四十八、さよなら
しるこの神が笑えば笑うほど、しるこの海は荒れ狂った。
神が片腕を振り上げると、海の中から巨大な腕が現われた。崖よりも高い。その長さはニ十メートル以上。人間など数人まとめて握り潰せるであろう大きさだ。
神が腕を振り下ろすと、その巨大な腕は僕達に向かって振り下ろされた。四人とも間一髪でかわす。
こんな奴に勝てる訳がなかったんだ。
「とりあえず崖から離れるぞい。結界があるうちは神であっても容易には外に出られんはずじゃ。入口まで行けば逃げ切ることが出来る。反撃方法は改めて考えるのじゃ」
しるこババアの言葉を聞き、僕達は走った。
神が腕を振り回す。すると巨大な腕が崖を切り崩していった。大地が揺れる。
ところが、それはすぐに収まった。
なぜだ?と思い、振り返ると、腕は巨大な鍋を持ち上げていた。
僕達よりも先に鍋を始末するつもりだ。あれがなくなれば封印が出来なくなり、戦況は益々不利になる。
「先に逃げていて下さい。僕は鍋を取り返します」
仲間の制止を振り切って、僕は巨大な腕に向かった。
神が操っていようとあの腕はしるこだ。しるこ力を流し込めば爆発させることが出来るはず。
僕は心を黒く煮え立たせ、おたまを振った。巨大な腕の手首から先が破裂し、鍋が地面に落ちる。
思った通りだ。あとは全身にしるこ力を行き渡らせ、これを運ぶだけ。
取っ手を掴み、力を込める。しかし想像以上に重く、簡単には持ち上がらない。
苦戦していると、神に胸倉を掴まれ、地面に叩きつけられた。全身の骨が軋む。
神はそのまま僕の体を片腕で持ち上げ、そして、もう片方の手を振った。
再び海から巨大な腕が現れ、僕に見せびらかすようにゆっくりと巨大な鍋を持ち上げる。
鍋は、水平線の彼方まで投げ飛ばされてしまった。
もうお終いだ。あとは、しるこにされるだけだ。
神が手に力を込める。ところが、僕の体は一向にしるこにならない。
ジワジワ溶かすつもりか? それにしては神は不思議そうに目を丸くしている。
そう思った時、女の声が聞こえた。
「神様。その子は、しるこになりませんよ。他の方法で殺さないと」
神の背後に立つ左腕に火傷痕のある女。
それは、母だった。
「なんで……」
声を振り絞る。声を振り絞ったら、なぜか涙が流れてきた。
母は何も答えない。
神はいやらしい笑みを浮かべながら納得したように頷き、僕の体を再び地面に叩きつけた。それから、何度も拳を振り下ろし、全身を踏み潰し、最後に大きく蹴り上げた。
公園の端まで飛ばされ、海に落ちそうになる。
僕は片手で崖にぶら下がった。
神が、僕をじっと見下ろし、地面に手を付いて口を開く。
「さよなら、兄さん……」
瞬間、掴んでいる箇所が溶けた。
僕の体はしるこの海に吸い寄せられているかのように落下を始めた。
流れていく景色がスローモーションのように感じられ、神の姿が段々と遠ざかっていく。僕は、その顔を呆然と見つめた。
「お、お前は……」
呟いた時、全てが暗闇に包まれた。
お前は…………小次郎?
第二部 完




