第二十六話 また明日
朝。
湊は学校へ向かって歩いていた。
いつもと同じ道。
いつもと同じ時間。
昨日までと。
何も変わらない朝。
「……。」
湊は自分の手を見る。
昨日。
育成プログラム第一段階が終わった。
日下部の言葉が。
まだ頭に残っている。
『聞こえたんじゃない。』
『朝霧は、最後まで聞こうとしていた。』
そして。
『能力がないことは、弱さだけじゃない。』
「……弱さだけじゃない。」
小さく呟く。
能力がないことを。
今まで何度も考えてきた。
どうして自分だけ。
何も持っていないのか。
能力があれば。
もっと違う人生だったのか。
そんなことばかり考えていた。
でも。
昨日。
初めて言われた。
能力がないことにも。
意味があるかもしれない。
「……。」
まだ。
自分でもよく分からない。
それでも。
少しだけ。
昨日までとは違う気がした。
学校が見えてくる。
湊は歩く速度を少し上げた。
教室へ入る。
「おはよう。」
「おはよー。」
いつもの声。
いつもの教室。
湊は自分の席へ向かう。
鞄を置く。
その時。
「朝霧。」
クラスメイトに声をかけられた。
「最近、放課後すぐ帰るよな。」
「え?」
「前は教室に残ってることもあったじゃん。」
湊は少し考える。
「ちょっと。」
「用事があって。」
「何の?」
「……。」
育成プログラム。
でも。
詳しいことは話せない。
「色々。」
「何だよ、それ。」
クラスメイトが笑う。
「まあいいけど。」
「最近、忙しそうだな。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
クラスメイトは自分の席へ戻っていく。
湊は椅子に座る。
窓の外を見る。
自分では。
何も変わっていないつもりだった。
チャイムが鳴る。
授業が始まった。
数学。
国語。
能力社会史。
いつもと同じ授業。
いつもと同じ先生。
黒板に文字が並ぶ。
湊はノートを取る。
でも。
ふと。
昨日の光景を思い出す。
九条の念力。
蒼井の超怪力。
如月の氷。
黒崎の炎。
天城の風。
輝羅の雷。
それぞれが。
自分にできることを考えていた。
「朝霧。」
「はい!」
先生の声に。
湊は慌てて顔を上げる。
教室から小さな笑い声が聞こえる。
「授業中だぞ。」
「すみません……。」
湊はノートへ目を戻した。
昼休み。
チャイムが鳴る。
生徒たちが一斉に動き始める。
湊は鞄から昼食を取り出す。
「……。」
一瞬。
教室の中を見る。
そして。
屋上へ続く方向を見る。
(今日もいるかな。)
気付けば。
湊は立ち上がっていた。
屋上へ向かう。
階段を上る。
扉の前で止まる。
以前は。
この扉を開ける理由なんてなかった。
今は。
少しだけ違う。
湊は扉を開けた。
「こんにちは!」
小春の声。
「……。」
輝羅もいる。
二人はすでに。
昼食を広げていた。
輝羅が湊を見る。
「遅かったな。」
「え?」
湊は時計を見る。
昼休みが始まって。
まだ数分しか経っていない。
「遅くないけど。」
「俺たちは先に来てる。」
「それは二人が早いだけじゃ……。」
小春が笑う。
「湊くん。」
「こっち。」
「うん。」
湊は二人の近くへ座る。
三人で昼食を食べる。
小春が湊を見る。
「昨日も行ってたの?」
「え?」
「育成プログラム。」
「ああ。」
湊は頷く。
「昨日で。」
「第一段階が終わった。」
小春の目が大きくなる。
「終わったの?」
「うん。」
「どうだった?」
「……。」
湊は少し考える。
訓練の内容。
国からの要請。
実際の災害現場。
詳しく話していいことばかりではない。
「詳しいことは。」
「話せないんだけど。」
「うん。」
小春は素直に頷く。
輝羅は黙って昼食を食べている。
湊は空を見る。
「大変だった。」
「何回も。」
「自分がここにいていいのかなって思った。」
小春は何も言わない。
「能力がないのに。」
「能力者を育てる場所にいて。」
「何を学ぶんだろうって。」
風が吹く。
「でも。」
湊は続ける。
「みんな。」
「すごかったよ。」
小春の動きが止まった。
「……。」
湊が小春を見る。
「どうしたの?」
「今。」
「え?」
小春は少しだけ笑う。
「みんなって言った。」
「……?」
「湊くん。」
「前だったら。」
少し考える。
「能力者の人たちって。」
「言ってた気がする。」
湊は黙る。
「そうかな。」
「うん。」
「そうだよ。」
湊は昨日の訓練を思い出す。
九条。
蒼井。
如月。
黒崎。
天城。
そして。
輝羅。
「……。」
確かに。
能力者たち。
とは思わなかった。
自然に。
みんな。
そう思っていた。
「別に。」
「意識してないけど。」
「うん。」
小春は笑う。
「だから。」
「変わったんじゃない?」
「……。」
湊は自分の昼食を見る。
変わった。
自分が?
「俺は。」
「何も変わってないと思う。」
「そう?」
「うん。」
小春は少し考える。
「じゃあ。」
「気付いてないだけかも。」
「何に?」
「自分が変わったことに。」
湊は何も答えなかった。
その時。
輝羅が口を開く。
「どうでもいい。」
小春が輝羅を見る。
「神童くん。」
「何?」
「今までずっと黙ってたね。」
「食ってた。」
「それだけ?」
「それだけだ。」
小春が笑う。
湊も。
少しだけ笑った。
輝羅が二人を見る。
「何だ。」
「別に。」
「何でもない。」
「気持ち悪いな。」
三人の間に。
笑い声が流れる。
以前なら。
考えられなかった。
世界唯一の無能力者。
動物と話せる少女。
雷を操る能力者。
全く違う三人。
それでも。
今は。
同じ屋上で。
同じ時間を過ごしている。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
「あ。」
小春が立ち上がる。
「戻らなきゃ。」
三人は昼食を片付ける。
屋上を出る。
階段を下りる。
途中で。
輝羅の教室へ向かう廊下と。
湊と小春の教室へ向かう廊下が分かれる。
輝羅が足を止める。
「じゃあな。」
「うん。」
小春が手を振る。
湊も歩き出す。
数歩進んだところで。
何気なく。
振り返った。
「じゃあ。」
輝羅が湊を見る。
小春も足を止める。
湊は。
何も考えずに言った。
「また明日。」
「……。」
小春が目を瞬かせる。
輝羅も。
一瞬だけ黙った。
「うん。」
小春が笑う。
「また明日。」
輝羅は少しだけ口元を緩める。
「ああ。」
湊は前を向く。
そのまま。
教室へ向かって歩いていく。
小春は。
湊の背中を見る。
「ねぇ。」
「何だ。」
「今の。」
「聞いた?」
「聞こえてる。」
「湊くん。」
小春は笑う。
「変わったね。」
輝羅は。
遠ざかる湊の背中を見る。
少しだけ間を置く。
「……少しだけな。」
昨日まで。
明日も会うなんて。
考えたこともなかった。
でも。
いつの間にか。
また明日会うことが。
当たり前になっていた。
第26話 また明日 完




