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私はクリスマスが嫌いだ。いや、言いなおそう。クリスマス付近が嫌いだ。
特別楽しかった記憶はない。どこかの物語やドラマみたいに、サンタクロースからプレゼントをもらったことなんてないし、チキンもケーキも食べたことがない。
十二歳までの私は、日付も曜日も怪しくなるような空間で過ごしていた。中学一年と二年は、クリスマスであろうと授業があった。だからこれといって、クリスマスの気分を味わったことはない。せいぜい、高さ一メートルのクリスマスツリーをみて感傷に浸るくらいだった。
それから、クリスマス付近は私に対する研究員の目が厳しくなる。……当然と言えば当然だろう。私の誕生日は四月だけれど、オリジナルの誕生日は十二月だった。そしてオリジナルは、誕生日を酷く嫌っていたという。精神的に不安定になりやすかったようだ。そのために、クローンである私も警戒されているらしい。
はあ、と白い息を吐き、ビオラたちに水をやる。それから、花がらを摘んだ。どの花も綺麗に咲いている。忌避剤が効いたのか、ナメクジによる被害はなくなっていた。
「ねえ。今年はクリスマスパーティーしようよ」
十二月下旬の朝食時、そんな提案をしたのはもちろん澪だった。フレンチトーストをつついていた司君が、さも面倒くさそうな顔をする。
「クリスマスなんざ祝ってどうすんだ。この中に十二月生まれのやつでもいたか?」
「いないけど」
「だったらなおさら、パーティーする意味が分かんねえ。大体、この施設だとなんもできねえだろ」
「ふっふっふっ」
澪は得意げに、若干不気味な笑い声を出した。
「そんなこともあろうかと、私、ネットでお菓子各種取り揃えておきました!」
そういえば、と思いだす。一週間ほど前、校舎の裏で澪がぼんやりと座っているのを見た。見ている先は、食物なんかを運ぶトラックの運搬用道路で、一体澪はここで何をしているのだろうかと思った記憶がある。
今の話を総合するとあの時はどうも、ネットで注文したお菓子を待っていたらしい。
そんな可愛い裏話を知らない司君は、今度は呆れたような顔をした。
「そんなこともあろうかとって……パーティーするつもりだったのはお前だろ」
「うっさい、司! ねえ、みんなもやりたいでしょ? 去年も一昨年も、クリスマスって平日で授業ばっかりだったじゃない。でも今年のクリスマスイブは土曜日だからさー。適当な時間に食堂に集まって、みんなでいろんな話しようよ。食堂、お菓子の持ち込みも自由だし」
「鍵谷さん。わたし、お菓子のストックないよ……」
「いいの、牧乃はそこ気にしなくて! 私が持ってくるから!」
足りなかったら食堂のお菓子を買い足せばいいだけだし、と澪は譲らない。クリスマスパーティーと言う名のお菓子パーティーをよほどやりたいようだ。ちなみに食堂の売店に売っているお菓子はじゃがりこ、M&Mチョコ、それから酢昆布のみである。酢昆布だけ妙に浮いている気がする。
キオスクよりも三十倍しょぼい売店の菓子ですませたら、腹が酢昆布まみれになるぞと司君が笑った。キオスクって何だったっけ。後で調べておかないと。
「クリスマスはケンタッキーフライドチキンを食べます」
ヒカル君がいきなりそんなことを言いだして、みんなが彼に注目した。ヒカル君は嬉しそうだ。
「クリスマスはケンタッキーフライドチキンを食べます。パーティーバーレル、オリジナルです。クリスマスの時にしか売っていません。オリジナルチキンが八個、クリスマスサラダ、チョコレートケーキのセットです。お皿もついてきます。おかあさんがケンタッキーフライドチキンを買ってきたら、まずチキンをみっつ食べます。おいしいです。クリスマスサラダはおかあさんがいっぱい食べます。おかあさんも嬉しそうです。ケーキは最後に食べます。おなかいっぱいです。ケーキは、残ったら次の日の朝ごはんにします。おいしいです」
「……ケンタがこれ聞いたら泣いて喜ぶだろうな。いい宣伝だぜ」
呆気に取られている司君をよそに、ヒカル君はふいに悲しそうな顔をした。そわそわと肩を揺らす。
「サンタさん、去年もおととしも来ませんでした。変です。いい子にしてたのに。いい子にしてたらサンタさんがプレゼントをくれるって、おかあさん言ってました。変です」
その言葉に、全員が沈黙した。人生経験および知識に乏しい私でも、サンタクロースというのが両親の愛であることは知っている。それこそ、優しい嘘の一つだ。
けれどヒカル君は、それを知らない。こんな孤島に、サンタクロースなんて来ない。
「……がんばって、いい子にしなくてもいいのにね」
そんな言葉を落としたのは、牧乃ちゃんだった。それから、優しい顔でヒカル君に言った。
「サンタさん、住所を間違えたんじゃないかなあ。あわてんぼうだから」
「あわてんぼうですか、サンタさん。あわてんぼうのサンタさん、今年は来ますか」
「どうかなあ。来るといいんだけど」
「今年もいい子にしてました」
「うん、そうだね。……ヒカル君は、サンタさんにどんなプレゼントをもらいたいの?」
その質問に、ヒカル君はパッと顔をあげた。そして、少しズレた回答をした。
「サンタさんに会いたいです」
――またしても全員が沈黙した。司君が顎を掻きながら、溜息をつく。
「分かってんのか、分かってねえのか。それがまず分からねえな」
山田君はやっぱり無言で、一連の流れを見届けていた。
結局、土曜日のクリスマスイブにパーティーをすることになった。念のため、赤井先生に報告をしに行く。クリスマスイブとクリスマスは、私にとってはある意味特別な日だ。勝手に動いていいのか分からない。
けれども赤井先生は、とても嬉しそうな顔をした。
「パーティーするの、初めてじゃなかった?」
「女子だけで部屋に集まって、ささやかなお菓子パーティーをしたことならあります。でも、昼間から友達全員で集まってそういうことをするのは初めてです」
「友達って、いつもご飯を食べてるってメンバーのことかな?」
「そうです」
「そっかそっか。いいと思うよ。楽しんできて」
それから赤井先生は思い出したように言った。
「前に話してた、斎藤さんが好きになってる男の子。あの子も、一緒にご飯食べる仲じゃなかったっけ?」
「……そうです」
「それじゃあそのパーティー、彼も一緒なの?」
「はい」
「おおー」
赤井先生はどこか微笑ましそうに、何度も頷いた。
「彼の反応はどう?」
「どうって?」
「斎藤さんがパーティーするの、いつも女子だけなんでしょ。ってことは、彼とは初めてなわけだ。彼は緊張とかしてなさそうだった?」
「いえ、特に。いつも通り、無表情でしたけど」
「そっかあ、クールな子なんだねえ。……じゃあ斎藤さんはどう? 緊張してない?」
「多少は。クリスマスって、あんまりいい思い出がないので」
「そっか。そうだよね」
先生は少し困った顔をして、けれど大丈夫だよと私を励ますように言った。
「最近はパニックを起こしたりする回数も大分減ってるし、安定してるじゃない。体調はどう? 風邪引いたりしてない?」
「大丈夫です」
「なら、楽しんできたらいいと思う。せっかくのクリスマスだし、たまには、ね?」
赤井先生からは許可が出た。私は懸念していたことを先生に相談する。
「……あの。菱木さんには、なんて報告すれば」
「あー、あー。いいよ、私が適当に言っておくから」
赤井先生は秘密のたくらみをしている子供のような笑顔をしてみせた。恐らくこの先生と、菱木さんはあまり仲良くないだろうなと思う。物事に対する捉え方や考え方が、根本的にズレていそうだ。
赤井先生は鼻歌を歌うようなリズムで、質問を続けてきた。
「彼といえば、その後の進展はどう?」
「ああ、ええと……」
私はなんだか恥ずかしくなって、それでも先生に訊いてみたいことがあって、我ながらもじもじとしながら言った。
「実はその……彼の身体に触ったんです」
「えっ?!」
「あっ! いや違うんです! あの、肩を叩いたりしただけで」
変な誤解をされたら困る。私が慌てて弁解すると、赤井先生はどこかおかしそうに笑った。
「今まで、そういうのをしたことはなかったの?」
「女の子となら。でも、男の子には触ったことなくて。でも、あの……触ってみたいと思ってしまって」
「うんうん。それも自然だよ? 思って『しまって』とは思わなくていいと思うけどなあ」
「そう、ですかね。でも……」
「でも?」
「彼、振り向いてくれなかったんです」
それがなんだか拒絶されたようで、とてもショックだった。赤井先生はなぜか、難しい顔をしている。
「それは、後ろから肩を叩いたんだよね? 無言で?」
「はい」
「……肩を叩く力が弱くて、気づかなかったんじゃないかな? それとも、彼が寝てたとか?」
「私も寝てるのかなって思ったんですけど、しっかり起きてたんです。背中を軽くつついてみても、反応がなくて。だから……もしかしたら嫌がられてたのかなって。先生はどう思いますか」
「んー。彼はなんて言ってるの?」
「読書に夢中で、気づかなかったって」
「なら、そうなんじゃないかな。私はその子と会ったことがないから、斎藤さんのお話を聞いて推測するだけになるんだけど、その子はいやならいやってはっきり言う人だと思う。でも、いやだとは言われなかったんでしょ?」
「はい」
そうだ。いやだとは言われなかった。それならあれは拒絶ではなく、ただ反応に困っただけなのだろうか。それとも本当に、気づいていなかったのだろうか。
考えをまとめるつもりが、余計に混乱してしまった。「またお話聞かせてね」と赤井先生が言う。カウンセリング終了の合図だ。私はどこか納得できないまま、カウンセリング室の扉を開けた。そして、
「ひあっ!」
ものすごく間抜けな声を出してしまった。
扉の前に立っていたのは、あろうことか山田君だった。暖かそうな黒のダウンに、ヴィンテージのようなジーンズをあわせている。いや、そんな観察をしている場合じゃない。――カウンセリング室にいるのを見られた。現行犯逮捕だ。いやいや違う、なんで山田君はここにいるんだ?
私は時計を確認する。木曜日の午後八時過ぎ。普通の生徒なら、こんな時間にカウンセリング室には来ない。いやそもそも、どうして彼はカウンセリング室の前にいるのだろう。
え、つまりなに? 山田君もカウンセリングに通ってるの? 成績優秀、向かうところ敵なしの完璧人間山田君が?
混乱した頭は一気に情報を流していく。もはや言葉も出なかった。山田君も先ほどから一言も発しない。
私が立ち尽くしているのを見て、後ろから赤井先生がどうしたの? と声をかけてきた。
私は扉を開いたまま、山田君の顔と赤井先生の顔を交互に見る。赤井先生の方を見ながら、こくこくと無言で頷いたりもした。顎をしゃくって山田君をさし、それからぶんぶんと首を縦に振る。
――彼です、彼! ついさっき話してたの、この人のこと!
とにかく、そう念じまくった。赤井先生は私の動作に気付いたのか、ああー、というような顔をした。もちろん声は出さないけれど。
山田君は私のそんな不審な態度を見て、怪訝な顔をした。
「何を焦っているんだ? 斎藤は」
「いやあのこんばんは!」
我ながらとんちんかんな反応だ。もう、何が何だか分からない。
私は赤井先生をもう一度見た。山田君がここにいる理由は一つしか考えられない。カウンセリングだ。つまり赤井先生は、奇しくも山田君の事を知っていたのだ。私の想い人が山田君だとも知らずに、ずっと話を続けていたのだろう。
なんだ、こんなことなら最初から彼の名前を出しておけばよかった。いや、そういう問題でもない。先生にも守秘義務があるし。
「斎藤、何か悩み事が?」
「へっ? え、ああ! そう! そうなの!」
力強く肯定すると、山田君は「そうか」とだけ言った。それから、微動だにしない私を見て、またもや眉をひそめた。
「今からカウンセリングなのか?」
「ううん! いいえ! 今終わったところです!」
「ならば、代わってくれないか? 俺もここで話したいことがある」
――それは私に関すること? とは言えなかった。
山田君が右に身体を寄せたので、私は左からそっと外に出る。その様子を、赤井先生がじっと眺めているのが分かった。恥ずかしい。話したばかりの相手が来るなんて、誰が予想できるだろう。
入室し、扉を閉めようとする山田君を見て、私は思わず声をあげた。
「山田君!」
彼は扉の隙間からひょこりと顔を出した。特別何の感情もなさそうな顔をしている。私はどういう顔をしているのだろうか。焦り、不安、緊張、絶望?
「あの、……私がここに来てたの、秘密にしてくれる?」
「秘密にする必要があるか? 誰にでも悩みくらいあるだろう。十五歳なんて特にそうだ。スクールカウンセラーに頼ることは特別なことではないし、恥ずかしがることでもない」
秘密にする必要なんて大ありだ。私が言葉を失っていると、山田君はふっと笑った。
「だが、他人に言いふらす必要も感じられないな。そういった趣味もない。安心しろ。公言したりしないと約束するから。斎藤がいやがるようなことをしようとは、微塵も思っていない」
その顔は、いつもの山田君よりもずっと柔らかかった。それから、「ああそうだ」と追加した。
「クリスマスイブの土曜日だが、勉強は休みにしよう。パーティーもあるようだし、せっかくのクリスマスだ。楽しめばいい」
じゃあな。そう言って山田君は右手をひらりと振ると、扉を閉ざしてしまった。
「……ありがと」
見えなくなった相手に、とりあえずお礼を言う。それから彼がここでどういった相談をしているのかと少し考えて、扉の前で彼を待って一緒に帰ろうかなどと悩んで、でもそんなことしたら聞き耳を立てていたような感じがしてよくないなと思い、結局一人でグラウンドに出た。室内との寒暖差に震える。コートの襟を立てて首元をガードし、寮まで走ろうとした。けれどあっという間に息苦しくなってしまい、足を止めた。
ポケットに突っ込んでいたピルケースを取り出す。そこには、この前渡されたばかりの薬を各種入れてあった。
「――……頼むから、効いてよ」
神様ではなく薬にそう願って、私は長い息を吐いた。吐いた息は嘘のように白くて、冷たい。さむがり猫と雪だるまを思い出す光景だなあと、どこか遠いところで思った。
自分の運命を受け入れていたつもりだった。強がっているつもりもなかった。
ただ、彼と出会ってしまったから――欲が出るようになってしまった。
もしも今年の冬に雪が積もったら、雪だるまをつくろう。出来る限り大きな雪だるまを。
手に入れられるかどうかは分からないけれど、目と口には木炭を、鼻にはにんじんを使って。アルミ製のバケツを帽子代わりに被せて、お腹の部分にはボタンをみっつ並べよう。
――その時、山田君は手伝ってくれるだろうか。そんな子供みたいな遊びにでも、彼は真剣に付き合ってくれるのだろうか。いつもみたいに無表情で、それでも馬鹿にすることもなく、黙々とつくってくれるのだろうか。
そんな様子を想像したらおかしくて、一人で笑って。
それからほんの少しだけ、泣いた。




