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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー26


 短銃を失ったラウラさんとにらみ合ったのは、ほんの一瞬のこと。

 彼女はすぐさま窓を開けて、外へと飛び出していった。

 私が窓に近づいた時には、彼女の後ろ姿はとっくに森の中に消えていた。

 外で待ち構えていた調査官たちは、先ほどの命令で撤退してしまっている。


「シーラ! ラウラさんが外へ逃げたと調査官に伝えて!」

「わかりました!」


 シーラの後ろ姿を見送り、拘束されたウルリッヒ様に視線を向けると、ちょうどフロリアンさんがウルリッヒ様の口元の縄を外すところだった。


「ウルリッヒ団長! 大丈夫ですか!?」

「私は大丈夫だよ。それよりラウラを捕らえないと。彼女は、我々が押収したパンドラを持ち出した!」


 私は言葉を失い、フロリアンさんは青ざめた。

 パンドラ――世界でもっとも多くの犠牲者を出したと言われる鉱石爆弾で、五年前、メルキオールが人々を守るために犠牲になった原因……。


「なぜ、パンドラがここに?」


 私の問いに答えたのはフロリアンさんだった。


「五年前、反乱軍から押収したものです。本来はウルリッヒ団長しか開けられない保管庫に収められていたのですが……」

「すまない」


 ウルリッヒ様は悔やむように強く目を閉じた。


「家族を人質にとられた。それに、今すぐここにラドロンを呼び寄せると脅されていた。すべて、私の責任だ」


 彼はもう一度謝罪して、深く項垂れた。

 ウルリッヒ様はひとり葛藤していただろう。パンドラによる被害を選ぶか、それとも家族と調査団員、そして保護した竜たちの犠牲を選ぶのか……。


「ウルリッヒ様、自分を責めないで。まだ間に合うかもしれません」

「ええ、そうです。彼女を捕まえましょう」


 私とフロリアンさんは、負傷しているウルリッヒ様を他の調査官に任せて外に出た。

 ラウラさんが逃げたと思われる方角に向かっていると、遠くで調査官たちの怒鳴り声が聞こえてきた。

 自然保護区の湖の方向だ。


 急いで声のした方に向かうと、複数の調査官の姿が見えた。

 そして、青い湖のそばにラウラさんが立っていた。

 だけど、彼女を追い詰めた調査官たちは、なぜか近づくのを躊躇っている。

 フロリアンさんの怒声が飛んだ。


「何をしている! 早くラウラを捕まえないか!」

「そ、それが、様子が変なんです! 突然、命乞いのようなことを言い出して……」


 調査官のひとりがうわずった声でそう説明した。


(ラウラさんが命乞いを?)


 逃げるためにウルリッヒ様を捕らえていたラウラさんが、こんなところで諦めるだろうか。

 すると、ラウラさんは一歩前に踏み出し、


「た、助けて……! 誰か助けてください!」


 と震える声で助けを求めた。

 その声に、私は違和感を覚えた。先ほど聞いたラウラさんの声とは違う気がした。


「ラウラは私なんです! 本物は私です!」


 そう涙ながらに訴える。

 その意味を確かめるため、目を凝らす。

 金髪で眼鏡をかけているのは同じだけれど、顔が違っていた。


「ラウラさんじゃない……!」


 いや、目の前の彼女の言うことが正しいなら、今までラウラさんだと思っていた女性は偽物だったということになる。

 フロリアンさんは顔をしかめて言った。

 

「本物のラウラと入れ替わっていたのか。くそっ、他の支部の調査官までは覚えていなかった……!」


 彼は自分を責めているけれど、調査団の施設は各地に存在するし、そこに勤務する人間すべてを把握するのは不可能だろう。

 しかも、上級調査官のティムさんの紹介だったなら、疑うのは難しいはず。


(それよりも、なぜ今になって本物のラウラさんがここにいるのかしら?)

 

 おそらく彼女は、偽物のラウラさんに捕らえられ、どこかに監禁されていたはず。それが突然解放されたということは、偽物のラウラさんが追跡から逃れるために、あえて解放したのかもしれない。

 その時、私はラウラさんが手に持っている木箱に気がついた。

 怯えているためか、手の震えが箱に伝わり、小刻みに震えている。


「ラウラさん」


 私は彼女と会話ができる距離を保って、そっと声をかけた。

 涙に濡れた瞳が私を捉える。


「その木箱は何ですか?」

「こ、これは」


 ラウラさんは舌をもつれさせながら、必死に言葉を紡いだ。


「パンドラ、だと……っ!」


 その瞬間、調査官たちの緊張感が高まり、誰もが後退りした。

 私の背中にも冷たい汗が伝う。


(逃げるためにパンドラを使った!?)


 相手はあのセイレニア教だ。目的のためならば手段は選ばない。

 私は、顔を蒼白にして立ち尽くしているフロリアンさんに声をかけた。

 

「フロリアンさん」


 フロリアンさんははっとして私を見た。動揺していた目に、わずかに冷静さが戻る。


「パンドラって、どうやって爆発するんですか?」

「えっと、たしか……衝撃を与えると爆発するはずです」


 ラウラさんの手の震えは次第に激しくなっている。あのままだと、いつ爆発するかわからない。

 いつの間にか近くにいたシーラの「あわわわっ!」と取り乱した声が響いてくる。


「フロリアンさん。みんなを避難させましょう」


 フロリアンさんは深くうなずき、それから近くにいた調査官に指示を出した。


「シャーロット先生に知らせてくれ。大至急、竜を避難させろと。あと、爆弾を取り扱える調査官を呼んでくれ」

「わかりました!」

「あの!」


 私はその調査官をとっさに呼び止めた。


「シャーロット先生にもうひとつ伝えてください。野生の竜と動物たちをこの周辺に近づけないよう、忌避剤を散布してください、と」

「わかりました。お伝えします」


 調査官がこの場を去ると、ラウラさんが悲鳴のような声を上げた。


「た、助けて! どうか見捨てないで……っ!」


 私たちの反応から、このまま見捨てられると思ったのだろう。

 私は彼女をこれ以上混乱させないよう、あえて微笑んでみせた。


「大丈夫。見捨てたりなんてしません」

「で、でも……」

「まだ名乗っていませんでしたね。私はフィルナと申します」

「あなたが、フィルナ様……?」


 手元の木箱から意識が少しそれたのか、ラウラさんは目をぱちくりとさせた。

 シーラが私の服の裾をつかんで、慌てて頭を振る。


「奥様は逃げないとだめですよ! ヘリアス様だってこんなこと、望んでおられないはずです!」


 ヘリアス様の名を出されて、心が揺らぐ。

 それでも、ここで逃げてしまったら、永遠に後悔すると思う。

 

「ごめんなさい、シーラ。彼女を見捨てられないわ」


 シーラの瞳が悲しげに揺れる。

 私は彼女の指を外しながら、小さく微笑んだ。

 

「私は大丈夫だから。あなたはエアルと一緒に先に逃げて」

「奥様を置いて逃げられるわけありません! 何があっても、ずっとそばにいます」


 そう言って、シーラは私の右手をにぎった。

 彼女を巻きこむつもりはなかったのに……。それでも、今はその温かさが心強かった。


「ラウラさんのご家族は?」


 爆弾処理を行う調査官を待つ間、私は彼女を落ち着かせるために会話をつづけようと思った。

 ラウラさんの家族が人質にとられていないか、確認するためでもあった。


「か、家族は、私を育ててくれた祖父がひとり、アウデンティアに」

「アウデンティアに住んでいるのですか?」

「は、はい。おじいちゃんの生活が少しでも楽になるようにと思って、私は調査団に入ったんです。でも、こんなことになるなら、もう一度おじいちゃんに会いに行けばよかった……っ!」


 ぽろぽろと涙をこぼすラウラさんに、胸が痛くなる。

 そこへ、大きな鞄を持った調査官が駆け寄ってきた。どうやら、爆弾処理の調査官のようだ。


「ラウラさん、もう大丈夫です。おじい様に会いに行きましょうね」

「フィルナ様……」


 ラウラさんは恐怖に震えながらも、大きくうなずいた。

 調査官は彼女に近づくと、慎重に木箱を受け取った。

 ラウラさんは、ようやく木箱を手放せた安堵から、その場にへたりこんだ。

 調査官は蓋を開いて中身を確認し、目を見開いた。


「これは……爆弾ではありません!」

「何だと!?」

「では、中に何が入っているのですか?」

「た、ただの石です。あと、メッセージカードが……」


 私とフロリアンさんはその調査官に近づき、木箱の中を確認した。

 中には、拳ほどの大きさの石と白いメッセージカードが入っていた。

 私はそのカードを手に取った。

 そこには、綺麗な字で「女神イーリスを盲信する愚かな人々へ贈り物を」と書かれていた。


 読み終えると同時に、どこからか獣の唸り声のような声が聞こえてきて、はっと空を見上げる。


 青空の中にぽつりと、黒い点が浮かんでいる。

 それはあっという間にこちらに近づいてきて、風を巻き上げながら私たちの頭上を横切っていった。

 竜かと思ったその希望は、その異様な姿によって一瞬で打ち砕かれる。

 

 三つの首を持ち、竜のような大きな翼を持った漆黒の巨大な翼竜種――


「アジ・ダハーカ……!」


次回更新は4/5です。

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― 新着の感想 ―
フィルナさんの気高さとシーラの忠誠心が素晴らしい 逃げてもフィルナさんの大切な人たちは誰も責めないのに   それはそれとして本物ラウラさんが気の毒すぎました おじいちゃんに無事に会えますように 邪教…
はぁ、この物語にはドキドキさせられっぱなしです(>_<)無事ハッピーエンドでこの章がとじることを祈りっぱなしです。キルシュヴァッサーが無事目覚て良かった!と喜ぶ間もなく、火種が満載で全然安心出来ません…
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