祝福のエレスチャル9【シセラ視点】
煮えたぎるような怒りを抱えながら廊下を歩く。
前から歩いてきたメイドが私の顔を見てぎくっと身体を震わせるので、腹が立って突き飛ばしてやった。
それでも、この怒りが消えることはない。
(どうして私が婚約破棄を言い渡されるの!? しかもエルヴィアがあのブスのフィルナに惚れてるですって? どうしてお兄様とエルヴィアが、フィルナなんかを奪い合うのよ!!)
今まで手に入らないものなんてなかった。みんな私の美貌に夢中で、すべてが思い通りになった。
少し前まではリスティーが持て囃されていたけれど、私の方がずっと美しくて賢かった。
あの女がいなくなって、やっと私が一番になったのに……。
(みんなフィルナ、フィルナばっかり! 馬鹿みたいだわ!)
部屋の扉を開けて、バンッと八つ当たりするように激しく閉める。
肩で息をしてから、顔を上げた。
少し冷静になると、今度はあせりがあふれ出す。
「このままだと、エルヴィアの家から光竜を貰えないかもしれない……」
他の家から購入するとなると、竜品評会前ということでかなりの高額になるはずだ。
いつも私に甘いお父様も、今回のペナルティの件でひどく怒っていたから、お願いを聞いてもらえないかもしれない。
竜品評会に出られないなんて、そんなの嫌!
「お兄様……」
あの時、素直に縁談を受けていれば、と後悔ばかりが心に浮かぶ。
五年前、お兄様がオリアス様を討ち取ったあの日。親殺しなんて、とても恐ろしいことだと思った。
公爵夫人になりたいと夢見た時期もあったけれど、昔とは別人のように怖い顔をしているお兄様の妻になんてなりたくなかった。
妻のことも、勢いで殺すかもしれないじゃない。
それから月日が経ち、社交場で「ヘリアスが七将の令嬢と婚約するつもりだ」という噂が流れ始めた。
ああ、きっと私に縁談が持ちかけられるんだわ。そう思うと、怖くて仕方がなかった。
「妻になれば殺されるわ! あんな怖い人は嫌です!」
そうお父様に泣きついて、急いでエルヴィアと婚約したのが一年前のこと。
だけど、それが間違いだったと気づいたのは、武芸大会の前夜祭の時だった。
中庭から城内に戻ろうとした時、前から近づいてくる気配に気づかなくて、そのままぶつかってしまった。
倒れそうになった私の肩を抱いて助けてくれたのは、正装姿のお兄様。
私を見つめる瞳はとても穏やかで、トクンと胸が高鳴った。それに、彼はとてもお美しかった。
「お、お兄様?」
恐る恐る声をかけると、彼は軽く目を見張った。きっと、私の美しさに驚かれたのだろう。
「シセラか。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です……。お兄様が支えてくださったから」
「よかった。ぶつかって悪かったな。暗いから気をつけろ」
「はい、ありがとうございます」
お兄様は片手に二つのグラスを持って、中庭の方へ足早に去っていった。
その後ろ姿から目が離せない。今すぐあの逞しい背中に抱きつきたかった。
その後、アルトリーゼ家でフィルナのお披露目会という名のパーティーが行われた。
フィルナに微笑みかけるお兄様の姿に、幼き日の優しかったお兄様の姿が重なって、その懐かしさと愛しさに胸がじんわりと熱くなった。
「昔のお兄様だわ。私を愛してくださった、私の優しいお兄様!」
その隣に立っている女がちらちらと視界に入ってきて、無性に腹が立った。
三年前、徹底的に潰してやったのに、どこまで私の邪魔をすれば気が済むのよ。
(どうしてフィルナがそこにいるの? お兄様は私のものなのに。大した能力もないし、外見だって地味なのに……!)
だから私は、社交場で「ヘリアスはシセラに求婚したことがある」と噂を流した。そうやってあの女を揺さぶり、破滅させるつもりだった。
その間にお兄様を誘惑すれば、すべて上手くいくはずだったのに、まったく思い通りにならない!
「大罪人リスティーの姉で、あのキントバージェ家の汚れた血を持つ娘なのに、あんな女のどこがいいのよ!」
「竜医師として優秀ですから」
ぽつりと横合いから聞こえた声にカチンときた。
そちらをにらむと、いつの間に部屋に入ってきたのか、そこには侍女のレキエスが立っていた。
長い茶髪に眼鏡をかけた、二十代後半くらいの女。
お父様が信頼しているから、仕方なく置いてやっている。
「竜医師だから何? 竜なんて所詮、竜笛があれば人間様に従うのよ。私は竜調教師という竜を従わせるプロだし、何より美しいわ!」
ダンッと荒々しく床を踏み鳴らす。
いけない、冷静にならないと……。はあっと深くため息をつく。
「どうすれば、あの女を排除できるのかしら……。フィルナさえいなくなれば、お兄様に近づけるのに」
「これをどうぞ」
そう言って、レキエスが片手に収まるほどの小さな黒い箱を差し出した。
「これは何?」
怪訝そうな顔をする私に、レキエスはにこやかに微笑んで言った。
「これがあれば、ヘリアス様は必ずあなたを守ってくれるはずです。そして、再び竜品評会に出場できますよ」
「本当に?」
「ええ、もちろん」
そう自信満々に断言すると、彼女は私の耳元で箱の中身について説明してくれた。
まるで、とっておきの秘密を打ち明けるかのように。
箱の中身を聞いた瞬間、思わず口元が緩んだ。
「ふふ、あはは! やっぱり、私は公爵夫人になる運命なのですね!」
私の声は興奮でうわずっていた。
これはチャンスだ。エルヴィアはフィルナを狙っているし、その隙に私はお兄様に愛してもらえばいい。
私はレキエスからその箱を受け取った。
これさえあれば、全部私の思い通りになるのだから!




