祝福のエレスチャル10
竜品評会を目前に控えて、アウデンティア公国内の迎賓館では、「第二王女歓迎祭」という名のパーティーが行われていた。
このパーティーは、竜品評会の主催者であり審査員でもあるベアトリクス様をお迎えするためのものだ。
出場者である令息や令嬢、その他の貴族や竜騎士たちも華やかな装いに身を包んでいて、会場内はひときわ賑わっていた。
ヘリアス様と私は主催地の責任者として出席している。
「見て、ヘリアス様とフィルナ様だわ! 今日も素敵ね!」
「本当に、仲睦まじくていらっしゃる」
そんなささやきが聞こえてきて、ちらりと視線を向けると、公国内の貴族たちがみな微笑ましそうに私たちを見ていた。
そんな風に見えていると思うと、何だかくすぐったい気持ちになる。
「フィルナ様が来てから良いことばかりだな。火の竜だけでなく、あの貴重な黒竜までやって来たんだ。アウデンティアは安泰だよ」
そんな称賛も聞こえてきて、ヘリアス様がどこか誇らしげに胸を張ってうなずいた。
ヘリアス様が喜んでくださるのは嬉しいけれど、過大評価のような気もする。
「私だけの力ではありませんよ」
「謙虚だな。今は素直に受け取るといい」
嬉しそうに微笑むヘリアス様に、私もつられたように小さく微笑んだ。
強力な竜が増えるということは、それほどこの国は安全だと認識されるということ。これからは、たくさんの人が移り住んでくる可能性が高い。
良いことばかり……そう思ってもらえるのは素直に嬉しいし、ここに住む人々や竜たちの暮らしを守っていきたいと思う。
「聞きました? シセラ様の話」
「ええ、ヘリアス様の怒りを買って出場停止ですって」
「まあ! ヘリアス様を怒らせるだなんて、一体何をしてしまったの?」
竜品評会のためにアウデンティア公国を訪れていた令嬢たちがささやき合う。
シセラ様は前年度の準優勝者ということで注目を集めていたし、出場停止はかなり衝撃的だったみたい。
たしかに、シセラ様のことも気になるけれど……。
(エレスチャルは本当に大丈夫なのかしら)
私は昨日のエレスチャルのことが気がかりで、今朝早くにアパテール家に「様子を見にいきたい」と連絡を入れていた。
でも、「ご心配に及びません。エレスチャルは問題なく過ごしておりますから、ご安心ください」と断られてしまった。
(エレスチャルは竜品評会に出場しないけれど、七将の竜なのだから、竜医師である私が「公国の警備上の確認」という名目で様子を見にいくのはおかしくないはず)
強引だと思われてもいい。私はエレスチャルの様子を見にいくと決めた。
その時、入口がざわついた。第二王女ベアトリクス様が到着したみたいだ。
彼女の姿が見えた瞬間、会場内の空気が一気に変化した。
緩やかなウェーブのかかった金髪が揺れる。
シャンパンゴールドを基調としたドレスと胸元を飾る大粒のルビーが、圧倒的な存在感を放っていた。
彼女がその麗しい美貌を綻ばせると、会場の熱気がさらに上がったような気がする。
ヘリアス様が進み出て、一礼した。
「ようこそお越しくださいました、ベアトリクス様。公国を代表して、心より歓迎申し上げます」
「あらぁ! こちらこそ、お招きいただきありがとうございます、ヘリアス卿。本日のパーティーも竜品評会も、とても楽しみにしております」
柔らかな微笑みには、王族としての気品と威厳に満ちていた。
女神と称されるのも納得の美しさと包容力に、こちらも自然と笑顔があふれてしまう。
「フィルナ先生もお元気そうでよかった。お会いできて嬉しいわ」
「こちらこそ、ベアトリクス様に再びお会いできて嬉しいです」
「ふふ、ありがとう。本当はヘイゼルもあなたに会いたがっていたのだけど、あの一件以来大人気になってしまって、今も大忙しなのよ。絶対に会いに行くって言っていたわ」
「ヘイゼル様がそのように……」
「私は人気がない、応援なんて一時的なもの」と言っていたあのヘイゼル様が、今は大活躍されている。国中が彼女を必要としている。
きっと今も、あの鮮やかな緑色のリボンで髪を結い、あちこち飛び回っているのだろう。
そのご活躍を、この目で見てみたい。
「私もヘイゼル様に会いたいです」
「ふふ、きっと喜ぶわ」
妹の活躍を語るベアトリクス様も、とても幸せそうだ。
「そうだ。フィルナ先生、私ともお友達になってくれませんか?」
突然の申し出に驚いてしまう。こんな素敵な人ともお友達になれるなんて、過去の私が聞けば嬉しくて倒れてしまいそう。
「も、もちろんです! 私でよろしければ、ぜひ」
「まあぁ、嬉しい! また私のデウカリオンとも遊んであげてね」
「もちろんです!」
「あら、生き生きして、さすが竜医師だわ」
「し、失礼いたしました!」
失礼なことをしてしまったわ! と、顔から血の気が引いた。
「あらあら、意地悪しちゃったかしら? 大丈夫よ、私の時もとても喜んでくれたことは伝わってきたわ。ねえ、ヘリアス卿」
「ええ。嬉しそうに頬を赤らめていました」
おふたりが私を見て微笑ましそうに目を細めるので、余計に居た堪れなくなる。
さらには、周囲で見守っていた人々の優しい眼差しに気づいて、自然と視線が下がっていく。
とにかく恥ずかしかった。
(そ、それより……ヘリアス様は問題なさそうね)
ヘリアス様には、インヴィディア城内で起きた出来事をあらかじめ説明していたので、ベアトリクス様との会話も特に問題なさそうだ。
その時、ラインさんが近づいてきてヘリアス様に耳打ちした。
ヘリアス様の目が鋭さを増す。
「ベアトリクス様。まだまだお話は尽きませんが、至急お伝えせねばならないことがございます」
「何でしょうか」
何かを察したように、ベアトリクス様も真剣な顔になる。
「アパテール管理区にて、魔物の襲撃が発生しました。人命救助のため、失礼ながら一旦退席させていただきます」
このパーティーの責任者であるヘリアス様が抜け出してまで出撃するということは、つまり――
(大型ラドロンが現れたということ!)
「私も行きます」と言いかけて、はっと我に返る。
責任者がどちらも抜け出して、ベアトリクス様をひとりにするなんてできない。
そう考えたところで、ベアトリクス様が口を開いた。
「フィルナ先生も同行してください。ここは私に任せて」
ベアトリクス様は、落ち着いた微笑みを浮かべながらうなずいた。
彼女にも大型ラドロンの情報は共有していたので、そちらの討伐を優先してほしいという強い意思を感じた。
「感謝いたします、ベアトリクス様」
「いいのよ、これくらい。気をつけてくださいね」
「はい!」
私たちは会場を後にして、急いでアパテール管理区へ向かった。
大型ラドロンの出現場所は、竜の訓練所にも使用されている平原だ。
しばらく飛行していると、前方に緑の野が見えてきた。
その平原で突如、光が爆ぜた。
あまりのまぶしさに、反射的に目を閉じる。
幸い、まぶしく感じたのは一瞬で、エアルも視力に問題はなさそうだ。
「今のは光竜の光属性攻撃です!」
「では、あそこで光竜が戦っているのか?」
ヘリアス様が険しい顔をした。
光竜は基本的に戦闘訓練を行わない。それに、アパテール管理区にいる光竜はエレスチャルだけだ。
つまり、あそこにシセラ様とエレスチャルがいる。
(どうか……どうか無事でいて!)




