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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー13


「ねえ、レキエス。まだヘリアスは殺せないの?」

 

 薄暗い室内に、不満そうな声が響く。

 彼女の願いを叶えられていない自分に、じわりと胸の奥で苛立ちが増した。


「申し訳ありません、奥様。新しいラドロンが作れるまで、今しばらくお待ちください。いい材料になりそうな、『とても珍しい竜』が手に入りそうなのです」

「そう……。セイレニア教の教祖をつづけるのも退屈だわ」


 奥様はため息をついて、肩を落とした。

 私は奥様の美しいピンクベージュの長い髪をとかしながら、鏡の中の彼女の表情をうかがう。

 退屈そうに尖った唇に、可憐な笑みが浮かぶのが見えた。


「そういえば、()()()()()()()()はどうかしら? しばらく、アルトリーゼの城から出ていないと聞いているけれど」

「お忙しいのでしょうね」

「お可哀想……早く私が癒して差し上げなければ! オリアス様ったら、あのアンネマリーよりも私の方が素敵だとおっしゃってくださったのよ」

「奥様の方がお美しいのですから、当然です」

「うふふ、そうよね」


 奥様は恋する乙女のように微笑んでいた。

 奥様が嬉しそうだと、私も嬉しくて幸せだった。


「それにしても、オリアス様に近づくあの女……本当に許せないわ。やっとアンネマリーが死んでくれたのに、今度はあの穢れた女がオリアス様に色目を使っているのよ。ヘリアスの妻だというのに、はしたない女だわ。ヘリアスもろとも殺してやる……!」

「ええ、もちろん。すべて私にお任せください、奥様。必ずや、ヘリアスとフィルナを討ち取ってみせます」


 すると、鏡の中で奥様は満足げに目を細めた。

 私は奥様を絶対に否定しない。私は、奥様の望みを叶えるためだけに存在しているのだから。


(憎いヘリアスのことをオリアス様と勘違いしているだなんて、指摘してはならない)


 私は奥様の望みを必ず叶えてみせる。その上で――


(絶対にお前を殺してやる……ルイス!)


 ◇◇◇


「フィルナ様、こっちです……!」

「はい!」


 私は声をひそめながら、シャーロット先生の後を追った。

 長い廊下を進んでいると、普段私が行き来しているのとは別の竜舎が見えてくる。

 

 シャーロット先生は周囲に私たち以外の気配がないことを確認してから、竜舎の扉をそっと開いた。

 開いた扉の先に見慣れた赤色を認めた瞬間、私は駆け出して、鉄格子にしがみついていた。


「エアル!」

「キャア!」


 エアルは興奮した様子で翼を羽ばたかせ、鉄格子の隙間に鼻先を差しこんだ。

 鼻先に触れるのも久しぶりで、思わず頬が緩む。


「フィルナ様、中へどうぞ」

「ありがとうございます!」


 シャーロット先生が扉を開いてくれたので、私は竜房の中に入り、その大きくて温かい身体に抱きついた。


「ああ、エアル……エアルっ! 会いたかった!」

「キュウ、キュウ……!」


 頭上から切ない鳴き声が降ってきて、ぶわりと涙があふれた。

 エアルは尻尾を振り乱し、すりすりと私に頭を擦りつけた。「会いたかった。寂しかった」というように、全身で私に訴えかけてくる。


「ごめん。ごめんね、エアル。寂しかったよね」


 私よりもずっと大きな身体をした妹を、腕を限界まで広げて抱きしめた。

 背後で、ぐすっと鼻をすする音が聞こえた。


「フィルナ様がエアルを虐待しているなんて、絶対あり得ませんね」


 シャーロット先生が目元を拭いながら、そう微笑んだ。


 私はエアルの顔をなでて、身体全体に素早く視線を走らせた。

 目も鼻も綺麗で、鱗も艶々……健康状態に問題はなさそうだ。


「大切にされているのね。元気そうで、本当によかった……」

「キュウ、キュウ!」


 「そっちもね!」と言うように、エアルが明るい鳴き声を上げた。

 エアルらしくて、くすりと笑いがこぼれる。

 もう少しエアルと一緒にいたかったけれど、他の人に見つかる前に、竜舎から出ることにした。


「シャーロット先生。エアルに会わせてくれて、本当にありがとうございます!」

「いえ、これくらいしかできなくてすみません」

「そんなことはありません! むしろ、規則を破るような真似をさせてしまって、申し訳ありませんでした」

「気になさらないでください! 私の意思でやったことですし、それに、誰にもバレなければ問題な――」


 余裕たっぷりに胸を張っていたシャーロット先生は、その笑顔のままピシリと凍りついてしまった。

 彼女の視線の先をたどると、そこにはフロリアンさんがいて、こちらを見て目を見開いていた。


(ま、まずい……)


 私がエアルと会っていたと知られたら、私を案内してくれたシャーロット先生が処罰されてしまうかもしれない。


「こ、これは違うのです! 私が勝手に――」

「……私は何も見ていません。他の調査官に見られないうちに、ここから離れてください」


 そう軽く注意すると、フロリアンさんは足早に去っていった。

 固まっていたシャーロット先生は、ほっと息をついた。

 

「よかったぁ……見逃してくれましたね」

「どうして見逃してくれたのでしょう?」

「フロリアン上級調査官は、フィルナ様の働きをずっと見ていましたから、当然ですよ」

「え?」

「あ、変な意味ではないですよ! フィルナ様のおかげでキルシュヴァッサーの継続治療が認められそうですし」

「継続治療ということは、もしかして……」


 シャーロット先生は硬い表情をして、うなずいた。


「キルシュヴァッサーに関しては、安楽死の提案が出ていましたから。フロリアン上級調査官は、フィルナ様に対してすごく感謝していると思います」


 安楽死の提案と聞いて、自然と眉が寄る。

 竜の延命については、苦しみを長引かせるだけではないかと、竜医師の間でも激しく議論されてきた。


 治る希望にすがる家族の気持ちも、苦しむ竜を解放してあげたいという竜医師の願いも、どちらも理解できるからこそ、簡単に結論を出すことはできない。


 廊下を歩き、いつもの竜舎まで戻ってくると、イネスの竜房の前に複数の人間の姿があった。

 全員、調査官の腕章をつけている。


「調査官がたくさんいますね」

「今日は幹部を集めての会議ですからね。あれ?」


 シャーロット先生が不思議そうに首を傾げた。


「あんな女の人いたかな? 他の支部にいた調査官が幹部に昇進したのでしょうか」


 調査官の集団の中には、ひとりだけ女性がいた。

 長い金髪をひとつにまとめて眼鏡をかけた、二十代くらいの女性だ。


 やがて、その集団がこちらにやってきて、私に向かって一礼した。

 私も同じように一礼すると、その女性と目が合った。鋭く理知的な眼差しをした、美しい女性だった。


(ん? このにおいは……)


 すん、とにおいを嗅ぐと、その女性が目を瞬かせた。


「あら、どうかされましたか?」

「あ、いえ……魔物のにおいがしたので」


 女性は目を見張り、調査官たちは何のことかと不思議そうに顔を見合わせた。

 余計なことを言ったかもしれない。


「すみません、失礼なことを言ってしまって! 忘れてください」

「ふふ、大丈夫ですよ。職業上、セイレニア教の調査なども行っておりますから、そこでラドロンのにおいがついたのでしょう。フィルナ様は鼻がいいのですね。香水をつけ直さないと」


 そう微笑んで、女性は去っていった。他の調査官たちもその後につづいた。


 彼らの背中が見えなくなると、シャーロット先生が少し興奮気味に言った。


「よく魔物のにおいがわかりましたね。私、まったく気づきませんでした!」

「何度かラドロンと接触したことがあるので、何となくですが。それに、保護された竜たちが少し興奮しているように見えたので、何かのにおいに反応しているのはわかっていましたから」

「す、すごい……あの一瞬でそこまで見抜いていたんですか? さすが、フィルナ様です!」


 彼女の称賛に照れくささを覚えながらも、胸の奥では、先ほどの女性に対する小さな違和感が残っていた。


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