後日談 ロッテとシャルの蜜月 2話
朝食のとき、リーズロッテはいつものようにパンちぎりなから口に入れて、そのふわっとした食感に舌鼓を打った。ここのパンは、実家で出てくるパンよりもふわふわしていて口に入れるともちっとする。本当に美味なのだ。
「美味しい。」
思わず笑顔がこぼれて呟いた一言に、前に座るシアルヴァンも釣られるようにパンを口に入れて咀嚼した。
「そうだね。うちのパンはスバル領で収穫した小麦を使ってこの屋敷で焼き上げているから、いつでも出来たてだからね。後で厨房に行って褒め言葉でも贈っといたら、みなやる気が高まって喜ぶと思うよ。」
「いつでも焼き立て?買っているんじゃ無くて、作っているの?」
「ああ、そうだよ。厨房で毎日焼いているはずだ。」
「まあ、そうだったのね!早速今日の午前中に『いつも美味しいパンとご飯をありがとう』ってお礼しに行くわ。」
「そうするといい。みんな喜ぶよ。」
シアルヴァンは嬉しそうに目を輝かせるリーズロッテに、優しく目を細めた。
シアルヴァンを仕事に送り出した後、リーズロッテは早速厨房へと足を向けた。厨房では朝ごはんが終わったばかりだというのに、早くもお昼ご飯の準備に入っているようで涎の出そうな良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「こんにちは。」
厨房を覗き込むと、中年の男女と若い女性が一人、忙しなく動き回っていた。見覚えがあるので、初日に紹介されたこの屋敷のコックの夫婦とその娘だ。リーズロッテに気付いた中年女性のアンナは慌てたようにエプロンで手を拭いながら近づいて来た。
「あらまあ、奥様。こんなむさ苦しい場所にどうしました?もしかして、今朝の朝食になにか??」
びくびくとこちらを覗う瞳には不安が垣間見えて、リーズロッテは慌てて否定した。確かに、突然若奥さまが厨房に乗り込んできたら相手がそう思ってしまうのも仕方が無い。
「違うの!毎日、とってもご飯が美味しいからお礼を言いたくて。」
相手の勘違いに気づいたリーズロッテが必死に違うことを説明すると3人は目を丸くしたが、リーズロッテが本心から言っているのだと判ると大層喜んでくれた。
「坊ちゃんがこんな可愛らしい奥様を連れてくるなんて、本当に嬉しいことです。」
「坊ちゃん?」
アンナが感慨深げに言った言葉にリーズロッテは首をかしげた。坊ちゃんとはシアルヴァンの事だろうか?坊ちゃんと言うにはちょっと大人過ぎる気がするが。
「ああ、申し訳ありません。私達は元々ラダルウィル子爵領のお屋敷で働いていたんです。その頃から旦那様を知っているので、どうしても『坊ちゃん』と。旦那様には秘密にして下さいませ。」
アンナは慌てたようにそう説明すると、口元に人差し指を当てていたずらっ子のような笑顔を見せた。リーズロッテは、3人がラダルウィル子爵領から来たと聞いて、驚くと共にとても親近感のようなものを感じて自然と顔が綻んだ。
「わかったわ、約束ね。ところで、うちのパンは毎日ここで焼いていると聞いたのだけど、本当なの?」
「はい。奥様もご存じの通り、ここはガーディン国有数の小麦の産地ですから。坊ちゃんと奥様には毎日美味しいものを召し上がって頂きたくて出来たてをご用意しています。」
リーズロッテはスバル領に来る途中にみた小麦畑を思い出した。あの小麦からどうやったらパンになるのだろうか。不思議でならない。
「いつも凄く美味しいわ。小麦からどうやったらパンになるの?」
「小麦を乾燥させてから粉状にして、それを加工して焼くとパンになるんです。中に生地がありますから、奥様も見てみますか?」
「本当?見たいわ!」
リーズロッテは思いがけない申し出に目を輝かせた。アンナに案内されてまず目にしたのは小麦粉。そして、発酵途中のパン生地。発酵途中のパン生地は2種類あって、一つはもう一つと比べものにならないくらいにパンパンに膨らんでいた。
「この粉がこんな風になるの?凄いわ!」
「ふわふわにするために、半日くらい置くんですよ。だから、食事の時間から逆算して作り始めるんです。」
「へえ。」
一つは拳ぐらいの大きさしか無いのに、もう一つは風船のように頭の大きさくらいまで膨れあがっている。時間を置くと勝手にこうなるなんて、まるで魔法のようだ。
「これでいつものテーブルロールができるの?」
「はい。テーブルロールも出来ますし、昔坊ちゃんが好きだった菓子パンも出来ます。」
「シアルヴァン様が好きだった菓子パン?」
「坊ちゃんは干しぶどうを練りこんで上に砂糖を散らした菓子パンがお好きだったんですよ。これからこの生地を成型して焼くので、興味が有れば奥様もやってみますか?」
「まあ!是非やりたいわ!」
こうしてリーズロッテの人生初のパン作りが始まった。
アンナに丁寧に教えられながら四苦八苦して出来たのは真ん中をカットしてサンドイッチにする用のパンが5つ。あとは特別にシアルヴァンが好きだというレーズンパンを3つ作らせて貰った。
出来上がりはアンナのものに比べて明らかに不格好だったが、リーズロッテは初めての自作パンに大喜びした。
「美味しそうだわ。良い匂いがする。シアルヴァン様にも出来たてを食べて欲しかったな。」
「あら、じゃあお届けに行かれたらどうでしょう?坊ちゃんきっと喜びますよ。」
「届ける?仕事場に私が行ったら迷惑じゃ無いかしら??」
「お昼休みは必ず取るはずですから、長居しなければ大丈夫ですよ。」
「そうかしら?じゃあ、届けて一緒に食べたいわ。サンドイッチを作るの手伝ってくれる??」
「勿論です。」
アンナはテキパキとバターやハムや卵を用意してリーズロッテに丁寧に作り方を教えてくれた。そのおかげで、リーズロッテのお手製ランチはそれなりに美味しそうに見えた。
それを持ったリーズロッテはうきうきした気分でバロンに用意して貰った自家用の馬車に乗り込んだのだった。




