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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー9


 食後の紅茶を飲むと、胃のあたりからじんわりと温かさが広がった。

 食事を抜くのはよくないな、と何度目かの反省をする。

 竜聖医がこんな無茶をしていれば、ここにいる竜医師や補助竜医師たちに余計なプレッシャーをかけてしまうかもしれない。

 今さらかもしれないけれど、振る舞いには気をつけないと。


 そんなことを考えながらも、視線は自然とキルシュヴァッサーへ向かってしまう。


「キルシュヴァッサーにも、液状ではなくて、好きなものを食べてもらいたいですね」

「……そうですね」


 シャーロット先生は小さくうなずき、澄んだ桃色の目で私を見つめた。


「フィルナ様は、最近ずっと徹夜つづきなんですよね」

「か、仮眠はとっていますよ! 証人はいませんが、嘘ではありません!」

「どうしてそんなにあせっているんですか? まずい話題なんですか、これ」

「はい! ヘリアス様に知られたら叱られます! 何か聞かれたら、フィルナはちゃんと仮眠をとっていたとお伝えください」

「わ、わかりました。でも、叱られる前に寝てくださいね。倒れちゃいますよ」

「うっ! すみません……」


 返す言葉もない。私は恥ずかしさを隠すように紅茶を飲んだ。

 しばらく沈黙が流れて、シャーロット先生が遠慮がちに話を切り出した。


「フィルナ様は、どうしてそこまでするんですか? 竜を助けたい気持ちはわかりますが、毎日徹夜をして、食事を忘れるほどキルシュヴァッサーの治療をするなんて……」

「そうですね……。私には竜しかいませんでしたし、彼らに何度も救われてきました。だからこそ、竜に恩返しがしたい」


 私は自分の内側と向き合うために、目を閉じた。

 竜がいなければ、私の心はとっくに壊れていたと思う。

 人に寄り添い、愛を返してくれる優しい竜たちを、今度は私が救いたい。


「私は自分が死ぬその瞬間まで、竜医師でありつづけたいのです。一頭でも多く竜を救い、その子を待つ家族の心だって救いたい」


 まぶたを開くと、シャーロット先生と目が合った。

 彼女は真剣な表情をして、静かに私の言葉に耳を傾けている。


「色々言いましたが、私はこの仕事が大好きなんです。人と竜の絆を間近で見られる、この仕事が。だからこそ、キルシュヴァッサーを救いたい。彼女が再び、フロリアンさんと一緒に空を飛ぶところを見てみたいのです」


 フロリアンさんは、キルシュヴァッサーの前では笑顔を見せてくれたけれど、その横顔には「二度と目覚めないかもしれない」という恐怖と絶望がにじんでいた。

 私が「きっと目覚める準備をしていますよ」と声をかけても、彼の表情は晴れなかった。

 なんとしても、キルシュヴァッサーを目覚めさせてあげたい。そこまで考えて、ふと我に返る。


(かっこつけすぎたかな?)


 少し不安になっていると、シャーロット先生が静かにうなずいて言った。


「今の言葉で、フィルナ様がキルシュヴァッサーと真剣に向き合っているのがよくわかりました。私はキルシュヴァッサーを治したいとは思っても、そのあとの姿までは考えたこともなかった。彼女の目覚めを待つ家族の気持ちだって、真剣に考えていなかったのかもしれない。私、自分のことばかり考えて、フィルナ様に嫉妬して、最低なことを……」


 シャーロット先生は胸元のブローチに手を伸ばし、そっと指先で触れた。

 土属性の竜の鱗をなでる仕草を見て、脳裏に稲妻のようなひらめきが走った。

 

「シャーロット先生! それです!」

「は、え? どれです?」

「手伝ってくれませんか?」

「は、はい。私でよろしければ」


 私は困惑するシャーロット先生に新しい治療法を説明してから、雷の石を手に持ち、キルシュヴァッサーの下半身のそばに立った。

 シャーロット先生はキルシュヴァッサーの背中をなでながら、不安そうにこちらを見た。

 

「あの……身体をなでることが、治療になるのでしょうか?」

「もちろんです」


 私は大きくうなずいた。シャーロット先生の不安を取り除くという意味もあったけれど、そう断言できるだけの根拠もあった。


「昨夜、フロリアンさんも同じようにキルシュヴァッサーに触れていました。淡々と鉱石で刺激を与えつづけるより、彼女の環境を日常生活に近づけてあげた方が、より脳に刺激を与えられると思うのです」

「日常生活に近づける?」

「はい。本来のキルシュヴァッサーの生活です。フロリアンさんになでられて、声をかけられる。それはきっと、キルシュヴァッサーの日常の一部だったはずです。空を飛ぶ感覚を思い出してもらうために、翼を動かしてあげるのもいいかもしれません」

「日常生活の再現をして、脳を刺激する。たしかに、ずっと床に寝転がった姿勢のままでは、何の刺激も受けませんよね」

「その通りです。私が鉱石で刺激を与えるので、シャーロット先生はキルシュヴァッサーの身体をなでながら、フロリアンさんのように優しく語りかけてみてください」

「……触れて、優しく語りかける」


 シャーロット先生は意外そうに目を丸くする。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ! そんな風にしてあげたこともなかったなって、思っただけです。では、フロリアン上級調査官のようにやってみます」


 上級調査官がフロリアンさんの役職だと、今初めて知った。

 シャーロット先生は「よし!」と小さくうなずいてから、キルシュヴァッサーの身体に触れた。


「キルシュヴァッサー……あ、えっと、キルシュ。聞こえますか?」


 シャーロット先生は「これでいいんでしょうか?」と、再び不安そうにこちらを見た。


「はい! そんな感じで、たくさん褒めてあげてくださいね」

「褒める、ですか」


 彼女は少しの間黙考し、ゆっくりと口を開いた。


「すごいです、キルシュ。とっても綺麗な桃色で、瑞々しい果物みたいです。なのに、クルミみたいな香ばしいにおいがして、私は最高だと思います。竜界一のクルミです」


 褒め言葉が独特で可愛くて、吹き出しそうになるのを必死にこらえる。彼女は間違いなく真剣だったから。


 少しぎこちなさはあったけれど、シャーロット先生は声をかけながら、キルシュヴァッサーをなでていた。

 私はその光景を微笑ましく思いながら、雷の石を軽く突く。


 しばらくの間、室内にはシャーロット先生の優しい声と、石を突く硬い音だけが響いていた。

 すると突然、シャーロット先生が声を上げた。

 

「た、た、大変! 見てください、フィルナ様!」

「どうしたんですか!?」

「あ、あれを」


 シャーロット先生が慌ててキルシュヴァッサーの頭を指さした。

 そちらに視線を向けて、私は目を見開いた。

 キルシュヴァッサーがまぶたを開き、綺麗な赤い目でこちらを見ていた。


「す、すごい! こんなこと一度も……っ!」


 シャーロット先生の声は、興奮でうわずっていた。


「わた、私っ、ウルリッヒ団長とフロリアン上級調査官を呼んできます!」


 そう言って、シャーロット先生は慌てて部屋から出ていった。

 私は高揚感に包まれながら、ゆっくりとキルシュヴァッサーの頭の方へ近づいた。


 赤い瞳には宝石のような遊色が揺らめいていた。

 ウルリッヒ様の言葉が脳裏によみがえる。


「コケモモみたいに真っ赤で丸い可愛い目をしているんですよ」


 本当にその通りだと思って、思わず頬が緩んだ。


次回更新は2/25です。

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― 新着の感想 ―
キルシュバッサーが目覚めて本当に良かったです。
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