〜 終 幕 〜
うっすらと朝靄がかかっているサイレアの町。
早朝にもかかわらず、テルミト亭界隈にはいったいどこから集まってきたのかと思える数の人々が集まっていた。
それはひとえにユイリスのことがあったからである。
彼女がファルアリア王国の隣国フレアミスを今の連合評議国へと生まれ変わらせた『救国の聖女』であることはまたたく間にサイレア中に知れ渡り、昨日からひっきりなしに人々が押し寄せていたのだ。
国を救うという奇跡を起こした聖女の姿をその目に焼きつけ、あわよくば加護にあやかりたい者たちがほとんどで、その人の波は絶えることはなかった。
おかげでテルミト亭はまともに営業できなくなったが、店主たるロイドが負傷して満足に動けないのでどのみち店は閉めざるを得なかった。
「それにしても凄い人だなあ。こんな時間から何考えてるんだろう」
店に誰も入れないようにするため、昨日から交代で店の玄関を見張り、さらに今は店前に無理やり確保した空間を再び占拠されないよう見張っていたレイルは、何度目かの感嘆の声を漏らした。
「あら、フレアミス戦争後に行われた建国式典では隊長見たさにフレアミス中の人が集まったかと思うぐらいだったんですよ」
異論を挟んだのは、彼の隣で2頭の馬の手綱を持ち、主を待つ人物だった。
ステラと名乗った、まだどこかあどけなさの残る二十歳前ぐらいの女性で、ユイリスと同じ亜麻色の髪を背中に流している。髪の色の他にも藍色の瞳や背格好自体がユイリスに似ていたが、面立ちはさすがに似ておらず、ユイリスほど目を見張る美人ではなかったが可愛らしい容貌は至極魅力的ではあった。
一見、少し品のよい年頃の娘に見える彼女だが、身近な例のユイリスがそうであったように彼女もまたただ者ではなかった。ステラもまた、ユイリス同様な戦闘服に身を包み、その袖ではあの紋章――ハーキュリー隊隊章が存在感を放っていたのだから。
無用な暴力を振るいレイルたちに怪我を負わせたことと町中で騒乱を起こした罪でグェイン一党全員がサイレアの自衛団に捕縛された後の昨晩、彼女はサイレアにやってきた。ウルゼック同様ユイリスを探して、ではあったが、ウルゼックが彼女を求めたのとは異なる理由で。
多くは語らなかったが、ステラはほんの1月前まではハーキュリー隊解隊後もユイリスと行動を共にしていたそうだ。
その後、ステラはもう1人の仲間と別行動を取り、ファルアリア王国と神聖ラミニュラン帝国との国境近辺で調査活動を行っていたのだが、合流予定の時期になってもユイリスが現れないために国境に仲間を残し、1人彼女を探索に出た結果ようやくサイレアで彼女を見つけたということだった。
ステラはユイリスの下で先のフレアミス戦争を駆け抜けた元従騎士で、弓の専門家だと言う。だからユイリスのことを隊長と呼んでいるのだろうが、血で血を洗う戦乱を潜り抜けてきたようには見えない面立ちは意外ではあるものの、ユイリスというあまりにも意外すぎる先例があるのでそれほど驚くまでもない。
もう少し時間さえあればステラのことも色々聞けたのだろうが、いかせんその余裕はなかった。
なぜならば、この朝、ステラはユイリスとともにサイレアを旅立つからである。
レイルが直感的に感じたこと――ユイリスとの別れは、やはり現実のものとなったのだ。
そしてその現実は、いよいよもって彼の身に迫りつつあった。
眠い目を擦っていた群集からにわかに歓声が上がる。
一瞬目を丸くしたものの、彼らがなぜそう反応したのか気づき、レイルはテルミト亭の玄関口へと振り返った。
ウルゼック、ロイド、ミランを従え、店内から姿を現したのは皆が待ちかねた人物、ユイリス=レンフィアだった。
彼女の姿を見た人々は、歓声から感嘆の声へと変容させる。ユイリスは完全にかつての姿を取り戻していたのだから。
昨日まとっていた戦闘服の上に、金色の縁取りがなされ鞘同様の白磁器のような光沢を放つ白亜の軽板金鎧を装備し、左腰には聖剣エル、そして右腰にも白鞘の小剣を下げている。
また、左手には丁度背中一杯が隠れるぐらいの大きさの、軽板金鎧同様の意匠が施された長方盾を持っていた。軽板金鎧の胸の辺りと、盾の表面には金色の十字章が燦然と輝きを放っている。
あれが、昨晩ウルゼックが教えてくれたユイリスの聖なる装備の全て。フレアミス大戦後、彼女が故郷の大地に封じてきた武具をこれからのためにとウルゼックが運んできた、かつての彼女を支えた伝説の武装だった。
聖鎧ルクトテクター、聖小剣アリエル、聖盾ファーマランツ。嘘か誠か天の国の金属でできているというそれらは、圧倒的な存在感を放っていた。
聖剣エルの凄まじいまでの破壊力を見せつけられた今となっては、彼女の聖なる装備全てが唯一無二の存在であることは容易に窺える。
全ての装備を身につけた彼女を目にするのはレイルも初めてのため、彼も目を見開いて見入ってしまう。
勇壮なる姿のユイリスは、レイルの両親と別れの挨拶を交わし始めていた。
「それではロイドさん、ミランさん。短い間でしたが本当にお世話になりました。このご恩は一生忘れません」
言って頭を下げるユイリス。するとロイドとミランは頭を振って応えた。
「よしてくれよ、ユイリス。俺たちはお前さんに命を救ってもらったんだぜ? 恩人どころか天下の聖女様に頭下げさせるなんざ末代までの恥になっちまうよ」
「そうよ。貴女がいなかったらどんなことになっていたか。みなを助けてくれて本当にありがとう」
今度はロイドとミランが頭を下げる番だった。ユイリスは慌てた様子で、
「止めてくださよ、お2人とも。私は当然のことをしたまでです」
と2人を制止していたが、彼女はすぐに何かひらめいたようで表情を一変させる。
「わかりました。なら、それではお互い様、貸し借りなしということでいかがですか?」
茶目っ気たっぷりに微笑むユイリスに、ロイドとミランは目を丸くして顔を見合わせ、一本取られたという風に破顔していた。
レイルの両親との別れを済ませた彼女は、続けてウルゼックと対面した。
「ウルも色々ありがとう。本当に助かった」
「困った時はなんとやらだ、気にするな。それに、不出来な妹弟子を持つ身としては、しっかり面倒を見んと亡き戦師に申し訳が立たんからな」
相変わらずの辛口ぶりだが、ウルゼックの表情はとても穏やかだった。ユイリスも彼の表面的な言い回しなどまったく気にしていない様子で、名残惜しそうな雰囲気を湛えていた。
「また、いつかどこかで」
「ああ。また、いつか」
最後に短く言葉を交わした2人。それ以上語らずともわかり合っている様が窺える。レイルは、そんな2人が羨ましく思えた。
世話になった人々との別れを済ませたユイリスは、最後に残った1人へと空色の瞳を向けた。
いつの間にかに彼女に見つめられていたレイルは我に返って驚くが、彼女は黙ってこちらへ双眸を向けているだけだ。
と、何かを思いついたのか、その身なりにそぐわないほどの愛らしい微笑みを浮かべると、早足で自らの馬の元へと向かうユイリス。
聖盾を馬の側面に括りつけると勢いよく身を翻らせて馬上の人となる。
レイルを見下ろし、彼女は言った。
「途中まで見送ってくれるわよね?」
悪戯っぽく笑みを浮かべた彼女の、なんとも『らしい』発言に一拍目をしばたたかせたものの、彼はすぐに破顔した。
「見送るよ。そうしないと、ユイリスが寂しくて泣いちゃうから」
茶目っ気には軽口で応える。そういう、これまで通りの態度で応えたレイル。
昨日、グェインたちを叩きのめした後のユイリスに、彼は一時妙にかしこまった態度をとってしまった。それに対し、ユイリスは一瞬寂しそうな表情を見せた。
その場はわからなかったレイルだが、その晩に省みて気づいたのだ。なぜユイリスが微細な変化を見せたのか、を。
これまで自然に接していた自分が急に英雄や偉人に相対したような態度を取ったからこそ、彼女は寂しそうな表情を見せた――そのことに気づいたからこそ、慌てていたからというのもあるが自らが取ってしまった反応を改めたのである。
もし自分が同じように急によそよそしい態度を取られたらやはり寂しいに違いない。
だから彼は、師匠がフレアミスの聖女だとしても、ユイリスはユイリスと割り切ることで普通に接する態度を取り戻したのだった。
鋭いユイリスのことだ。そのことに気づいてくれたのだろう。彼女はとても嬉しそうな大輪の笑顔を咲かせ、
「失礼ね。でも、今日はレイルを立ててそういうことにしておいてあげる」
と、うそぶいていた。
その温かいやりとりがたまらなく嬉しい。やはり彼女は、聖女であろうが剣聖であろうが、ユイリス=レンフィアそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
レイルは、噴出しながらも笑顔で頷くと、彼女の後ろへと飛び乗った。
「それではみなさん、どうぞお元気で」
軽く会釈をして挨拶をすると、ユイリスは馬を前へと進ませた。
「お前さんも達者でな」
「またサイレアに来るんだよ」
レイルの両親の手向けの言葉とウルゼックの無言の見送りを背に受けつつ、同じく騎乗し続くステラを従え、ユイリスは歓声を上げる群衆の間を抜けて馬を走らせる。
レイルは、後ほんの少しだけユイリスと時間を共有できる嬉しさに喜びつつ、彼女の小さくも大きい背中を見て、あらためて自身の師匠が稀代の英雄であることを感じるのだった。
サイレアの町中を抜け、たどり着いたのはギョーム河岸。
厳しい修練を毎日重ねた場所であり、なによりレイルが初めてユイリスと見えた、あの河原だった。
馬上から降りると、同じく下馬したステラがユイリスの馬の手綱も引き、気を利かせて少し離れた所にある木立の下へと離れて行った。
「あれからもう何か月も経った気がするけど、まだほんの半月位しか経ってないのよね。時の流れって、本当に早いわ」
修練で何度も転げ回った河べりに並んでゆったりと腰を下ろし、雄大なギョーム河の水面を並んで見つめていると、ユイリスがしみじみと感じ入るような口調で言った。
確かにその通りだ。何か月どころか、もう何年もユイリスと過ごしてきたかのような思いにとらわれることがある。それはこの半月、本当に毎日密度が濃く、充実していたことの証でもあった。
それも、今日で終わる。急に寂しさが込み上げてくるがなんとか押し留めると、ユイリスがその美しい双眸を真っ直ぐと向けてきた。真剣な眼差しだった。
「ねえ、レイル。貴方はこれからどうするの? 騎士になりたいって言っていたのは、そもそもグェインを倒すことが目的だったのよね。そのグェインはもう倒してしまったし、目的を達成してしまったからには、もう騎士を目指す必要はなくなってしまったでしょう?」
彼女の指摘は的を得ていた。
確かに騎士になりたい――すなわち、力が欲しかったというのはグェインを倒しミスリィを守るための方便だった。
力を得て、グェインを完膚なきまでに倒し、ミスリィへの脅威も取り除いた今、騎士を目指すという方便は形骸化している。
ではいったいこれからどうするのか。その彼女の問いかけに、既にレイルは明確な答えを自ら導き出していた。
「俺は、ユイリスのような剣士を目指したい」
ユイリスから視線を外し、再びギョーム大河を見やりながら続ける。
「思ったんだ。グェインに1対1では勝てたけど、あいつが仲間を引き連れてやってきたら結局ミスリィを守ることができなかった。でも、修練を重ねて強くなってたら、そんなことは防げるだろし、なによりもっと沢山の困っている人や酷い目に合っている人を助けられるんじゃないかって」
話の間を取るために一息置き、レイルは言った。
「ユイリスみたいに、自分たちのことだけじゃなく、多くの人たちのことを考えて、多くの人を救いたい――俺に、その力があるなら」
それはこれまでの自分とこれからの自分の行く末を真剣に考えて出した結論だった。
考えた時間はごく短くはあるものの、ここしばらくの時間を顧みて、さらにユイリスという人物の功績をこの目で見たことから、たどり着いた道。
決して楽な道ではないだろう。
だが、この道を選んだことに迷いはない。
決意の炎を胸に燃やし、レイルはあらためてユイリスを見やる。すると――
「そうね。貴方には素質があるわ、強い剣士になれる。でなければ、一週間とはいえ私の修練にはついて来られなかったろうし、なによりこの短い期間でグェインに勝てるまでにはなれなかったわ」
「それじゃあ」
ユイリスの肯定的な物言いに、レイルは表情を輝かせる。彼女も頷いて応えていた。
「確かに、貴方にはこの地でお父様のお仕事を継いで、平和に暮らして欲しいという思いはあるわ。でも、貴方ももう大人だもの。考えに考え抜いて出した答えがそうであるなら、私が異論を挟む余地はないから。貴方の考えを尊重することが、貴方のためを思うことことに繋がる――私はそう思っているわ」
「反対されると思ってたから、素直に嬉しいな」
「それはなによりだけど、このことはちゃんとご両親に相談するのよ。その上で自分の意志を貫き通すならいいけど、それをせずに前へ進むのことには反対だからね」
「もちろんさ。父さん母さんとはしっかり話し合って、わかってもらうよ」
笑顔で話した彼の言葉を、彼女は黙って受け止め、黙って頷いていた。
しばしの間の後、2人は互いに指図し合ったわけでもなく、ほとんど同時に立ち上がり、向き合った。
「最後にレイル。貴方に覚えておいて欲しいことがあるの」
これまでで最も真剣な眼差しを向けてきた彼女は、ゆっくりと語り始めた。
「剣は人を殺すための武器。剣術はいかにして人を殺すか、そのことだけを追及した方法。それは絶対普遍の原理原則。どこまで行ってもその根源的な要素は変わらないわ。私から貴方が学んだ技術の根底に息づくものは、あくまで敵を殺すためのものだということ――それを決して忘れないで」
それは、レイルが踏み出そうとしている道に必ずつきまとう真理。
当然のことながらレイルもわかっていた。
その上で、彼は自ら道を選んだのである。
彼もまた、これまでで最も真摯な表情を浮かべ、わかった、と応えた。
納得したのか、ユイリスは表情を緩めるとレイルの肩に手を置いて続ける。
「でもね、力というものはその使い方で多くの人を救えるというのもまた確かなことなの。正道を踏み外した力は単なる暴力にしか過ぎない。けれど、力を持たずに正道を歩いても、時には正しいことを為せないこともある。昨日のグェインたちとのいざこざが良い一例。相手を殺すことなく、力があればねじ伏せて人を助けることができる。逆にあの時、私に力がなければ、みんなを助けることはできなかった」
もう片方の肩にも手を載せ、真っ直ぐに空色の双眸を向けてきたユイリスは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「使い方で人を傷つけることも、助けることもある――力というものは両極の意味を併せ持っているということ。それが私から貴方への、『最後の教え』よ」
最後の教え――その言葉が胸に迫る。先ほど押し留めたはずの寂しさがぶり返し、込み上げてくる。
気づかれないよう、なんとか踏みとどまる。肝に銘じておくよ、と答えるのが精一杯ではあったが。
それでもユイリスは満足したようで、両肩に置いていた手を離すと、今度は両手を腰にあてて妙にしゃちほこばった。
「私からは以上。後はまあ、ウルゼックに託してきたから、貴方のことを」
沈みかけていたので、危うく聞き逃すところだった。
ウルゼック? 託してきた? そんな話は聞いていない。一転、レイルは呆けた顔をしてしまう。
「そんな顔しないの。彼は私たちの隊に匹敵しうる存在である鷹剣士結社の元筆頭剣士で、話したと思うけど私の兄弟子。貴方もわかっていると思うけど、とても信頼のおける人物よ。多少、辛辣な部分はあるけれど」
それが問題なのだが、彼女は平気な顔をしている。
だが、力を抜いたような優しい表情へとすぐに変化を見せたことで、レイルは気づいた。
彼が落ち込みつつあるのをユイリスは察し、元気づけるためにもしゃちほこばったり軽口を混ぜた話をしたりしているということを。
彼が気づいたことまで察しているのか、ユイリスは優しい顔のまま柔らかな語り口で続けていた。
「だから、安心して彼の教えに従えばいい。私の剣は私にしか使えない術だから、私よりも長年先生に師事を仰いだ彼からならもっと多くのことを学べると思うわ」
満面の笑顔を浮かべるユイリス。それが、彼女なりの別れの挨拶なのだろう。
「そろそろ行かなくちゃ」
そう言って木立の方に向かって口笛を吹く。
甲高い音に反応したステラは、手を振って応えると2頭の馬を引き連れてこちらへと戻ってきた。
鐙に足をかけ、軽板金鎧を身につけた上に2振りの剣で武装していることなどまるで感じさせないかのようにユイリスは身を翻して騎乗した。
「そうだ。貴方に話していないことが最後に1つだけあったわ」
藪から棒に一体何を、と首を傾げるレイル。
「私の本当の名前のこと」
「本当の、名前?」
「そう。ユイリス=レンフィアというのは、旅を続ける上で名乗っていたあくまで仮の名前なの。一部で私の名前、あまりに有名になりすぎてしまったから。ずっと黙っていてごめんなさいね」
申し訳なさそうに詫びるユイリスだが、これまで沢山のことを秘密にしていた彼女のことである。いまさら1つ2つ何か出てきても驚くことではない。
そのことを伝えると、ユイリスは、違いないわね、と小さく苦笑いした。
「私の名前、本当の名前はね――」
真の名前を口にしようとしているユイリスを、レイルは軽く手を挙げて制止する。
「いいや、やっぱり。聞かないでおく。だって、俺にとって、ユイリスはユイリスだもの」
それが心の底からの思い。
様々な事情のある彼女のことである。仮の名前を名乗ることもあるだろう。
ただ、ユイリス=レンフィアという名前は、レイルにとっては唯一無二のものだ。彼が助け、また彼自身を助けてくれた女性は、彼にとってはやはりユイリス=レンフィアその人なのである。
丁重に彼女の申し出を断った彼へ、ユイリスはとても嬉しそうな眼差しを向けていた。
「自分の力でもっと色々なことを見聞きして、その上でユイリスのことも知ることができたら、いつかきっと知ることができるに違いないよ。俺はそう信じてる」
「信じる――いい言葉よね。私も信じてる。いつかきっと、私の名前を貴方が知ってくれることを」
しばし見詰め合い、2人は『信じる心』で結ばれていることを確認し合う。
黙って頷くユイリス。
呼応して、レイルも何も言わずに頷いた。
別れが、やってきた。
「元気でね。いつかきっと、また会いましょう」
そう言って軽く手を振り、彼女は馬を前へと進ませた。彼女の後方にはこちらへと会釈をしたステラが続く。
「ユイリスこそ、あんまり無茶しちゃ駄目だよ!」
ゆっくりとではあるが次第に遠ざかっていく恩師の背中を、手を振って見送る。これに、ユイリスは再び手を挙げて応えていた。
そしてレイルは、湧き出しそうになる涙を堪えながら、腰を折って深々と頭を下げた。
「お世話になりました! ありがとうございました、先生!」
それは、初めて彼が師匠のことを『先生』と呼んだ瞬間であった。
こうして、レイル=フュンフルは、永遠の恩師ユイリス=レンフィアと別れの時を迎えた。
彼が素質を開花させ剣士として大成し、彼女が復活させたエウロニア史上最強の剣士隊へ馳せ参じるのは、もう少し未来の物語である。
剣と勇気を、与えてください 完