩くだけなら十分日常生活に適応できる。
「私ってすごいでしょう!」
「そうだな」
「む~、もっと喜んでもいいと思います」
「すいません。言いながら手の甲を抓らないでください」
場所も変わる事なく三か月、別荘で暮らしていた。特に仲が進展する事はなく結ばれる事も無かった。と言うのもそんな気になれなかったと言った方が大きい。
「これで、ここから私も出られるわ。ここの人達は私が満足に歩けないと思っているから道は険しいけど歩ければ乗り越えられるし」
「――ああ」
リサの部屋の中で自分の足でくるくる回っている彼女を見ると感慨深くなる。約束した通り、一番近くでリハビリを見守り手伝いここまでたどり着けたので感動に近い感情を抱いているのだが、同時に申し訳なくて罪悪感も大きく響いている。
「どうかしたの、元気ないけど」
「いや、……すまん。何もしてられなくて」
「あ……」
これだけで全部を察した。立ち尽くしているデュークの脇を抜けてベッドの上に腰を下ろす。
「数か月前まではこうして歩いて座るなんて事も出来なかったわ。もちろん歩く事も、よく考えて見ればいつも車椅子だったから自分の身長で物を見るのも久しぶりなのよね。と言っても元気だったころを覚えていないから意味ないけど」
「――――」
「デューくん」
「ごめん、俺はお前のためにしてやりたかったのに」
「ふんっ」
「あがっ!」
繰り出したのは対男では絶対の禁忌に指定されているゴールデンボールクラッシュ!
素早く立ち上がったリサは俯いて弱気になっているデュークの股目掛けて足を思いっきり振り抜いた。
「あ……ひぃ……」
これを受けた男は鈍い痛みが下腹に襲いかかる。厳密に言えば痛くないのだが痛みに似た気持ち悪さでノックダウン寸前だ。
「これは反則だって」
「デューくんが上の空だからいけないのよ」
「ごめん」
「だからはっきり言いなさい」
蹲っているデュークを、両腕を腰に当てて見下ろしている構図なのに非常に女王様感が強いのだがあえて触れないようにしておこう。
「二回、連れていかれた。俺は何もできなかったんだ!」
「それはもういいでしょう。仕方がないじゃないデューくんが出て行けば面倒くさい事になったわ。あれは隠れていて正解だったの」
「く……」
頭では分かっているのだが、心が納得していない。
この三か月でゲルフの死者が訪れてリサを連れて行った。これが意味するのは新しい殺し方を見つけたという事だ。リサは頑として言わなかったが何十回も殺されて焔が癒していったのだろう。
その間、何もできなかった自分を呪っているのだ。
「それも今日で終わり。さて、デューくん、約束通り連れて行ってもらうわよ」
「――任せろ」
くやくやしていても仕方がない。気持ちを切り替えていき事が大切。
リサは淡い色のワンピースを用意した。肩が露出していかがわしい気もするが、その分スカートが長いので勘弁しておこう。デュークは変わらずスーツ姿のまま。
「それで、どこか行きたいところがあるのか」
「分からないわね。まともに歩いた事が無いから」
デュークとしては密かにどこか美味しい物を食べる事が出来る場所に連れて言ってやりたいと思っている。この三か月、本当にリサは何も食べなかった。苦しくなって餓死すれば全身を焔が舐めて飢餓感を消して平常通りの体に戻ってしまう。本人的には慣れた様子で嫌な顔一つしていなかったが初めてその光景を見た時の衝撃は未だに抜けていない。
断言できるのは決して慣れる事はない。だからと言って外で獲りに行くのも難しくてずっと一緒と言ったのに目を離すわけには行かないし、獲物を獲っても誰かを満足させる料理が出来る自信はないし無駄に期待をさせたくなかった。だから、デュークも時々血を吸わせてもらって生き永らえていたのだが、心はずっと苦しかった。
「とにかく行ってみましょう。今からでも楽しみだから」
リサの部屋についている窓を開ける。元々車いす生活を送っているので、窓を利用する事は想定されていない。一歩部屋から出れば監視メイドの使い魔によって行動を報告されるので、ここから出るだけなら窓から飛び降りてしまえば早いのだ。
「緊張するわね。歩けるようになったら、こんな事もするなんて歩けるってすごい事なんだね!」
「なんか趣旨がずれている様な気もするけど、ここでは突っ込まない様にするよ」
ただでさえ王族と言う事もあって俗世に疎いのに、歩けなかった事でより物事に対する見方が異なっていて、その度にデュークは苦い顔をするのだが何も言わない様に務めている。
窓枠をくぐるとそのまま飛ぶ、と言ったものの平屋の建物なので地面まで一メートル位程度なので特に問題があるわけでもない。
「やっ!」
先にリサが飛んだ。足の骨が折れていたわけではないので衝撃も大して影響はないのだが、見ている側としては落ち着かない。しかし、これと言ったら聞かないお嬢様。変に口を出すよりもやらせた方が早い。
「リサ、足は大丈夫なの」
「うん、大丈夫。こんな事をしても余裕だから」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねてみせる。初めての外でテンションが上がっているのだろう。
そう、今日が初めて外に出る日なのだ。




