怪しい宝石商
宝石店にはアルトについて来てもらう事にした。
市外での尾行を察知する技術や、撒く方法を習いつつ。
事情は知っているので、改めて話したら、面白いからと引き受けてくれた。
何も面白くはない。
厄介でしかないけれど、興味を惹けたのなら逆に良かったのかもしれない。
王子は訓練場で素振りである。
「ようこそ、お越しくださいました」
店に入ると、店主が華々しい笑顔を向ける。
胡散臭い!
思わずジト目を向けてしまった。
一瞬驚いたような顔をしてから、何故か店主は柔らかく微笑んだ。
え?
今の態度で何で嬉しそうなの?
変態か?
「では奥の部屋にどうぞ」
「はい。失礼します」
この前と同じだが、部屋の前に荒くれ者達はいない。
通された部屋のソファに、私とアルトは腰を下ろした。
「そちらの方は護衛ですか?」
「はい。私一人じゃ心許なかったので。だってお二人ともお強いでしょう?外に立ってた人達よりもずっと」
まあ、何となく、勘だけど。
店主はニッコリと作り物の笑みを浮かべる。
わあ、貴族っぽい。
「改めて、店主のネストリと申します。あちらは私の異母弟で執事として勤めておりますマティアス」
紹介されたマティアスがスッと頭を下げる。
貴族の教育を受けていそうな所作だ。
しかも、その情報いる?
ある程度情報晒すよって前振りだろうか。
「本日お越し頂いたのは、先日の、やんごとなき御方についてお聞きしたく」
「大体見当はついてそうな感じですけど」
こういう回りくどい話は好きじゃないんだよなぁ。
ネストリは相変わらずニコニコしている。
「ええ。答えあわせをして下さるなら、その度に金貨を一枚、で如何でしょうか?」
隣のアルトがぴくりと僅かに反応した。
だって規格外の申し出だよねぇ。
「要りません。必要な情報なら答えますよ、悪用しないのであれば。それに、貴方達がやんごとなき御方だと思っているのなら、それなりの人間が周囲に居る事もお忘れなく」
これはハッタリである。
そんな事知らん。
ただ、王子に王族専用の護衛がついている可能性はある。
私が察知できていないか、元からいないか、分からんけども。
「売る気はない、という事でしょうか?」
「売って欲しいという話だったのなら、そうですね。お断りです。私は友達を売ったりはしません」
直接売って欲しいとは言われてないけど、確認するように言うと、ネストリは愉快そうに口を歪める。
何だろ、この人。
やっぱり変態かな?
「友達、友達ですか……ふむ、面白いですな」
こっちは何も面白くねぇわ。
憮然とした表情を隠さない私に、何故か執事のマティアスもにこにこしている。
この兄弟何かヤバい人達かな?
「何か勝手に愉しまれて迷惑なんですけど。冒険者として活動して、優先的に宝石類はこちらに持ち込もうかなと思ってたけど、変なちょっかいかけてくるなら考え直しますね」
「いやいや、結論を急がないで下さい。別にとって食おうという話ではないのですよ。……ただ、先日の指輪の件ですが」
そう言われて私の心臓が跳ね上がる。
ぎくりとした。
さ、…詐欺じゃないよ!!!
「もし彼の話してくれた内容が本当なら、私の査定が間違っていた事になる。それは信用問題に関わるので慎重になっているのですよ」
「ああ……ええと、月の精霊と人間の間に生まれた娘が流した涙がどうこう…って言ってましたね」
見事にうろ覚え。
だって、紅茶飲んでたんだもん。
「ええ。その話の宝石だとしたら、白金貨20枚は下りません」
な、な、何ぃぃいいぃぃ!
100倍じゃないかぁぁ!?
「そ、……えぇ?」
思わず困惑のあまり情けない問いかけの言葉しか出なかった。
だから、身許を特定したかったってこと?
ううん、でも、売れたら差額くれればいいよ。
「別に騙されたなんて吹聴する気はないですよ。だってお互い合意の上の金額ですし。信用問題として瑕疵を作りたくないなら、鑑定するか、売れた後で査定額を改めて検討して貰えればいいんじゃないですか?」
「そう言って頂けるなら助かります。それに、今後も贔屓にして頂きたいのも本音です。冒険者の方と繋がりを持ちたくてこの街で店を構えておりますのでね」
そりゃそうか。
私は納得して、頷いた。
今のところ、話を総合するに誠実な対応をされている。
「そうですか。じゃあ優先的に宝石関連はこちらにお持ちしますよ」
「ああ、それは有難い。では、これをお近づきの印に、貴女に贈らせてください」
彼が手を上げれば、マティアスがベルベットの台座を持ってくる。
その上には、銀色のリングに紫の宝石が嵌った指輪が載っていた。
「これは大した物ではないのですが、命中精度を上げる魔法を付与してあります。貴女の指を飾らせて頂きたい」
そう言うと、スッと私の傍まで来て跪いた。
左手を取ると、小指に指輪を通す。
すると驚いた事に指輪はしゅるっと縮んで小指にぴったりと吸い付くサイズになった。
ついでに慣れた様に、ネストリは指に口づける。
「ひゃ……!」
「ああ、すいません。つい」
びっくりして手を引っ込めると、悪気の無い笑顔でネストリはそう言った。
胡散くさ!
「じゃあ、用はもう終わったという事で構いませんか?」
私は左手を庇うように右手で覆って胸に押し付けながら聞くと、ふふっとネストリは笑った。
「ええ、またお会い出来る日を楽しみにしております」
えー…。
何か会いたくないなぁ。
気障というほどでもないけど、女性慣れしてる胡散臭い感じ、何だか苦手。
「帰るぞ」
短くアルトに告げられて、私は我に返って頷いた。
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