表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/200

第八射目

※後書きに用語説明を追加しました。

 精神的持久戦をすると決めて、既に体感だと一時間は経っている筈だ。実際には分からないけど。

 群れは相変わらず木の周りを囲んでいる。


「そういえば、姿は一度も見られてないけど、もしかして気付いてなかったりする?」


 淡い期待を胸にそっと顔を出すと、風切り音と共に顔の真横を何かが飛んでいった。

 慌てて顔を引っ込める。

 心臓が飛び出そうになったが視覚強化のおかげか、何が飛んできたか分かった。


「あれは初級風魔法《風刃(エアカッター)》だよね?魔獣が魔法使えるなんて本に書いていなかったと思うけど……うわっ!?」


 一度顔を見せたせいか、漠然とこの辺りにいるだろうと探していたのが居場所を特定してからは僕の居る枝に向けて《風刃(エアカッター)》が絶え間なく放たれ、枝が揺れる。


「完全にやらかしたなぁ……。でもこのままだと枝が切れ落とされるかもしれないし、もっと上に登ろうにも縄を切られたり、僕に直接当たったら元も子もない」


 古代樹がそう簡単に折られることはないにしても、揺れる程の威力だとしたらその可能性は充分ある。

 そうなれば下に落ちて地面に叩きつけられて死んでしまうだろう。

 なんとか生きていても満身創痍。どのみち狼に食べられしまう。

 で、あれば取れる選択肢はほぼ無い。


「一瞬だけ顔を出して矢を当てるしかない。か…………」


 しかしそれが可能なのか?

 屋敷にいた頃訓練していたとはいえ、所詮は動かない的だったし、しっかり狙いを付ける暇はない。

 匂いで相手の位置は分かるものの、そこに上手く矢を放てるかほ別の話。


「こいつのせいでって思ったけど、《弓使い》に縋るしかないか」




 何度も、何度も、深呼吸をして気持ちを、震える身体を落ち着ける。

 

 森の中。

 たった独り。

 今まで受けたこと無い明確な殺意。

 

 何もかも初めてのこの状況。

 いや、殺意を向けられるのは初めてじゃない。


「まさか、初めてが自分の父親からだとは夢にも思わなかったけど」


 今でも脳裏に焼き付いている父上の顔。

 あの眼に比べれば、怖くない。大丈夫だ。

 自然と身体の震えが止まり、気持ちが落ち着いてきた。


 ふと昔、ウィルに言われた言葉を思い出す。


『弓を扱う者は、何時如何なる時も冷静に。呼吸を落ち着かせ、心を落ち着かせ、まるで海の深い深い所へと沈んでいるように冷静に。そしてただ目の前の的にだけ意識を向けて。そうすれば、坊ちゃまの矢は百発百中ですよ』


 心より信頼出来る人に言われた言葉。

 それに従い、更に呼吸と心を沈め、精神を集中する。

 五感の超強化によって研ぎ澄まされた感覚が更に鋭くなる。

 

 空を見れば見えない筈の星が見える。

 色んな雑音が消え、狼達の呼吸と心臓の音だけだが聞こえる。

 一息呼吸をすれば、何処にどの向きで居るかを嗅ぎ分けられる。

 すぐ撃てる様に弓を引けば、弓が「ここまで引け!」と手袋越しに伝わる。


 あと必要なのは勇気だけ。

 



『坊ちゃまの矢は百発百中ですよ』




 もう一度ウィルの言葉を反芻する。

 そして意を決して、弓を限界まで引き絞る。


「ふっ……!」


 狼達の呼吸と合わせて一瞬だけ顔を出して矢を放つこと。

 当たるのを見届ることはせずにまた、枝に隠した。


「ギャウンッッ!!」


 すぐに血の匂いが届き、心臓の鼓動が一頭分聞こえなくなる。

 



 成功だ!




 心の中で拳を握りしめた直後に不穏な音が響く。


 メキメキメキッ


 枝が傾いたと感じた頃にはもう遅く、身体が空中に投げ出される。

 下の狼だけに集中していたせいで気付けななったが、思った以上に足場は限界だったらしい。




 何とか狼の攻撃は当たらなかったものの、地面に叩きつけられ、背中に鈍い衝撃が走ると同時に胃から鉄の味が迫り上がる。

 五・六メリルの高さはあったと思われるから場所からそのまま落ちた。

 その衝撃で身体が動かない。


「グゥルルルルルル」

「ガルルルルルッ」


 仲間をやられたせいか、狼達の呼吸は荒い。

 だが、すぐには襲われずに少し離れた所から様子を見ている。

 「手を出さずとも、こいつはもうじき死ぬ」、「わざわざ危険を侵すことはないです」そう思っているのだろう、僕の周りを囲みながら様子を見ている。

 弓は落ちた時には何処かに行ってしまった。この分だと矢筒の中身も全部折れているだろう。

 これで万事休すか……。

 一頭狩れただけでも大金星だ。

 もう指一本動かない、これで終わり。


「短い、人生だったなぁ…………」

 

 何とか声を出したものの、それを聞いたせいかなのかいきり立った一頭が僕に向かってくる。

 こんな時なのに視覚強化が発動しているせいなのか死ぬ前の集中力なのか、やけに遅く感じる。

 狼が飛び掛かろうと地面を蹴った。

 なるべく痛くない様に終わらせてと願い、目を閉じる。

 だがいつまでも痛みは訪れず、ドサリと何かが落ちる音と生暖かい何かが身体にかかっただけ。

 恐る恐る目を開けるとそこには老人が立っていた。


「こんな所に子どもがいて、しかも犬に襲われているとは……。小僧、まだ生きてるか?」


 返事をしようにも、さっき絞り出したのを最後に声が出ない。

 魚のようにパクパクと口を動かしているとチラリとこちらを見た。


「生きているみたいだな。ちょっと待っていろ、すぐ終わらせる」


 老人が余所見をして好機とみたのか、一斉に狼達が飛び掛かる。


「おい、犬っころ。あまり人間を舐めるなよ?」


 何をしたのか、一切見えなかった。

 だが、いつの間にか老人の手には細身の剣があり、周りには狼だったであろう残骸が散らばっていた。


「お前がこいつらの頭か。さぁ、どうする?こっちは手を出されなければ無益な殺生はするつもりはないぞ」


 残った剣大狼(ソードライガー)を見ながらそう言い放つ。

 唸り声を上げ、今にも飛びかからんとしていた剣大狼と見つめ合っていたが、先に折れたのは向こうだった。

 敵わないと野生の勘が働いたのか、踵を返して森に消えていく。

 それを見送ると老人はこちらを振り返り、

「よく頑張ったな、小僧。何があったかは知らないが、とりあえず手当をしてやる。動けるか?」


 立ち上がらうとしてみたが相変わらず身体は動かない、僕は素直に首を横に振る。


「そうか、じゃあおぶって運んでやろう。多少痛むだろうが、男なら気合で我慢しろ」


 


 そういって老人は僕を無理矢理起こして、背中に背負い、歩き始めた。

 起こされる時も痛かったが、歩く振動が伝わってきて全身が痛む。

 痛みに耐えきれず、老人の身体を叩くが「痛いって事は生きてるって事だ。良かったな、小僧」と言ってガハハッと笑うだけだった。

【補足説明】


この世界の長さの単位は

1cm=1リル

1m=1メリル

1km=1キリル

となり、それぞれ、

100リル=1メリル

1000メリル=1キリル

となる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ