表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

283/290

花芽ぐむキルシュヴァッサー20


「い、今……キルシュヴァッサーの翼が動きましたよね?」


 私がシャーロット先生たちにそう確認すると、彼女たちは何度もうなずいた。

 シャーロット先生が興奮したように頬を染めながら言った。


「み、見ました! 右の翼が動いたところを、間違いなく見ました!」

「やっぱりそうですよね!?」


 私はキルシュヴァッサーの瞳を見つめながら、もう一度呼びかけた。


「キルシュヴァッサー?」


 すると、再び右の翼が持ち上がり、バサリと音を立てて上下に動いた。

 私の声に合わせて、まばたきもしてくれた。


「意思疎通ができた!」


 嬉しさのあまり、思わず叫んでしまった。

 キルシュヴァッサーは、久しぶりに翼を動かして疲れたのか、鼻息をふーっと漏らした。

 驚いて固まっていたシーラが我に返り、両手を上げて、その場で飛び上がった。


「やった! ついにやりましたよー!」

「本当に……本当にキルシュヴァッサーが目覚めたんだ……っ!」


 シャーロット先生も感極まったように目元を拭う。

 補助竜医師たちも、目に涙を浮かべながら歓声を上げていた。

 私はかすかに震える右手を胸に押し当て、目を閉じた。


 (ありがとうございます……ジンさん!)


 メルキオールの鱗を譲ってくれた竜騎士に、心の中で感謝を告げる。


 私はもう一度、キルシュヴァッサーの目や身体の動きを観察した。

 反応はまだ鈍いけれど、私と目を合わせようとしたり、こちらの声に応えてわずかに身体を動かしてくれる。間違いなく意識がある。

 このことを一刻も早くフロリアンさんに伝えたい。


「シャーロット先生。キルシュヴァッサーをお願いします。私はフロリアンさんにこのことを報告してきます」

「わかりました。お任せください!」

「奥様、私も行きます!」


 私はシーラと一緒に治療室を出て、フロリアンさんの姿を探した。けれど、執務室にも会議室にも姿がなかった。


 途中でシーラと別れ、手分けして探すことにした。

 私は幹部たちの執務室がある廊下を歩いていると、フロリアンさんの部下のひとりだという男性に出会った。


「フロリアン様ですか? 会議に出席したあと、どこに向かったのかわからなくて、僕も探しているんです。いつもなら、行き先くらい伝えてくれるはずなんですけどね」

「そうですか。外出してしまったのでしょうか」

「その可能性も……あ!」

「何か思い当たることでも?」

「あ、いや、あり得ないとは思いますが」


 と、彼は前置きして、窓の向こうを指差した。

 その先には、この建物と隣接するようにして建っている塔が見えた。


「あそこの塔から自然保護区が一望できるので、フロリアン様は休憩時間になると、あの塔の上から竜を眺めているんです。とはいえ休憩時間でもないのに、塔に登ることはないと思いますが」


 私は塔の頂上を見上げた。当然、ここからでは何も見えない。


「フロリアン様をお見かけしましたら、フィルナ様が探しておられたとお伝えしておきます」

「よろしくお願いします」


 私はもう一度塔へ視線を向けた。

 仕事熱心な方のようだし、仕事中に塔に登るとは思えないけれど……。


(一応、確認しておこうかしら)


 私はこの建物から塔へと繋がる廊下を渡り、頂上へとつづく長い階段を上った。

 頂上に到着すると、そこには外へ出るための扉があった。わずかに開いている。

 誰かいるのかもしれない。

 期待をこめて、私はそっと扉を開いた。


 まず視界に飛びこんできたのは、自然保護区の美しい緑の風景や、空に翼を広げる竜たちの姿。そして――自分の左腕に注射器の針を押し当てているフロリアンさんの姿。

 注射器の中にある青い液体は、どう見ても人間用の治療薬には思えない。


 私はとっさに駆け出していた。


「フロリアンさん!」


 制止の意味をこめて叫ぶと、フロリアンさんがはっと顔を上げた。

 その隙に、彼の手から注射器を取り上げた。


「何をやっているんですか!?」

「フィルナ様……」


 フロリアンさんは、私が持っている注射器をぼんやりと見つめていた。

 私は激しく脈打つ心臓を鎮めるように、ゆっくりと息を吐いた。


「フロリアンさん。これが何の薬か、わかっていて打とうとしたんですか?」


 責めないようにと気をつけていても、声が震えた。

 フロリアンさんは深くうつむいて、こくりとうなずいた。

 

「……ええ、もちろんです。竜の安楽死に使われる薬です。カルニス枢機卿様から渡されました」

「枢機卿様が? ここに枢機卿様が来られたのですか?」

「はい。今までは安楽死の提案でしたが、今日は違いました。枢機卿様の安楽死の決定は、私では覆すことはできません」

「安楽死の決定って、そんなはずは……!」


 治療結果が出る前に安楽死を決定するなんて、そんな話は聞いたことがない。

 フロリアンさんは、がくりと膝から崩れ落ちた。


「フロリアンさん!」

「私は……私は、キルシュを殺せません」


 ぽつぽつと、彼の頬を伝った涙が石の床に落ちていく。


「だから……代わりに私が死ねば、安楽死への抗議になる。そうすれば、あの子に時間が与えられるかもしれないでしょう?」


 悲壮な決意に、私は言葉を失ってしまった。

 はは、とフロリアンさんは泣きながら暗く笑った。


「ああ、でも、それはあの子の苦しみを長引かせることになってしまうのかな。フィルナ様……どうすれば、あの子を幸せにできるのでしょうか。私がやってきたことは全部、間違いだったのでしょうか……っ!」


 フロリアンさんは肩を震わせ、静かに涙を流していた。

 自分の手で愛する竜の命を奪うのか、自分が死ぬか――ひとりで抱えこんで、思い詰めてしまったのだろう。

 私は彼のそばに屈みこんだ。


「何も間違いじゃなかった。それをこれから証明しに行きましょう」

「証明って……」


 フロリアンさんは涙に濡れた顔を上げた。


「フロリアンさん。キルシュヴァッサーと意思疎通が取れるようになりましたよ」

 

 彼は一瞬、目を見開いたまま固まった。

 そして、「え、ええ!?」と驚愕の声を上げた。


「待ってください! それってつまり……!」

「キルシュヴァッサーの意識が戻ったということです。枢機卿様の決定を覆せます」

「覆せる……」


 フロリアンさんの目に新たな涙が浮かんだ。けれど、その表情に絶望の影はなかった。


「あなたは、どうすればあの子を幸せにできるのかと訊ねましたね。あなたがいなくなって、キルシュヴァッサーが幸せになれると思いますか?」


 フロリアンさんは激しく首を横に振った。

 私は小さく微笑んで、右手を差し出した。


「急ぎましょう。キルシュヴァッサーのもとへ」



次回更新は3/21です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ