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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー6


 シャーロット先生は震える声で言った。


「キルシュヴァッサーの治療は私に任せるって、そう言ってくださったじゃないですか!」

「まあ、そうだけどね」

「私がフィルナ様より劣っていると?」

「べつにきみの能力がどうこうって話じゃないよ。でもさ、シャーロット先生も治療法がなくて困っていたでしょ?」

「そ、それはそうですが……でも、納得できません!」


 シャーロット先生は胸元のブローチをきゅっとつかみながら、ウルリッヒ様に力強く訴えた。


「どうしてフィルナ様に任せるのですか? 竜医師学校を首席で卒業した私には、誰よりも竜の知識があります。それに、キルシュヴァッサーの状態を一番理解しているのも私です」


 シャーロット先生は腹を立てた目で、私をにらんだ。


「ここへ来たばかりの……それも、竜に犠牲を強いたアルトリーゼ家の竜医師に治せるとは思えません! 私にやらせてください!」

「そうです、専属竜医師のシャーロット先生でいいでしょう!」


 フロリアンさんも強く賛同した。

 ウルリッヒ様は鋭い目で、ふたりを交互に見つめて言った。


「じゃあ聞くけど、きみたちはいつまでキルシュを寝かせておくつもりなの? 我々は竜を扱っているんだよ。『竜に適切な治療を受けさせなかった』と、国と教会に判断されれば、調査団員全員が罰せられる。そうなった時、一番困るのは保護された竜たちだよね?」


 ふたりは反論できず、口をつぐんだ。

 ウルリッヒ様は小さくため息をつくと、私に向き直って微笑んだ。


「ではフィルナ様。キルシュのことをよろしくお願いします」

「わかりました」


 私が承諾すると、視界の端でシャーロット先生が悔しげに唇を噛みしめるのが見えた。


「では、詳しいことはシャーロット先生に聞いてくださいね。私はこれで失礼します」


 ウルリッヒ様は一礼し、それからフロリアンさんに視線を向けた。


「フロリアンくんもいいね。これは決定事項だよ」

「……はい」


 フロリアンさんは掠れた声で、渋々うなずいた。

 ウルリッヒ様とフロリアンさんが去ったあと、広い治療室にはキルシュヴァッサーと私、シャーロット先生だけが残された。


(何だか気まずいな……)


 シャーロット先生は私と目を合わせようともしない。

 けれど、このまま黙っていては、キルシュヴァッサーの治療を始められない。

 私は微笑みながら、シャーロット先生に声をかけた。


「あの、シャーロット先生――」

「話しかけないでください!」


 怒鳴られて、私は小さく飛び上がった。

 シャーロット先生は上目遣いになって、私をじっとにらみつけた。


「こっちにも色々と準備があるんです!」

「あ、はい。すみません」

「まったく!」


 彼女はこちらに背を向けて、すたすたと軽い足音を立てながら、部屋を出ていってしまった。


「キルシュヴァッサーのこと、聞きそびれちゃったな。嫌われちゃったのかも……」


 ひとり寂しくつぶやいて、私は後ろを振り返った。

 キルシュヴァッサーのかすかな寝息が聞こえてきて、頬が緩んだ。

 

「今日からよろしくね」

 

 私は眠るキルシュヴァッサーに近づいて、そっと声をかけた。

 サクランボにちなんだ名前を持つ、桃色の鱗をした女の子。


「自由に空を飛ぶあなたの姿が見てみたいな」


 ◇◇◇


 施設内にある食堂を利用していいと言われたので、私はシーラと一緒にそこで食事をとっていた。

 広くて賑やかな場所だ。

 和気あいあいとしていて、誰かが陽気にバイオリンを弾いている。


(私の周りだけ人がいないけれど)


 自覚すると、何だか悲しくなってくる。

 外部の竜医師で、しかもアルトリーゼ家ということもあってか、私は補助竜医師たちに遠巻きにされていた。


 それでも、彼らの話し声は聞こえてくる。


「竜聖医の方がここに来て診察するなんて、初めてじゃないか?」

「イネスの不眠も、あっという間に治しちゃったんだって!」

「へぇ、すごい! だからみんな騒いでたんだ」

「フィルナ様は本当にすごいよ!」


 そう力説し始めたのは、イネスが尻尾を噛んでしまった時にそばにいた、あの女性だった。


「興奮して尻尾を噛んでしまったイネスを、竜笛と竜の歌だけで落ち着かせてしまったんだから!」

「え、あのイネスを? 薬も使わずに?」

「かっこいい……!」


 小さな歓声が広がり、周りにいた補助竜医師たちが興味津々に集まってきた。

 自分の話題だと思うと、照れくさい気持ちになる。

 隣にいたシーラが、満面の笑みを浮かべて私を見た。


「ふふふ、すっかり注目の的ですね! 奥様の魅力と優秀さに気づくなんて、ここの補助竜医師たちもなかなか見る目があるじゃないですか。食事も美味しいですし!」

「食事に関しては、さっきまで文句を言ってなかった?」

「いいえ、そんなことはありません! ほら、見てください、このベリージャムの輝きを!」

「ふふ」


 シーラは甘酸っぱいベリージャムを絡めたミートボールを頬張って、幸せそうに頬を赤らめた。

 アルトリーゼ家が調査団から敵視されていると思って、シーラも気を張っていたけれど、思っていたより好意的な意見を聞いたからか、すっかり上機嫌だ。


「シャーロット様から仕事を奪ったくせに」


 背後から冷たい声が聞こえた。心臓を刺すかのような鋭さに、思わず背筋が伸びた。


「本当に性格悪いよね」

「シャーロット様が一生懸命に治療してたのにね。自分なら簡単に治せるだなんて思ってるのかな」

「治せるはずないよ」


 シーラが勢いよく振り返ると、ガタリと椅子から立ち上がる音が聞こえて、複数の足音が遠ざかっていった。


「ちょっと、待ちなさい! 言いたいことがあるなら、このシーラが受けて立ちますよ!」

「いいのよ、シーラ」

「でも、奥様に対して悪口を言うなんて許せません! それに、仕事を奪ったんじゃなくて、調査団の団長が奥様に依頼したのに!」

「そうね。私の代わりに怒ってくれてありがとう、シーラ」

「うう……」


 シーラは興奮を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐いた。


「……奥様のことを悪く言われるのは、とても悔しいです」

「ありがとう、シーラ。でも、彼女たちが私を憎く思うということは、それほどシャーロット先生が信頼されている証拠だわ」

「たしかに、シャーロット先生の代わりに怒っている感じではありましたけど……。だからって、悪口はだめですよ」

「そうね。あなたの言う通りだわ」


 私は豆スープを飲む手を止めた。


「補助竜医師たちから信頼される竜医師は、いい竜医師だと私は思う。シャーロット先生はきっと、エアルのことも大切にしてくれているはずよ」


 シーラははっとして、それから明るく微笑んだ。


「そうですね。エアルはきっと大丈夫ですよ!」

「うん。ありがとう」


 エアルにはまだ会えない。

 本当はとても寂しいけれど、今私にできることは、キルシュヴァッサーを目覚めさせること。


 私は食事を終えると、すぐにキルシュヴァッサーのもとへ向かった。


「ただいま、キルシュヴァッサー。食堂の食事、とても美味しかったよ」


 深く眠りつづけるキルシュヴァッサーに声をかける。

 もしかしたら、声が届くかもしれないから。

 もちろん、反応はない。でも、こんなことではくじけない。

 

 私はすうっと息を吸いこんでから、気合いを入れるように宣言した。


「さて……始めますか!」


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― 新着の感想 ―
この世界、セカンドオピニオンは根付いてないんでしょうか 団長さんも根回ししといてくださいよ! こう、いい感じに周りに説明しておくだけでフィルナさんの風当たり減ると思います…… フィルナさんは自分への…
このあとフィルナ様が竜を助けて、その後敵対していた人が手のひらを返すのでしょうが、陰口を叩いていた人も多少は痛い目に遭って欲しいです。続きを楽しみにしています
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