第七十三話 残された痕跡
現在――。
「湊!」
夜の静けさを切り裂くように、御堂の声が響いた。
振り返ると、御堂は肩で息をしながら全力で駆けてくる。
その顔から血の気が引いていた。
「御堂さん!」
「何があったんですか!」
御堂は息を整える間もなく叫ぶ。
「能力者が襲われた!」
「現場はここから二分だ!」
「警察から協力要請が来てる!」
湊の表情が一変する。
能力者が襲われた――。
その言葉だけで胸がざわついた。
「行きましょう!」
二人は夜の街を駆け出した。
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現場へ近づくにつれ、サイレンの音が大きくなる。
赤色灯が住宅街を赤く染めていた。
規制線の外では、不安そうな表情の野次馬たちがざわめいている。
「能力者が襲われたらしいぞ……。」
「エデンじゃないのか?」
「また始まるのか……。」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
湊は思わず足を止める。
(また能力者が……。)
十五年前。
母が語ってくれた出来事が頭をよぎる。
能力が人を救う世界。
能力が人を傷つける世界。
その両方を知った今、この光景は以前よりもずっと重く感じた。
「湊!」
御堂の声に我に返る。
「急ぐぞ!」
「はい!」
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規制線の内側。
義一はすでに現場へ到着していた。
警察官と短く言葉を交わしている。
湊に気付くと、小さく頷いた。
「来たか。」
「被害者は?」
湊が尋ねる。
義一は静かに答えた。
「命は助かった。」
「今、救急隊が処置している。」
その言葉に、湊は胸をなで下ろす。
だが、義一の表情は険しいままだった。
「……ただ。」
「現場が妙なんだ。」
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湊たちは被害者が倒れていた場所へ案内された。
アスファルトには争った跡。
倒れた自転車。
割れたスマートフォン。
そして。
壁には鋭くえぐられたような傷が残っていた。
「これ……。」
湊はしゃがみ込む。
傷は深い。
しかし、刃物で切ったようには見えなかった。
さらに、その足元には黒く変色した跡が広がっている。
焦げたようにも見える。
だが、熱を加えられた形跡はない。
義一もゆっくり近付く。
「見覚えはあるか?」
湊は静かに首を振る。
「ありません。」
「こんな能力……見たことがない。」
そこへ鑑識員が歩み寄った。
手袋をしたまま黒い跡を見つめる。
「不思議なんです。」
「焼けた跡でもありません。」
「薬品でもありません。」
「なのに、この部分だけ材質そのものが変質しています。」
御堂が眉をひそめる。
「能力……なのか?」
鑑識員も首を横に振った。
「断定できません。」
「私も二十年以上この仕事をしていますが……。」
「こんな痕跡は初めてです。」
その場にいた全員が言葉を失った。
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救急車の中。
被害者は苦しそうに呼吸を繰り返していた。
医師が静かに声を掛ける。
「聞こえますか?」
「犯人が誰だったか分かりますか?」
ゆっくりと瞼が開く。
視線が揺れる。
湊は息をのんだ。
被害者の唇がかすかに動く。
「……あ……。」
医師が顔を近づける。
「大丈夫です。」
「ゆっくりで構いません。」
被害者は震える手で湊の腕を掴んだ。
その力は弱い。
それでも必死だった。
「……あいつじゃ……ない。」
「え……?」
湊が聞き返す。
しかし、それ以上言葉は続かなかった。
手がゆっくり離れ、再び意識を失う。
心電図だけが静かに鳴り続けていた。
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現場へ戻る湊。
夜風が頬をなでる。
御堂が小さく呟いた。
「『あいつじゃない』って……。」
「エデンのことなのか?」
誰も答えられない。
義一は黒く変色した痕跡を見つめたまま、静かに口を開く。
「思い込みは、一番危険だ。」
「今は事実だけを追おう。」
湊はゆっくり頷く。
「はい。」
十五年前。
蓬莱は話し合いで世界を変えようとしていた。
そして今。
世界は再び、大きく動き始めている。
だが、その裏では――
まだ誰も知らない"何か"が、静かに動き出していた。
第74話へ続く




