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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー22


 キルシュヴァッサーが目覚め、安楽死の決定が撤回された翌朝のこと。

 竜舎に向かう途中でシーラから、「調査団内にセイレニア教のスパイが紛れこんでいる可能性がある」という情報を伝えられた。

 

「調査団内にセイレニア教のスパイが?」

「はい。ウルリッヒ様が奥様に伝えてほしいと。まだ確定ではないらしいんですけど、怖いですよね。というか、調査団にスパイを送る意味ってあるのでしょうか?」


 シーラは眉を寄せながら、首を傾げた。

 私はセイレニア教が調査団に潜入する理由をいくつか考え、口を開いた。


「調査団が持っている情報、または押収品を狙ったのかもしれない」

「押収品ですか?」

「ええ。調査中の証拠品として没収したものの中には、強力な武器などもあるはずよ。それをセイレニア教に横流ししていた可能性があるわ」

「ぶ、武器!? 大問題じゃないですか! 早く捕まえないと……!」


 シーラは何かに気づいたようにはっとして、怯えたように小声で言った。


「もしかして、私たちが出会った人たちの中にスパイがいるのでは?」

「それは、どうかしら……」


 仲良くなった人たちも多いから、その中にスパイがいるなんて、あまり信じたくない。


(でも本当にスパイが潜んでいるとして、情報や武器以外に狙われるものって何だろう?)


 他に思いつくのは、珍しいハイブリッド種のキルシュヴァッサーだ。

 ラドロンの研究のために、ハイブリッド種を狙う可能性はじゅうぶんにある。

 キルシュヴァッサーが狙われているなら、警備を今よりも厳重にしてもらわないと。


「まさか、安楽死の決定が早められたのって、そのことと何か関係があったりするのかしら?」

「え!? 狙いはキルシュヴァッサーですか?」

「ラドロンの研究のために、ハイブリッド種の身体が必要になった。だから、一刻も早く枢機卿様を呼んで、安楽死を行いたかった……?」

「そうなると、ティムさんがスパイ!?」

「そうと決まったわけではないけれど」

「でも可能性はありますよ! もしあの人がスパイなら、すでに拘束されていますし、安心ですね!」


 シーラは「これで夜も眠れます!」と、すっかり安心しきった様子だった。

 ティムさんはカルニス枢機卿様に嘘の情報を与えたとして、現在は調査団内で身柄を拘束されている。

 たしかにシーラの言う通り、彼がスパイだというのなら、拘束されているのは好都合かもしれない。


 治療室に入ると、窓が全開になっていて、太陽光がキルシュヴァッサーを照らしていた。

 久しぶりの日光浴に、キルシュヴァッサーは気持ち良さそうに目を細めている。


「おはようございます、フィルナ様、シーラさん!」

 

 シャーロット先生が私たちに気づいて、弾むような足取りで近づいてきた。

 私たちも挨拶を返すと、シャーロット先生は待ちきれないとばかりに嬉しそうに報告してくれた。


「キルシュヴァッサー、すごく調子が良さそうですよ! 私が声をかけても、翼をパタパタ動かしてくれるんです!」

「そうなんですか? すごい回復力ですね」

「はい! メルキオールの鱗のおかげかもしれません」


 静かにキルシュヴァッサーに近づくと、まぶたが完全に開いて、赤い瞳がこちらを見た。


「おはよう、キルシュヴァッサー。太陽が気持ちいいね」


 声をかけて頭をなでると、キルシュヴァッサーはパタパタと小さく翼を動かし、「キュルル」と喉を鳴らした。


「あ……! 片方だけじゃなくて、両方の翼を動かせるようになっていますね!」

「そうなんです! この調子だと、近いうちに外に出られるかもしれません」

「外に出られたら、今度は飛ぶ練習を始めないといけませんね」

「もう飛ぶことまで考えているんですね」


 気が早いなと言いたげな、それでいて喜びのにじんだ声が聞こえてきた。

 振り返ると、やはりフロリアンさんがいた。

 すると、キルシュヴァッサーが弾かれたように顔を上げた。

 当たり前のように首を持ち上げたので、私とシャーロット先生は「え!?」と同時に驚きの声を上げた。


 キルシュヴァッサーの回復の早さに、フロリアンさんも目を見張り、顔を綻ばせた。


「キルシュ! もうそんなに身体を動かせるのか?」

「キュウ! キュウゥ!」

「悪かったよ、待たせたね」


 フロリアンさんが近づくと、キルシュヴァッサーははしゃいだように翼を羽ばたかせて、甘えた鳴き声を上げ始めた。

 よしよし、とキルシュヴァッサーの頭をなでるフロリアンさんの表情は、とても穏やかだった。


「いい光景ですね」

「そうですね」


 シャーロット先生も、優しく微笑みながらうなずいた。


 私たちの視線に気づいたフロリアンさんは、ほんのりと目元を染めて、眼鏡をかけ直す仕草をした。

 それを見たシーラがにやにやと目を細める。


「な、何ですか、その顔は」

「えー? 何も言ってないじゃないですかぁ」

「表情でわかりますよ」


 フロリアンさんはあきれたようにため息をついたけれど、その表情には笑みが浮かんでいた。


「フロリアンさん。この調子だと、数日後には軽く散歩もできるかもしれませんよ」

「本当ですか? 何だか、夢みたいだな……」

 

 フロリアンさんは、目の前にいるキルシュヴァッサーを確かめるように、何度も頭や首をなでた。

 ようやく納得できたのか、彼は息をついてから、口を開いた。


「フィルナ様には本当に感謝しています。あなたがいなければ、この子は目覚めなかったし、私はこの子を置いてこの世を去っていた」


 そう言って、彼は過去の行いを悔いるように目を閉じた。

 フロリアンさんの発言に、シャーロット先生とシーラは息を飲んだ。

 わずかに沈黙が流れて、今度はシャーロット先生が小さく微笑みながら口を開いた。


「私、最初はフィルナ様に嫉妬して、ひどい態度をとりました。自分の限界を勝手に決めて、竜医師を辞めようともしました。けれど、もう一度竜医師としてやり直そうと思えたのも、キルシュヴァッサーが目覚める瞬間に立ち会えたのも、フィルナ様のおかげです。ありがとうございます!」


 シャーロット先生とフロリアンさんの、敬意のこもった眼差しとその言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。

 何も無駄じゃなかったと、自分の行いを誇らしく思える瞬間だった。


「……この結果は、私の力だけではありません。キルシュヴァッサーが目覚めると信じて、諦めなかった人たちがいたから成し得たことです」

「それは、フィルナ様が誰よりも強く信じていたからですよ」


 シャーロット先生がそう言ってフロリアンさんに視線を向けると、彼も同意するように力強くうなずいた。

 

「あなただけは、決してキルシュを諦めなかった。あなたのような竜医師に出会えて本当によかった」

「フロリアンさん……」

 

 すると、シーラが胸を張って言った。


「へへん! 私の奥様はすごいんですよ!」

「なぜシーラ殿が得意げなんですか」


 その瞬間、誰からともなく吹き出して、笑いが広がった。

 シーラも照れくさそうに笑い、場はすっかり和やかな空気に包まれた。


 その空気を破るように、治療室の扉が荒々しく開かれた。

 部屋に入ってきたのはラウラさんだ。


「た、大変です」


 よほど急いでいたのか、彼女は肩で息をしていた。

 尋常ではない様子に、フロリアンさんが眉を寄せた。


「どうしましたか?」

「それが……っ!」

 

 ラウラさんはわずかに呼吸を整えてから、言葉を発した。


「ティム上級調査官が、死亡しました」



次回更新は3/27です。


【お知らせ】

「竜医師フィルナ」3巻が2026年6月1日発売予定です。

活動報告にまとめていますので、ご興味がありましたらそちらもご覧ください。


活動報告該当記事

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2290548/blogkey/3603876/


コミカライズ企画も進行中です。

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