四十九、夢の通い路
目を開けようと、目を閉じようと、そこにあるのは暗闇だけだった。
僕は無限のしるこの中に浮かんでいた。
ここは死の世界なのだろうか。だるくて、それでいて心地良い、そんな感じがする。完全に眠りに落ちる直前のまどろんだ感じに似ている。
なるほど。今から完全な永遠の眠りに就くのだな。つまり、まだ辛うじて生きているということだろうか。それにしても、なぜだ。懐かしい。僕は以前にもここに来たことがあるような気がする。
そんなことを考えていると、頭の中に光が灯った。
僕はその光に意識を集中させた。光は大きくなり、夕焼け空になった。雲が勢い良く後方に流れていく。まるで空を飛んでいるようだ。
下を見ると、そこには町があった。しるこ町だ。
みんなはどうしているだろうと考える。すると、その頭の中の映像の視点は一気に降下し、海沿い公園の様子が見えた。
これは、夢の映像に違いない。
海沿い公園には、シルコ、ワインレッド、しるこババアの三人がいた。そして崖の淵に、しるこの神と母がいる。
この映像は僕が海に落ちた直後のことだろう。
三人が助かったのか気になって夢の映像に集中する。ところが突然、映像にノイズが入り、景色が歪んだ。まるで電波ジャックされたかのようだ。
しばらくすると、何もない空間が広がった。地面も空もない。かといって暗闇がある訳でもない。言葉で形容出来るものが一つもない、まさに何もない空間だ。
僕はその空間に立っていた。趣は異なるが、これも夢だろうと感じた。
いつの間にか、目の前に円柱状の建物があった。壁も扉もしるこのように真っ黒で、不気味だ。
僕はそっと扉を開けてその建物の中に入った。
中は台所になっていて、右手に流しがあり、その左手には、業務用だろうか、大きなコンロが備え付けられている。
コンロの前には脚立が置いてあり、コンロの上には大きな鍋が置いてあった。炊き出しなどに利用される子供が入れそうなサイズの鍋だ。
僕はコンロに近付いた。そして、鍋の中を覗き込んだ。
鍋の底には、しるこまみれの赤ん坊がいた。
まだ目もまともに開けないであろう、とても小さな赤ん坊だ。生まれたばかりに違いない。整った顔をしていて可愛らしい。僕は赤ん坊に手を伸ばした。
その時、赤ん坊の目がカッと見開かれ、突然低い声で喋りだした。
「早く僕のことを思い出してよ!」
僕はすぐに手を引っ込め、恐ろしくなって部屋の外に出た。扉を閉めて、厳重に鍵を掛ける。それでもまだ不安で、遠くに行けと願いながら建物の壁を強く押す。
すると、建物が小さくなり、両手に収まるサイズになった。僕はそれに幾重にも鎖を巻いて、何もない空間に投げ飛ばした。
再びノイズが入る。映像が切り替わり、ブラインドカーテンの隙間から外を見つめる白玉総一郎の姿が映った。再びノイズが入る。シルコロシアムで戦う格闘技姿の男が見えた。再びノイズが入る。松明の光の中で剣に祈りを捧げる少女の姿が見えた。ノイズが入る。ノイズが入る。ノイズが入る。
ザー。しばらく不快な音が響いた。
そして再び、海沿い公園の景色が目の前に広がった。




