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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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祝福のエレスチャル15

「ベアトリクス様!」

「エレスチャルのお見舞いに来たの。突然来てしまったけれど、迷惑ではなかったかしら」

「そんなことはありません。エレスチャルも喜びます」

「そう? 喜んでもらえるなら嬉しいわ。ぬいぐるみと、美味しいリンゴも持ってきたの」

「ありがとうございます!」


 私はベアトリクス様からリンゴの入ったカゴを受け取った。

 カゴの中には、艶々とした真っ赤なリンゴがたくさん入っている。そのリンゴは、普段目にするリンゴよりも一回り小さかった。


「『豊穣の実』ですね」

「ええ。質の良いものが手に入ったから、持ってきたの」


 豊穣の実はリンゴの種類の中でも、最も栄養価が高いと言われている果物だ。

 アウデンティア公国はこの種のリンゴの木を多く栽培しており、公国内で広く流通している。

 街中でも実をつけた木を見かけるほど身近にある存在だ。


 ベアトリクス様はぬいぐるみを抱えて竜房に近づいた。

 マシーシャさんは王女様を前に緊張した面持ちで、その場でぴしりと固まっている。


「この子がエレスチャル……とても可愛い子ね」


 彼女は、エレスチャルの身を覆いつつある結晶と動かない後ろ足を見て、その目にかすかな悲しみの色をにじませた。


「結晶は人間には無害と聞きました。手袋越しに触ってもいいかしら?」

「構いません。きっと喜びます」


 ベアトリクス様は鉄格子の間に、躊躇いなく手を差し入れた。

 エレスチャルはその手のにおいを嗅いでから、そっと鼻先を押し当てる。

 ベアトリクス様の笑みが深まり、その白い指が長い鼻を優しくなでた。


 竜医師資格を持つ令嬢や令息の中には、病気になった竜に触れたがらない人もいる。

 そして、シセラ様のように一度も竜に会いに来ない人もいる。

 彼らは、新しく健康な竜を買うことしか頭にない。


(ベアトリクス様は、心から竜を愛していらっしゃるのね)


 彼女のもとにいる竜たちは、きっと幸せだろう。

 王家の竜舎の記憶がよみがえり、それほど昔の話でもないのに懐かしさがこみ上げる。


 ベアトリクス様は満足そうに微笑み、こちらに向き直った。


「この子が大変な状況ですもの、古代竜の調査再開は難しいわね」

「そうですね。ベアトリクス様も、古代竜を探しておられるのですか?」

「ええ。でも今はベルンハルトお兄様に協力しているの。元々王座に興味はなかったし、それにバラバラだった家族がひとつに戻った気がするから、もうマルセルお兄様のような悲劇は起こらないと思うの。そう思えたのはあなたのおかげよ、フィルナ先生」

「そんな、恐れ多いです」


 ベアトリクス様の感謝の言葉に、嬉しくて声が震えた。


「そうそう、先ほどヘリアス卿とも古代竜の話をしてきたところよ」

「そうでしたか」


 平静を装いながら、内心ドキリとした。

 ベアトリクス様にはまだ記憶喪失の件はお伝えしていない。彼女にはお伝えしてもよさそうな気もするけれど……。


「古代竜と一緒にいた『赤い瞳の少女』は一体何者なのかしらね」

「え? 赤い瞳の少女?」

「ええ、ヘリアス卿はそう言っていたけれど、違ったかしら? 聞き間違いかもしれないわね」


 ベアトリクス様はそれほど気にした様子もなく微笑んだ。


 古代竜と一緒にいたエマと名乗る少女……彼女は常にフードを被っていたから、瞳の色まではわからなかった。

 だから、そんな情報をヘリアス様にお伝えした覚えはない。


(記憶が混乱しておられるのかしら……あとでラインさんに報告しよう)


 私が思考をめぐらせていると、ベアトリクス様は腕に抱えていた大きな火の竜のぬいぐるみをエレスチャルに近づけた。


「たくさんのぬいぐるみに囲まれているあなたも素敵ね。私の可愛いデウカリオンも仲間に入れてもらえるかしら」


 エレスチャルは先ほどのように喜んで……とはならなかった。

 なぜか怯えたように、上体をのけ反らせる。

 ベアトリクス様は「あらぁ……」と悲しそうに眉を垂れた。


「可愛いお顔に仕上げたつもりなのだけれど、怖かったかしら? 目力が強い?」

「いえ、とても可愛いぬいぐるみですよ!」

「そうよねぇ」


 エレスチャルは何に怯えているのだろう? 私はそのぬいぐるみに顔を近づけた。

 ぬいぐるみから、ふわりと甘い香りがした。


(このにおいは……豊穣の実?)


 私は試しにカゴの中の豊穣の実をひとつ手に取って、エレスチャルに近づけてみた。

 すると、エレスチャルはズルズルと身体を引きずって鉄格子から距離を取った。


「あらあら、リンゴが苦手なの?」

「普通のリンゴは食べていたので、豊穣の実が苦手なのかもしれませんね」


 たしかに、リンゴとは香りも味も少し違うから、苦手な竜もいるかもしれない。

 だけど私は「苦手」という言葉に引っかかりを覚えた。


 私はちょっと嫌そうな顔をしているエレスチャルに視線を向けた。

 前足の付け根から発生している黄色の結晶は、背中にまで範囲を広げている。他の傷から発生している結晶も、着実にエレスチャルの身体を飲みこもうとしていた。


(アウデンティア国内のどこにでも見かける豊穣の実。すぐに姿を消してしまう大型ラドロン。ラドロンのトゲ……そして結晶化)


 その瞬間、頭の中に稲妻がひらめいた。もしかして……と内からあふれる期待に、抑えきれないほどの高揚感を覚える。


「ベアトリクス様、ありがとうございます!」

「え? 何のことかしら?」

「ベアトリクス様が豊穣の実を持ってきてくださったおかげで、治療薬が完成するかもしれません!」


 私の声は興奮でうわずっていた。

 ベアトリクス様はきょとんとして、それからふわりと柔らかく微笑んだ。


「それはとても素敵なことね。エレスチャルの命が助かるということでしょう?」

「はい!」


 散らばっていた思考の欠片がひとつひとつ組み合わさっていくかのような、心地良い感覚がした。

 なぜ大型ラドロンによる甚大な被害が出ていないのか――治療薬が完成すれば、その理由も説明できる。

 

 やらなければならないことがたくさんある。

 エレスチャルを助けられる!


「本当に、あなたはすごい人ね。わずかな糸口から、解決策を見つけてしまうなんて」


 ぽつりと落とされたつぶやきに、はっと我に返った。


「も、申し訳ありません! つい我を忘れて、はしたない振る舞いをしてしまいました」

「あら、何を謝ることがあるの? 素晴らしい瞬間に立ち会えたのだから、とても嬉しいわ。諦めない人のもとへ、希望は微笑んでくれるのね」


 そう言って、ベアトリクス様はまぶしいものを見るように目を細めて微笑んだ。

 その美しさに、私はぼんやりと見惚れてしまう。

 ベアトリクス様は私の手を取った。


「私もあなたの力になりたいわ」

「ベアトリクス様……ありがとうございます!」

「うふふ。それで、あなたは豊穣の実を使って、何をしようとしているのかしら?」


 何をと問われて、少し考える。やらなければならないことはたくさんあるけれど、今私の頭の中に浮かんでいるのは――


「お風呂ですね!」

「まあぁ! 気持ち良さそうねぇ」


 のんびりと微笑むベアトリクス様の後ろで、マシーシャさんが「お風呂!? どういうこと!?」と驚きの声を上げていた。


次回更新は12/15です。

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