五十 、決まり手はうっちゃり
これは夢だ。でも、しるこ町で実際に起きたことに違いない。
海沿い公園には、シルコ、ワインレッド、しるこババアの三人がいた。そして崖の淵に、しるこの神と母がいる。
「なぜ、結界の中に入って来られたのじゃ」
しるこババアは震えながら母に尋ねた。
「入ってきたのではないですよ。最初からいたのです。今日の昼間、夢であなた方が神様を封印する計画をしていると知ったので、待っていました。お邪魔だったかしら?」
母の言葉に対して誰も返事をしない。すると、しゃがんで崖の下を見ていた神がおもむろに立ち上がり、清々した顔で三人の方を向いた。
三人は咄嗟に防御の姿勢を取った。
しるこババアは、シルコとワインレッドに上擦った声で囁いた。
「お主達は無茶をしないでおくれよ。今は逃げることだけに集中するのじゃ。いずれ神を倒す方法は考える。それまで、生き延びるのじゃ」
シルコとワインレッドが頷き、三人は走った。
「アハハ、にがさないよー」
しるこの神が両腕をあげる。しるこの海から巨大な腕が二本生える。神は両腕を指揮者のように振った。すると、巨大な腕がしるこの塊を次々と投げ始めた。
塊が三人に向かって飛ぶ。かわす。塊は木に当たり、木は一瞬で溶ける。
降り注ぐ神の攻撃によって公園の入口までの道程は困難を極めた。
その時、ワインレッドが鍋の蓋を拾った。『オレの』と書いてある。赤褐色の鍋の蓋だ。ワインレッドは両手に蓋を持ち、振り返った。
「神の動きを止めないと逃げられない。シルコ、しるこババア、あんた達は俺なんかよりも強い。生き延びるならあんた達だ。俺が奴を食い止める。逃げてくれ!」
そう言って、ワインレッドは神のもとへと走っていった。
ワインレッドをしるこの塊が襲う。彼は鍋の蓋でそれを防いだ。更に加速して走る。神が腕を止め、構える。同時に巨大な腕も動きを止めた。その隙に、シルコとしるこババアは入口に向けて走った。シルコは涙を流していた。
ワインレッドは考えた。
時間を稼ぐことが大事だ。特攻すれば良いという訳ではない。
彼は神の前で足を止め、腰を落とした。睨み合う両者。気合は十分。ワインレッドは四股を踏んだ。そして、鍋の蓋をシンバルのように鳴らした。
「おい、デ・ベーソ野郎。地面に手か膝を付いたら負けだからな。分かったか? 分かったら、『ドスコイ』って返事をしろ」
「ハハハ。何それー。ボク、まけないよ。かかってこいよ」
その言葉を合図にワインレッドは張り手のように鍋の蓋を突き出した。右、左、右、左。
神は全ての攻撃を受け止めていたが、このままでは崖に追いやられると思ったのか、身を低くして足払いを仕掛けた。ワインレッドはそれを跳んでかわし、神の顎に鍋の蓋を叩きつけた。神が仰け反る。しかし、倒れない。
神はワインレッドのフンドシを握っていた。それを引き寄せて体に抱きつき、締め上げる。ワインレッドはしるこを吐いた。だが彼は諦めず、鍋の蓋を捨てて神の腰を掴み、体を捻って自分の後方に投げた。
ワインレッドが叫ぶ。
「神! お前は伝説の通り封印される運命だよ。俺に苦戦してるようじゃな……」
彼の体は、溶けて、消えた。
それを見届けた神は、地面に手を付いていた。




