62.昔のセラ
更新これからも遅れてしまうかもしれませんm(_ _)m
放課後。
生徒たちが帰り始めた頃、セラはレオンに連れられて学園の中庭へ向かっていた。
夕暮れの光が石畳を赤く染めている。
人の姿はほとんどない。
「ここでいいよ」
レオンが足を止めた。
「はい」
セラも向かい合う。
わざわざ二人きりになる場所を選んだということは、何か重要な何かがあるのだろう。
そう思っていると、レオンが口を開いた。
「セラ嬢は……婚約のこと、どう思ってる?」
「婚約……ですか?」
「ああ。ノアとの婚約について」
あまりにストレートな質問に、セラは少しだけ目を瞬かせる。
「まだ正式には決まっていませんよね」
「そうだね」
「王家や教会でも、まだ話し合っていると聞いています」
「うん。」
レオンは頷いた。
「だから、私がプライベートに君自身の意思を聞いておきたかった」
「私自身……」
セラは少し考えた。
(プライベートにってことは正式な場では私が本心を語れないと思っているからかな。なら、私も本心で……)
「私は……続けたいと思っています」
「どうして?」
「ノアさんと一緒にいると、安心するからです」
ノアにも伝えた素直な答えだった。
「それに……私のことをちゃんと見てくれます」
「ちゃんと?」
「はい」
セラは小さく笑った。
「私が何を考えているのか、何をしたいのか。ちゃんと聞いてくれるんです」
「……そう」
レオンの返事は短かった。
「もし、婚約がなくなったら?」
「……」
セラは少し考える。
「寂しいと思います」
「それは、ノアが好きだから?」
「好き……」
その言葉に、セラは困ったように眉を下げた。
「……それが恋愛的な意味なのかは、まだ分かりません」
「では、どういう意味?」
「大切な人、という意味なら……そうだと思います」
「大切な人」
「はい」
レオンはしばらく黙っていた。
そして、ふと視線を逸らす。
「君は昔も、婚約には随分とこだわっていたよね」
「……昔?」
「ああ」
セラの眉が僅かに動く。
「特に私との婚約に」
「……」
その言葉を聞いた瞬間。胸の奥に、古い記憶が引っかかった。
小さな自分。父親に何度も婚約の話をせがんでいた。
王太子妃にならなければ。王太子と婚約しなければ。
そんな焦燥感だけが、妙に鮮明に残っている。
けれど――。
「……そうでしたね」
セラは静かに答えた。
「昔の私は、王太子との婚約にこだわっていました」
「なぜ?」
「……分かりません」
レオンがセラを見る。
「分からない?」
「はい」
セラは視線を少し逸らした。
「レオン殿下。なぜ今この質問を?」
レオンは、セラがプライベートな場でわざわざ敬称をつけた理由を悟り、にこやかに微笑んだ。
「まあ、私が知っている昔の君だったら、今回の王家からの婚約を受けないのが不思議だったからね。」
「……。」
(ああ、レオンは敵なんだ。)
わかっていたことだ。レオンは王家の者なんだから。
ーーでも、もしかしたらと思っていたのに。
しばしばの静寂の後、レオンは静かに尋ねた。
「つまり、今はノアとの婚約を望むんだね」
「はい」
「昔とは違う理由で?」
セラの指先が、ほんのわずかに強張った。
けれど、すぐに何事もなかったかのように表情を整え、やがて観念したように答えた。
「……そうだと思います。ノアさんがいると安心するから」
「……」
「それだけです」
レオンは何も答えなかった。
ただ、セラをじっと見つめている。
その視線に、セラは少しだけ居心地の悪さを覚えた。
「……レオンさん?」
「いや」
レオンはゆっくりと首を振る。
「君は、本当に変わったんだね」
「そうでしょうか」
「昔の君なら、そんなことは言わなかった」
「……昔の私のことは、あまり覚えていないので」
(実際に六から七十年前くらいだし。)
セラは苦笑した。
「今の私には、今の私の方が大切ですから」
レオンの表情が、ほんの一瞬だけ止まった。
けれど、それも一瞬だった。
「そう」
それだけ言うと、レオンは踵を返す。
「今日はもう帰ろう」
「はい」
セラもその後を追った。
歩きながら、セラは先ほどの会話を思い返す。
婚約のこと。
昔の自分のこと。
どちらも、今となっては遠い話だ。
ただ――。
胸の奥に残っている、名前のない痛みだけが。
どうしても、消えてくれなかった。
ちょっと小話
実はレオンは国王を脅す材料(それで一度はノアとセラの婚約の見方をした)を持っているが、それは下手したら自分も怪我する諸刃の剣なのだそうです!




