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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー21


 キルシュヴァッサーのいる治療室に戻ると、そこにはたくさんの人が集まっていた。

 調査団の幹部たちと、フロリアンさんの言っていたカルニス枢機卿様の姿もある。


 シャーロット先生はキルシュヴァッサーを後ろに庇うように、彼らと対峙していた。

 私に気づいたシーラが慌てて駆け寄ってきた。どうやら先に戻っていたみたいだ。


「奥様、大変なんです! 枢機卿様がやってきて、キルシュヴァッサーの安楽死が決まったって……っ!」

「ええ。フロリアンさんから聞いたわ」


 その時、幹部のひとりがこちらを見て怒声を放った。


「フロリアン、どこに行っていたんだ! いつまでキルシュヴァッサーを苦しませるつもりだ! 早く楽にしてやれ!」

「ティム……」


 フロリアンさんは目を細め、低い声で彼の名を呼んだ。

 するとその言葉に、シャーロット先生がすかさず反論した。


「だから何度も説明していますが、キルシュヴァッサーの意識は戻っています! 安楽死の必要はありません!」

「そうは言うが、先ほどから何の反応もしないじゃないか」

「そ、それは……」

「本当ですか?」


 私がキルシュヴァッサーに近づきながら訊ねると、シャーロット先生は困ったように眉を寄せて答えた。


「はい……。さっきまでは応えてくれていたのですが……」


 私は一度カルニス枢機卿様に一礼してから、キルシュヴァッサーの頭に触れた。まぶたは閉じている。


「キルシュヴァッサー」


 名前を呼ぶと、右の翼がぴくりと震えた。

 久しぶりに身体を動かしたからか、疲れてしまったのかもしれない。

 反応がないと思ったのか、フロリアンさんは悲しげに目を伏せた。反対に、ティムさんは「ほらね」と小さく笑った。


「本当に動いたんですから! ちゃんと意識は戻ってますよ!」

 

 シーラが泣きそうな声で叫ぶと、補助竜医師たちもそれにつづいて声を上げた。


「そうです、私たち全員が目撃しました!」

「嘘は言っていません! 女神イーリスに誓って!」

「安楽死の撤回をお願いします!」


 彼女たちは、上司である幹部たちやカルニス枢機卿様に臆せず、必死にキルシュヴァッサーを守ろうとしていた。

 その覚悟に胸を打たれる。

 私はキルシュヴァッサーの頭をそっとなでて、小声で呼びかけた。


「ごめんね、キルシュヴァッサー。あともう少しだけ――」


 頑張ってと言いかけて、言葉に詰まった。この子は三年間ずっと頑張ってきた。

 きっと、フロリアンさんのために……。


 私は沈痛な表情をするフロリアンさんに向き直った。


「フロリアンさん。キルシュヴァッサーの名前を呼んであげてください。あなたの声が聞きたいはずです」

「私の……」

「今さら何をしようと、意味はありませんよ!」


 ティムさんが、わずかにあせりをにじませて叫んだ。


「枢機卿様の決定は絶対です! あなた方がやっていることは竜の虐待――」

「まあまあ、少し落ち着きなさい」


 カルニス枢機卿様は宥めるように言った。

 ティムさんはそれでも食い下がる。


「ですが、安楽死はすでに決定しているのですよ?」

「意識の有無を最後にこの目で確認するだけですよ。静かにしていなさい」


 ティムさんは口を開きかけて、言葉を飲みこんだ。

 私がもう一度「フロリアンさん」と静かに呼びかけると、彼はその目に不安の色を浮かべながらも、こくりとうなずいた。


 フロリアンさんはキルシュヴァッサーに近づき、頭をなでた。

 その手がかすかに震えている。

 もし、名前を呼んで動かなかったら?

 フロリアンさんはきっと、最悪の結末を想像して、恐れている。


 しばらく、フロリアンさんは無言でキルシュヴァッサーの頭をなでていたけれど、覚悟を決めたように息を吸いこむ音がした。


「……キルシュ。キルシュ、私だよ」


 フロリアンさんが呼びかけても、キルシュヴァッサーの翼はぴくりとも動かなかった。

 その代わりに――


「キュウ」


 と小さな鳴き声が聞こえて、私ははっと息を飲んだ。


「フロリアンさん、もう一度!」

「は……はい!」


 フロリアンさんはキルシュヴァッサーの閉じたまぶたを見つめながら、もう一度呼びかけた。


「キルシュ! 私の声が聞こえるか?」

「キュウ……キュウ……っ!」


 まぶたがぴくぴくと震えながら開いて、フロリアンさんの姿を探すように赤い瞳が動いている。

 フロリアンさんはその瞳を覗きこんで叫んだ。


「キルシュ! 私はここだよ! ここにいる!」

「……キュウ!」


 「見つけた!」とでも言うように、キルシュヴァッサーの力強い鳴き声が治療室に響き渡った。

 その大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。

 それを見たフロリアンさんの目にも涙が浮かんだ。

 

「ああ……本当に……っ!」


 彼の震える唇から、喜びの声が漏れた。

 フロリアンさんは、キルシュヴァッサーの瞳に自分の姿が映っているのを確かめてから、そっと頭を抱きしめた。

 

「キルシュ……ごめん、ごめんよ。ずっと、苦しませてごめん……っ!」


 この三年間、何度も口にしただろう謝罪を繰り返しながら、フロリアンさんは涙に濡れた頬をすり寄せた。

 キルシュヴァッサーは嬉しそうにまばたきしながら、「泣かないで」と伝えるように、か細い声で鳴いていた。


(キルシュヴァッサーが目覚めて、本当によかった……!)

 

 三年ぶりの再会に立ち会えたことに、胸が熱くなった。

 私の隣にいたシーラが、ぐすぐすと鼻をすすりながら「よがっだでずぅ〜っ!」と声を上げて泣き始めた。

 ただでさえ涙腺が緩んでいたのに、シーラを見てもらい泣きしてしまった。

 シャーロット先生や補助竜医師たちの目にも、喜びの涙が浮かんでいた。


 すると、静かにその光景を見守っていたカルニス枢機卿様が、ふうっとため息をついた。

 

「まさか、このような奇跡を目撃できるとは思いませんでした。植物状態の竜は目覚めないと聞いていましたから」


 カルニス枢機卿様はそう言うと、険しい顔をしてティムさんを見やった。


「フィルナ様が行なっているのは、治療という名のただの延命措置だと聞かされていましたが、本当に新しい治療法を試しているとは知りませんでした。後ほど、彼から詳しい話を聞かせてもらいましょう」


 ティムさんは顔中に汗を浮かべて、視線を泳がせた。

 彼がカルニス枢機卿様に正しい情報を与えないまま、安楽死へと誘導したのは間違いない。

 

(イナンナの時も思ったけれど、安楽死という判断を軽々しく下すような体制は、今すぐ変えるべきだわ)


 救えるはずの竜の命が、人間の勝手な都合で奪われるなんて許せない。


(それにしても、ティムさんはどうして安楽死を急がせたのかしら……)


 そのことを疑問に思っていると、カルニス枢機卿様がこちらに近づいてきた。


「その注射器を預かりましょう」

「あ、はい」

 

 安楽死の薬が入った注射器を渡すと、カルニス枢機卿様は受け取った注射器を箱の中に収めた。


「当然ですが、安楽死の決定は取り消します」

「ありがとうございます」


 その時、わっと歓声が上がった。

 キルシュヴァッサーの左の翼が動いて、フロリアンさんを抱きしめている。

 フロリアンさんの顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど、それでも、まぶしいほどの笑顔を浮かべていた。


次回更新は3/25です。

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― 新着の感想 ―
キルシュやったー! フロリアンさんの声が届いた! 逆に言うとフロリアンさんの声が無ければ目覚めなかった可能性もあると思うので、フロリアンさんは二度とこの子を置いていこうとは考えないで欲しいですね テ…
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