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当たり前じゃない世界  作者: 鳳蓮荘
第2章 動き出す世界
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第七十話 ただいま


十五年前――。


東理病院。


朝。


病室には柔らかな陽射しが差し込んでいた。


義一は、いつものように静かに病室へ入る。


眠る詩織の隣へ腰を下ろす。


「おはよう。」


返事はない。


それでも義一は、毎日欠かさず話しかけていた。


「今日は天気がいい。」


「きっと、散歩日和だな。」


少し笑う。


「目が覚めたら。」


「どこか行こう。」


義一は詩織の手を優しく握った。


その時だった。


指先が。


ぴくり。


義一は顔を上げる。


「……詩織?」


ゆっくり。


ゆっくりと。


閉じられていた瞼が震えた。


「先生!」


義一は慌ててナースコールを押す。


「先生!」


「詩織が!」


「詩織が目を覚ましました!」


詩織は眩しそうに目を細める。


ぼんやりと天井を見つめる。


そして。


ゆっくりと視線が動いた。


義一と目が合う。


小さく唇が動く。


「……義一さん?」


その一言だった。


義一の目から涙が溢れる。


「よかった……。」


「本当に……。」


「よかった……。」


涙を拭おうとしても止まらない。


詩織は弱々しく微笑んだ。


「泣きすぎです。」


「義一さん。」


義一は笑いながら泣いた。


「ごめん。」


「ずっと。」


「怖かった。」


その時。


詩織は小さく首を傾げた。


「義一さん。」


「怪我……してませんか?」


義一は思わず笑ってしまう。


「俺は大丈夫。」


「傷一つない。」


詩織は安心したように目を閉じた。


「よかった……。」


その笑顔を見た瞬間。


義一は胸の奥にあった重たい石が、


少しだけ軽くなった気がした。


---


しばらくして。


医師が病室へ入ってくる。


詩織へ優しく声を掛けた。


「目が覚めましたか。」


「本当によく頑張りましたね。」


簡単な診察が終わる。


医師は義一たちへ向き直った。


「命に別状はありません。」


「ただ。」


「しばらくはリハビリが必要になります。」


義一は深く頭を下げる。


「ありがとうございます。」


詩織も小さく頭を下げた。


「よろしくお願いします。」


---


昼過ぎ。


病室の扉が開く。


蓬萊だった。


詩織の顔を見るなり、


安心したように笑った。


「おかえりなさい。」


その一言だけだった。


詩織の目に涙が浮かぶ。


「……ただいま。」


病室が静かな温かさに包まれた。


---


夕方。


義一は窓際へ立っていた。


ふと、


棚の上に置かれた小さなお守りへ目を向ける。


詩織も気付いた。


「これ……。」


義一は少し照れくさそうに頭をかく。


「あの日。」


「俺じゃ守れなかったから。」


「代わりに守ってもらおうと思って。」


詩織はお守りを両手で包み込む。


優しく微笑んだ。


「ちゃんと。」


「守ってくれましたね。」


義一も笑う。


「ああ。」


「今度からは。」


胸ポケットへ手を当てる。


「俺が守る。」


詩織は静かに頷いた。


「はい。」


---


病室を出る。


義一は立ち止まり、


夕焼けに染まる空を見上げた。


心の中で、静かに呟く。


「今度こそ守れた。」


あの日。


血に染まった自分の手を見つめ、


何もできなかった男。


その願いは、


『鉄壁』という力となり、


一人の大切な人を守る覚悟へ変わった。


しかし――。


義一はまだ知らない。


十五年後。


もう一人、


命を懸けて守りたいと思う青年と出会うことを。


そして、


その出会いが世界の運命を大きく変えることを――。


第71話へ続く

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