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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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氷解アイオン8


「氷結化が治ってる!?」


 オスカー様が叫ぶと、竜房にいるアイオンが「キャア!」と返事をした。

 私は微笑みながら、うなずいた。


「もちろん完治はしていませんが、背中にまで広がっていた霜が、今は首の周辺だけになっていると思います」

「本当だ! 穿刺も行っていないのに、一日でここまで変化があるなんて!」


 オスカー様は喜びを隠しきれない様子で、鉄格子から手を差し入れ、アイオンの頭をなでている。

 アイオンは嬉しそうに目を細めて、喉を鳴らした。


「まさか、滋養強壮薬が原因だったとは思いませんでした。そんなことも知らずに、アイオンに毒を与えていたなんて……」


 オスカー様は悔しげに唇を噛んだ。

 あの滋養強壮薬には、釣鐘の形をした黒い花――「死の釣鐘」と呼ばれる猛毒のハーブが入っていた。


 少量ならば害はなく、むしろ竜の身体を頑丈にしてくれる効果がある。

 けれど、オスカー様が持っていた滋養強壮薬に含まれていた死の釣鐘は、許容量を大きく超えていた。


 強く頑丈な竜にするために作られた薬は、氷竜にとって毒薬となっていた。

 

 マクシミリアン様は手元の木箱を見て、ぶるりと身体を震わせた。


「フィルナ様が気づいてくださらなければ、私の竜も氷結化を発症していたのかもしれませんね」

「そうですね……。個体差はありますが、継続して摂取していれば、氷管に何かしら影響が出ていたと思います」


 氷結化が改善されてきたからか、アイオンの食事量も増えてきた。

 このまま体力が戻れば、数日のうちに完治すると思う。


「この毒は体内に蓄積しますが、やがて自然に排出されます。ただ、継続的に摂取した場合は、排出されるまでに数年から数十年かかると言われています」

「そんなにも長い間……」


 オスカー様の表情に影が落ちる。

 何の疑いもなく、アイオンに薬を与えていたことを悔いているようだった。

 私はさらに言葉をつづけた。


「ですので、その毒を吸収し、排出を助ける薬を投与しました。すぐに効果が出てよかったです」


 利尿作用があるため、何度も竜房の藁を取り替えることにはなったけれど、氷結化が改善されたことで、その疲労感はすべて吹き飛んだ。

 オスカー様は、ほっとしたように微笑んで言った。


「フィルナ様。何とお礼を申し上げたらよろしいのか」

「いえ、そんな! まだ治療途中ですし、それに……」


 私はアイオンに視線を戻した。

 アイオンは、再び同じ場所を行ったり来たりし始めていた。

 常同行動だけはどうしても治らない。


(ストレスの原因がはっきりわかれば、もっと回復が早くなるのに)


 それに、このまま常同行動が激しくなると、壁にぶつかって怪我をしてしまう。

 アイオンの安全のためにも、早く何とかしてあげないと。


「フィルナ様。今日は、アイオンのいる竜房の中で眠ってもよろしいですか?」


 オスカー様からそう提案されて、少し驚いた。

 竜と一緒に竜房で眠るという竜騎士の話は、時折耳にする。

 安全面を考え、本来は推奨されないけれど、ルクスリア帝国の竜騎士も、この国の竜騎士と同じようなことを考えるんだなと思い、何だか嬉しくなった。


「やはり、アイオンの負担になるでしょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 オスカー様は顔を綻ばせて、動き回るアイオンに呼びかけた。

 アイオンはぴたりと動きを止めて、オスカー様に近づく。


「今日は一緒に眠ろうか。その前に、お前の大好きなワーム肉をたくさん食べて、体力をつけよう。これできっと早く治るぞ」

「キャア!」

「はは! 嬉しいな。今日は眠くなるまでたくさん話そう。一緒のベッドで眠っていた、あの頃のように」


 オスカー様は鉄格子に額を押しつけて、目を閉じた。

 アイオンはその場に座り、オスカー様と鉄格子越しに額を合わせた。


 ふたりの深い絆が垣間見えて、微笑ましい気持ちになる。

 それと同時に、かすかに胸が苦しくなった。


 オスカー様の言葉は、アイオンの病気が治ってきたことを喜んでいるようにも、別れの挨拶をしているようにも見えたから……。


 ふと、オスカー様が首から下げている竜笛に目が止まった。

 木製の竜笛だ。


(そういえば、滋養強壮薬を受け取った時に落ちた、あの傷のある竜笛は何だったんだろう……)


 女神イーリスが刻まれた、傷のある金属製の竜笛。あの竜笛に見覚えがある気がする。


 私は城に戻ると、そのまま書庫に向かった。

 そこで、イーリス教に関する本を手に取り、あの竜笛についての手がかりを探した。


「あった!」


 本の中には、傷のある竜笛と傷のない竜笛、ふたつの挿図が並んでいる。

 それが示す意味を知り、思わず深いため息がこぼれた。


「そういうことだったのね……」


 間違いなく、これがアイオンの常同行動の原因だろう。

 正確な言葉は理解できなくても、オスカー様が何をしようとしているのか、感じ取ったに違いない。


「どうにかして、止めないと」


 私は本を戻して、足早に書庫を出た。

 向かう場所は、ヘリアス様の執務室だ。


◇◇◇


 すべてが静まり返った夜明け前。

 客人用の竜舎の扉の前に、ふたり分の人影が見えた。

 私は竜舎の壁に身体を寄せて、その様子を隠れながら見ていた。

 この竜舎にいるのは、マクシミリアン様の氷竜だけだ。


「もうよろしいのですか? これが最後になりますよ」


 最後だと告げるマクシミリアン様の声が、悲しげに響いた。

 もうひとつの人影――オスカー様は、ゆっくりとうなずいた。


「ああ。たくさん話した。もう、思い残すことはないよ」


 オスカー様の言葉に、ずきりと左胸が痛んだ。


「フィルナ」


 不意に名を呼ばれ、隣のヘリアス様へ視線を向ける。

 彼は静かに私を見つめていた。


「行こうか」

「はい」


 私たちはうなずき合い、彼らに近づいていった。


「どこへ行くつもりだ」


 ヘリアス様が声をかけると、おふたりはびくりと身体を震わせ、慌ててこちらを振り返った。


「ヘリアス卿に、フィルナ様まで!?」


 オスカー様は「なぜここに」と言いたげに目を見開いた。


 私は一歩前に進み出て、オスカー様を真っ直ぐに見つめて言った。


「傷のある竜笛……あれは、自分の竜を他者に譲渡したことを証明する竜笛なのですね」


 オスカー様は息を飲み、それから諦めにも似た笑みを浮かべた。

 

「気づかれてしまいましたか。聡明なあなたの前で、あんなミスをしてしまったばかりに」

「そのミスのおかげで、こうやってオスカー様と話をすることができます。あなたは他国に竜を譲渡するために、イーリス教の枢機卿に仲介を頼んだのですね」

「その通りです」

「新たな竜の所有者には傷のない竜笛を。そして、元所有者には傷のある竜笛が渡される。あなたは最初から、アイオンをここに置いていくつもりだったのですね」


 オスカー様はうなずいた。彼の表情に迷いの色はない。

 その覚悟があまりにも悲しくて、喉の奥が詰まったように息苦しくなった。


 愛した竜を自ら手放すことが、どれほどの苦しみを伴う行為なのか、私は痛いほど知っている。

 だからこそ、私は黙っていることができなかった。


「アイオンはきっと、あなたの決意を知ってしまった。だから、常同行動であなたに訴えているのです。『置いていかないで』と……!」


 オスカー様の表情に一瞬だけ、氷のようなひびが入った。

 けれど次の瞬間には、何事もなかったように平然としていた。


「アイオンの竜房の前に、フィルナ様宛ての手紙と竜笛を置いています。どうか、受け取ってもらえませんか?」

「オスカー様……」


 その程度では揺るがないというように、オスカー様の目には強い意志が宿っていた。

 言葉だけでは、オスカー様の悲壮な覚悟は崩せないのだろうか。


「オスカー殿」


 今まで黙っていたヘリアス様が口を開いた。


「あなたは帝国に戻って、死ぬつもりだな」


 その言葉に、心臓がドッと強い鼓動を刻んだ。

 オスカー様は、ただ寂しそうに微笑んだ。


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― 新着の感想 ―
どんな理由があろうとも、こんなに愛してくれてるアイオン置いていっちゃダメでしょ アイオンがハチ公になっちゃう
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