後日談 ロッテとシャルの蜜月 1話
後日談全4話中1話目です。
後日談は全てお砂糖注意報発令中
山も谷も無く、甘々な2人の日常。全年齢向けで出来る限りの甘さを出してます。いちゃらぶが嫌いな方は読まない方がいいかもしれません。
リーズロッテは馬車の窓からそっと外の様子を伺った。
建物がぎっしりと建ち並んだ王都とは打って変わり、何処までも何かの畑が広がっている。花が咲いている訳でもないのに、畑もここまでくると圧巻だった。美しい緑色の絨毯が一面に敷き詰められているように見える。
「本当に緑色の絨毯みたい。凄いわ・・・」
リーズロッテが思わず感嘆の声をもらすと、馬車の隣りに腰掛けていたシアルヴァンも釣られるように窓の外を覗き込んだ。
「小麦だな。あれを刈り取って干し、粉状にすり潰したものがパンの材料になる。」
「あれがパンの材料に?」
リーズロッテはもう一度畑に目を向けた。ただの緑色の草のように見える。先の方に何かの穀物が実っているように見えるが、あれが小麦なのだろうか。リーズロッテの知るパンとは似ても似つかない。どうやったらあれがパンになるのか、世の中は不思議なことが沢山だ。
「屋敷まであと1時間くらいで着くな。戻ったらロッテを皆に紹介して、屋敷の案内もしたい。今のうちに少し寝るといい。」
窓際に張り付いて飽きること無く外を眺めていると、シアルヴァンの腕が腰に回されてぐいっと抱き寄せられた。
秀麗な、でも2年前とは違う凛々しい美貌が顔面近くにぐっと寄る。少しは慣れたとは言え、未だに密着する気恥ずかしさは拭いきれない。
ボンッと弾けたように真っ赤になった顔を隠すため、リーズロッテは大人しくシアルヴァンの胸元に顔を寄せ、表情を隠すように俯いた。
こ、こんな状況で寝られる訳がないわ・・・
背中にはシアルヴァンの腕が回り、頬を寄せた胸元からはトクン、トクン、と規則正しい鼓動が聞こえる。
シアルヴァンは体より頭を使う仕事柄、王宮にいた騎士団達ほど逞しい体をしていない。それでもやはりリーズロッテの細腕やふくよかな胸元とは違い、かたい感触は男性そのものだ。
温かな感触に包まれ規則正しい音を聞き、馬車の揺れも相まって、絶対に寝られないと思っていたリーズロッテは呆気なく夢の世界に誘われたのだった。
「ロッテ。起きて。もう着くよ。」
体を優しく揺さぶられる感覚を感じてリーズロッテはうとうとしながら目を開けた。目の前には笑顔のシアルヴァンがリーズロッテを見下ろしている。
「わっ!ごめんなさい、シャル。私ったらぐっすり寝てしまったわ。」
「良いよ。私が寝ろと言ったんだ。それに、可愛い寝顔が見られて得したよ。ロッテは起きた顔も可愛いけど、寝ててもやっぱり可愛い。」
慌てて飛び起きたらにっこりと笑顔を浮かべたシアルヴァンに歯の浮くような甘言を言われて思わずリーズロッテは赤くなった。シアルヴァンはそんなリーズロッテの様子を嬉しそうに見つめている。
シアルヴァンの余裕の態度にリーズロッテはなんだか胸の中にモヤモヤが広がるのを感じた。
「シャ、シャルはいつもそんな風に女の人に褒め言葉を贈っているの?」
赤くなりなりながらも少し拗ねたようにリーズロッテに上目遣いで睨まれて、シアルヴァンは目を丸くした。
「まさか!そんなわけ無いだろう?私が口説くのは後にも先にもロッテだけだ。酷いな。私のことをそんな風に思っていたの?」
「ううん、違うの!シャルが言い慣れてるようにいつもさらっと甘い言葉を言ってくるから、私以外のみんなにも言ってるのかと思って、その・・・」
あたふたしながら弁解するリーズロッテの語尾がどんどん小さくなっていく。
「嫉妬した??」
「うん。」
それを聞いた途端、シアルヴァンは凛々しい顔をくしゃりと崩して嬉しそうに微笑んだ。そっとリーズロッテを抱き寄せるとその頭頂に優しくキスを落とす。
「ロッテ。好きだよ。ロッテ以外に口説き文句なんて言うわけ無い。」
「うん。私もシャルが好き。」
見つめ合った2人はそっと唇を重ね合わせた。
到着したスバル領主館を兼ねたシアルヴァンの屋敷は、リーズロッテの想像を超えた大きなものだった。大河を見下ろす高台に位置しており、広さはラダルウィルの実家とは比べものにならない。
「すごく立派なお屋敷だわ。」
「見てくれは立派だけど、中はまだ殺風景なんだ。これからはロッテが女主人だから、屋敷の中を好きなように変えてくれていいからね。」
屋敷の外観に圧倒されてただただ見上げていたリーズロッテの手をとると、シアルヴァンはにこっと笑って屋敷の中に彼女を誘った。
シアルヴァンと執事のバロンに案内されて見て回った屋敷の中は確かに装飾類が全くなく、よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景。
シアルヴァンはリーズロッテが来る前は治水事業の事務所近くの屋敷で他の指揮官達と集団生活を送っていたと聞いている。主人がまだ生活をしていないため、このような殺風景なのだろう。
よし!このお屋敷をもっともっと快適な場所にして、シャルが寛げる空間にしなくっちゃ!
リーズロッテは愛する夫のために出来ることを早速1つ見つけて、やる気を漲らせたのだった。
***
シアルヴァンが仕事から戻ると、屋敷の入口ではバロンとともにリーズロッテの姿が見えた。シアルヴァンと目が合うと頬を染めて満面の笑みを浮かべるその姿は、底なしの愛おしさを感じさせる。
「お帰りなさいませ、シアルヴァン様。」
「ただいま、ロッテ。いい子にしてた?」
「えっと、屋敷の案内をしてもらったり、花や装飾品を飾ったりしていたわ。」
「ああ、それで。綺麗だね。」
シアルヴァンは視線を移動させて、玄関ホール中央を見た。今朝までは何も無かった飾り台の上には可愛らしい装花が施されていた。
「ロッテがやったの?」
「ううん。私には装花の才能が無いみたいで、お花屋さんにやって貰ったわ。」
リーズロッテはそう言いながら、肩を竦めた。
最初はリーズロッテは自分が装花をやろうと思っていた。ところが、試行錯誤で茎を切るうちにどんどんと茎が短くなってしまい、最終的には玄関ホールに飾るには短くなりすぎてしまったのだ。
仕方が無いのでその花類は小さな花瓶に入れてリーズロッテの部屋に飾ることにして、玄関ホールは町の花屋に来てもらってやって貰った。
シアルヴァンはシュンと項垂れるリーズロッテの頭にポンと手を置いた。
「よくわからないけど、頑張ってくれてありがとう。昨日よりずっと華やかになったよ。そうだな、ロッテは刺繍を飾ったらどうだろう?客室が沢山あるから、クッションやテーブルクロスも沢山あるからね。」
「刺繍・・・。それなら出来るかも。私、頑張るわ!」
「ああ、頼むよ。さあ、部屋に戻って夕食にしよう。」
シアルヴァンはリーズロッテを優しい眼差しで見下ろすと、そっとその背中に手を添えた。2人並んで仲良く屋敷の奥へと歩いていく主人達の姿を、屋敷の使用人達は皆ほのぼのとした気持ちで見送ったのだった。
程なくしてスバル領主館は装花と繊細な刺繍飾りが溢れる可愛らしいお屋敷へと姿を変えた。その領主館では、領主夫婦が仲むつまじく寄り添う姿が度々使用人達に目撃されている。