覚悟が足りなかったのは
「医者を呼ぶのか?神官か?」
この世界には医療と魔法の両方がある。
光の回復魔法を使う人々は、神に仕える神官になる人が多い。
だが、その魔法自体は信仰とは別の所にある。
「私が魔法で癒します。アルトさんはもう私が魔法使えるの知ってるし、秘匿してるのも知ってるでしょう?」
「だが、回復まで出来るとは知らなかったぞ」
「強引に誘ったり、広めたりしない人だって信頼は、あるので」
微笑みかけるとばつが悪そうに、アルトは目を逸らした。
王子を長椅子に下ろすと、アルトは先に訓練場へと向かう。
回復
しばらくすると、う……と呻いて王子が目を開ける。
「ミア………」
「ぼろ負けしましたね。辛かったらお城に帰っていいんですよ」
優しく言うと、王子は眉を顰めた。
どこか痛むのか、顔を顰めながらも起き上がる。
「いや、帰らない。スライムにさえ勝てないのだから、人間にはまだまだ遠いな。だが、諦めたらそこで終わりだ。君を守る事が出来なくなる」
何だろうこの人は。
馬鹿じゃないの?
思い出もないって、分かってるじゃない。
名前すら知らなかったんだから。
「ミア、何故君が泣く……?」
戸惑った様に言われて、私は初めて、自分が涙を流してる事に気づいた。
「……馬鹿みたい。そんな、ぼろぼろになって、……もう、私、何も、貴方の事覚えてなんてないし、それなのに傷ついて、守るとか……迷惑……」
嬉しくなんて、ないんだよ。
こんなの、嬉しいって思う女がいたとしたら、自分大好きお花畑だよ。
だって、小さな子犬が傷ついても立ち上がって、誰かに立ち向かってたらさ、嬉しいなんて思える?
かわいそうだ。
でも、守る事だってできない。
そんな事して甘やかしたら、現実すら見えなくなってしまう。
だけど、傷つく姿を見せられたら、こっちまで痛くなる。
だから目の前からいなくなってほしい。
早く安全な場所に逃げ帰れ。
「優しいなミアは……記憶が無くても、君は優しい」
「は?…意味わかんな……」
馬鹿みたい、馬鹿みたいと思ってるのに、私の目からは涙が溢れる。
これじゃ、私の方が馬鹿みたいだ。
「優しくなければ、泣いたりなどしない、だろう。私が弱いせいで、君を悲しませている。自分が不甲斐ない。だが、諦めたくないんだ、ミア。必ず、強くなるから、待っていてくれ。私が傷ついても泣かなくていいから、傍で見ていて欲しい」
ああ、嫌だなあ。
自分が傷つくのは構わないけど……いや、嫌ではあるけれど。
自分の為に誰かが傷つくのって、こんなに悲しいのか。
王子の事、甘く見てた。
辛かったり痛かったり、惨めになれば逃げ帰ると思ってたんだ、私。
覚悟が足りてなかったのは私の方か。
「いいですよ。その代わり厳しくいきますからね、私」
「いいぞ。次はあの男に足二本使わせてやる」
「いや、それじゃ立てないじゃないですか」
あまりに馬鹿な事を言われて思わず私は笑ってしまった。
王子のきょとん、とした顔も可笑しい。
「そうか、じゃあ手を使わせればいいか……武器が無くても戦えるのは、分かった。強くなろう」
「はぁあ、もう。気が抜けるなぁ。私も黙って守られてる気はないので、もう訓練は邪魔しないで下さい。次はアルクが辛い思いする番ですよ。私が痛めつけられるところ見ればいい」
「そっ、それは……」
「泣けばいいんです!」
私は立ち上がって、訓練所に行く。
そうだ、私は、私も強くなるんだから。
この世界で生きていくって決めたんだから。
ほんと、私を泣かせた罪は大きい。
絶対許さない。
私はその怒りを昇華するべく、アルトへと挑んだ。
別に怒りに任せてではない。
きちんと冷静さを失わず、今までの戦い方や剣の振り方を考慮して、蹴りや突きに対処しながら戦うのだ。
今度は王子もきちんと、素振りをしながら見守っている。
最初は仏頂面だったアルトも、戦っている内に好戦的な笑顔を見せてきた。
いつもそうだけど、この人は戦うのが好きなのだ。
しかも、さっきみたいな一方的な暴力じゃなくて、実力が拮抗している方が楽しいんだろう。
私はまだまだだけど、鋭い攻撃が決まった時に、ニヤリとするの。
避けられてイラッとするけど、それに気づいてから、私も何だか少し楽しくなってきたのだ。
一朝一夕には強くなれない。
だから、私達は磨き続けるしかないのだ。
沢山泣いちゃった
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