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罪人の孫  作者: レム
序章 『異世界転移』
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第3話 『蟲毒』

 次の瞬間には抵抗する時間もなく青白く魔法陣が光り視界一杯を光が埋め尽くしてしまう。それから僅かな無重力を体験した。それが何時間だったのか、一秒にも満たなかったのかは分からないが、意識の波が次に来た時、結人は違和感に襲われた。


「ぐ……ここは……」


 嫌な予感はビンビンしている。未だに閃光弾の様に光って視界を奪われたきりだが、確実に場所が変わったと言えた。なぜなら足から伝わって来る感触が違う。それはきちんと整備された床ではなくごつごつとした岩肌で「あー」と少し声を出してみれば反響して聞こえるところから推測するに洞窟だろうか。

 ――なんで急に。

 ようやく視力が回復して恐る恐る目を開けてみれば、そこに広がっていたのは一面の岩肌。とても大きい、学校の体育館はある洞窟でぐるっと見ても出入り口はない。


「ざっと三百人くらいか」


 発狂したくなる頭を抑えながら状況を冷静に分析していく。結人がいるのは洞窟の壁の部分。そこからお椀型に沈んでいて様子がよく分かるのだが、やはり三百人は硬い。全校生徒がその倍いるところから見ても腕に刻まれている蛇の色で分けられたと推測してもいいだろう。


「結奈はいないか……」


 裸眼でも視力のいい結人が全体に目を配ってみるが結奈の姿はない。


「それよりもここはどこだ……」


 冷静でいるのは結人くらいだ。後の人は混乱して体を震わせていて乾いた笑い声をあげて必死に現実から目を背けている。


「ん……? ここは洞窟じゃないのか。いや、でもこれは……」


 よく全体を見てみれば上から見れば円型になっていて、横から見れば卵型になっている。

 これはつまり。


「壺なのか……」


 顔を上げてみれば小さくない穴があってその上には空が覗いている。その色は黒で夜を示しているのか、この中の灯りは辺り一面の壁にこびりついている苔が光ってなんとか光源を確保できていた。


「一瞬で移動させられた。……こんなのってまるで漫画とかの異世界行きじゃないのか」


 よく現実から逃げるため漫画に触れてきたが、まさにそのシチュエーションがぴったりとはまる。

 上からは夜空が見えているので壁を登ればなんとかなるかもしれないが、ただの高校生に反り返っている壁を上る事が出来るはずもない。


「一体何なんだここは……!?」


「し、結人君! 無事だったんだ」


「沙織、お前もか」


「うん、これって一体!?」


「落ち着け! ここで焦ればそれだけで重大な情報を見逃してしまう」


 近づいてきたのは同じ色の蛇を刻まれている沙織だった。その目はきょろきょろしていて両腕で二の腕をしっかりと掴んで体は小刻みに震えている。気温は寒くないが、緊張と恐怖によって体が冷えているのだ。

 ――一体何がどうなっているんだ。だけど、この感じはどこかで見た事がある様な。

 こんな時に女子の腰に手をまわして安心感を与える心得を知らない結人は近くに寄っているだけだった。


『え~、ここは黒蛇の皆さんでしたね。どうやら一人もかける事なく移動できましたね。説明をしておかないといけないですね。ここはキリル王国。そうですね。皆さんのいた世界とは別の世界だと思ってもらえれば結構です。異世界ですよ、あなた方の人は異世界に憧れるらしいので望みが叶ってよかったですね』


「お、俺達をどうするつもりなんだ。異世界とかそんなのどうでもいいから早く解放してくれ!」


 一人の男子生徒が叫ぶが、声の主が小さく嗤う。


『それはあなた達次第ですよ。今から条件を与えるのでそれをクリアできればここから出してあげましょう』


『おぉおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――――――――ッ!!』


 ほとんどの生徒が一斉に吠えた。ここからの脱出が出来れば文句はないと言った風に手を大きく振り上げて喜びを表現している。しかし、結人を始め複数の生徒は逆に顔を顰めた。

 こんな異世界の技術を用いて召喚されたんだ、そんな甘い条件が来るはずがない、と。

 誰もがこの理不尽に声を上げる事はしない。

 船旅途中で遭難して無人島に流れ着いたとしてその境遇を後悔する者が少ない様に、ここで喚いても何も変わらない事は知っていて、その上で解決方法を探っているのだ。

 だが、じとりと結人の額には嫌な汗が線を作る。第六感が体に訴えかけてきている。

 そんな嫌な予感は現実となった。


『それでは皆さんにはこれから殺し合ってもらいます。最後の一人になるか、もしくは我々の目の留まった者をここから出してあげましょう。では、あなた方の健闘を祈ります』


『――――』


 まるで空気に亀裂が入ったと勘違いしてしまう程に全員の意識が一気に緊張レベルを突破してしまう。結人も唇を噛んで喚きたくなる気持ちを抑えて次の言葉を待つ。


「勝手にこんな事をしておいて変な事を言うな! そんな事をしても何にもならないだろう!」


 男性の声が響いた。。そこに目を向ければそいつはスクールカーストの最上位にいる奴だった。こんな時に声を上げる事が出来るのは人の上に立っている奴だけだ。


『ここは特殊な空間。我々が時間と労力をかけて作り上げた神秘の空間。充満した魔力は体に変化を与えるのです。そうですね……。分かりやすく言えば欲望を具現化する空間でもあるのですよ。さあ、見せてください。あなた方の殺し合いを』


「――くっ!」


 そんな心情が聞こえて来る。

 今いる三百人は恐らく無作為に選ばれている可能性が大きい。見たところ全員同じ制服のため同じ高校。学年クラスは関係ない。そんなメンバーの中で八割の人がこの状況を受け入れた上で躊躇いを覚えている。しかし、残りの二割は未だにこれを夢か何かだと思って頭を横に振っていた。

 それは不味い。

 今ここでの最善手はしっかりと状況を理解する事だ。理不尽だと何だと言われても直面した現実からは目をそらしてはいけない。


「結人君、どういうことだと思う?」


「俺も知らんよ。理不尽デスゲームに巻き込まれるってこんな感じなのかな。まあそれはいいとして、これだけは言える。あの声の主は嘘をついていないし、ここだって普通の空間じゃない」


「どういう事」


「沙織……お前震え過ぎじゃないのか」


「――え」


 自分も言われるまで気付かなかったのだろう。沙織の今の震えは尋常じゃない。さっきよりも顔は青ざめて唇は紫になっている。これだけ見れば低体温なのだが、ここはそんなに気温が低くない。なのに、症状は深刻化していた。

 陸上部所属していたのだから、緊張状態にも慣れているはずなのにまるで蛇に睨まれた蛙みたいだ。


「これどういう事……体……止まらない……」


「それが多分、あの声が言っていた神秘の空間なんだろうな」


 結人も両手で両手首をしっかりと持って行動に枷を嵌めている。


「俺だってむかつくからさ……あの声の主を殺したいと思ったら体中からどす黒い殺意が溢れ出してきたんだよ。これ……やばいな……」


「それって……」


「ああ、ここは人の感情を何倍にも増幅する場所だ……」


 殺意の奔流が体全体を駆け巡っている間、結人はずっと考え事をしていた。


 ――ここに集められたのは特殊な力も持っていない高校生。

 ――どうやったのか、そんな事は考えるな。今いるのは元の世界じゃなくて別の世界で、どうやら壺の形をしている洞窟に入れられているらしい。

 ――指示されたのは最後の一人になるまでの殺し合い……。

 ――残った人は何かしらの恩恵がある。

 ――これ……どこかで……!


 状況を整理していくと最後のピースがかっちりとはまった。


「……蟲毒か」


「なに……それ……」


「端的に言えば虫たちを小さな空間に入れて戦わせ、殺し合い、共喰いさせて生き残った最後の一匹はとんでもなく大きな力を持つ事が出来る、みたいな呪術だ」


「それじゃ……私達」


「競い合う虫でしかない」


 結人がそれに気づいた時、状況は好転を迎えようとしていた。こんな時に頼りになるのが最上位の奴ら。人の上に立たないと気が済まないあいつらはこんな時でも仕切りたがる。


「みんな落ち着いて! 冷静になって! こんな時だからこそ力を合わせてみんなで脱出して元の世界に帰ろう。いや、俺達が絶対に帰して見せる!」


「そうだ! 夢や希望を捨てないで!」


 最上位の奴ら五人が中心となって周りを鼓舞して恐怖心を振り払っているが、結人は知っている。確証のない無責任な事を言ったり、夢や希望と言った抽象的な事ばっかり言ったりしていれば大きな反動となって跳ね返ってくる事を。

 


 それからどれくらい時間がたっただろうか。

 結人は腕時計をしない主義だし、スマホもかばんの中。ここに連れられてきたのは体と衣服だけ。ポケットに入っていれば変わったかもしれないがネットに繋がるわけでもないし、ましてや解決方法が書いてあるわけでもない。


「今、ここに来てから二時間くらいたったよ」


「どうしてわかる……って、ああ、腕時計ね」


 沙織と二人結人は壺状になっている側面に体を預けて様子を見ている。どうやら二時間が経過したようだが、状況に変化はない。それはつまり、事態の解決も出来ていない事を指している。

 この中には空気があるのだが、水や食料は発見できていない。総勢三百人。この数を賄う食料は莫大であったとしても一日ももたないだろう。周りの人もリーダーシップを執っている人に従っているが、二時間前に比べて苛立ちが増している。理解不能な状況下での身体的、精神的ストレスは計り知れない。


『おやおや、皆さん何もしなくなってしまいましたね。それでは実験の意味がありません。そうですね。少し刺激を与えてみましょうか。それと条件を少し緩和しましょうか。最低一人でも殺せば我々が審議して生き残らせてあげるかも、しれません』


 息つく間もなく唯一外界と繋がっている壺型の天辺、夜空が覗いているそこに黒い点が見えてきた。それは徐々に大きくなっていって、それが様々な種類の無視だと分かると阿鼻叫喚が洞窟内に響き渡った。


「結人君!」


「動くなっ!」


 この一言で沙織は察してくれただろう。端っこにいたため降ってきた虫の直撃を浴びる事はなかったが、どう考えても嫌がらせなわけがない。遠目でよく見えないが虫も普通の虫ではなく少なくとも結人は全く見た事が無く、どれもが深い紫か、黄色や緑と言った警戒色をしている。往々にして派手な色をしている虫が無毒なはずがない。

 その事から示されるパターンは決まって来る。


『うぁああああああああ!!』


 聞こえた悲鳴に目を向けてみれば男子生徒が七本の尾を持っている蠍に腕を指されてしまった。見た目には変化はないが、その生徒は苦しみもがいて最後には泡を吹いて動かなくなってしまう。


「毒……これじゃ本気で蟲毒だな」


 自分でもなんでこんなに冷静でいられるか分からないが、今いる状況を冷静に分析する事が出来た。だからこそ分かる。この状況は非常によろしくないと。


『うあぁああああ! 死んだ――――――ッ!!』

『いやいやいやいやもういやぁああああああ――――――――――――――――ッ!!』

『おい、あんた達何やってるんだよ! 全員助けるんじゃないのかよッ!』

『うるせえ! 人に頼ってばかりじゃなくて自分でも考えやがれ!!』


 まるで決壊したダムの様に人々が暴徒と化す。溢れた感情の奔流は暴力となって他人を傷つけていく。


「なんで……こんな事に……」


「引き金を引いたんだ。得体のしれない恐怖、極度の緊張感。行き場を無くなった感情は暴力として具現化する。人間が持っている本能的反射行動だ」


「いや……なんでこんな……私達は普通に生活していただけなのに……なんでこんな事になっているの……」


「落ち着け! 無責任に元の世界に帰してやるとは言えないけど、絶対に俺から離れるなよ。ここにいれば出来る限り守ってやる」


 全身をわなわなと震えさせて頭を抱えている沙織も感情を抑えるのが限界に来ている。結人は慌てて沙織の肩を掴むと必死に呼びかける。

 結人だって思考を停止して暴力を振るって我も忘れてしまいたい気持ちがあるが、何とか瀬戸際で踏みとどまっている。

 周りはまさに惨状となっている。

 漫画やアニメの様に殴り、殴られる様な綺麗な物ではない。指の骨は折れて鼻も砕けて全身を血まみれにして内臓にダメージが与えられて吐瀉物で汚していく。最初にやられていくのは精神崩壊時でも暴力を満足に震えない気弱な人達。


「結人君……どこにも行かないでね」


「安心しろ! 俺がいるから」


「ほんと! 離れないでよね!」


 吊り橋効果を狙ったわけでも何でもない。沙織は今、結人の胸の中に押し込んでいる。この惨状を見ればどうなるのか分からない。

 いつも勝気な彼女がここまで怯えているのは珍しいを通り越して危険を指している。感情が平時と比べて波が大きいと反動も大きくなる。しっかりと沙織の腰に手をまわして悪夢が終わるのを待つしかできない。

 この中で最も冷静だった結人だが、ここで一つ見逃していたことがあった。それは沙織の精神状態を甘く見積もりすぎていたのだ。


「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」


 口の中だけで唱え続けている。

 人間も所詮獣の一種に過ぎない。

 獣を相手にする時に最も注意しないといけないのは追い詰められた時だ。命の危機を感じていればなりふり構う事無く種の保存を最優先して思いもよらない行動に出る。

 例えそれが裏切り行為に繋がっても、だ。

 結人は必至に状況を確認しつつ自分の心を宥めていた。深く深呼吸をして精神を崩さない様にバランスをとっている。灯台下暗し、結人は周りに気を遣い過ぎたのだ。注意しなければならない獣は自分の胸の中にいたのだから。

 ここに飛ばされた時に持っていたのは身に着けていた物。つまり、ポケットの中身もそのままだ。沙織の思考は止まっていた。本能的に生き残る術だけを実行しようとしていた。

 ポケットに入っていたのはソーイングセット。ポケットの中でだけで開けてある物を取り出した。

 あの『声』は言った。

 誰かを殺せば生き残らせてやると。

 厳密には可能性があるだけなのだが、沙織の脳内ではその言葉で完結してしまっている。

 隠しながら用意したのは小さな鋏。糸切り用の一センチ程度の刃。

 誰かを殺さないと自分が殺されてしまう。

 死ぬかもしれない状況下で、誰かを殺せば生き残る事が出来るかもしれない。


 ――なら、殺しても仕方がないよね。


 彼女の心の中に息づいているのは殺意でもなければ敵意でもない。

ただ純粋な生存欲求。


「ねえ、結人君……」


「どうした沙織」


「――恋人だったら私のために死んでくれるよね」


「!」


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