屍喰らい 【3】
「チェックメイト」
「ん、んんんんん! いやぁ、駄目だ全然勝てない! 強いなぁ、君は!」
それから数日。 一々行き来するのも大変なので、最近ではもうこのエリアCに入り浸りだ。 一応は寝る場所も風呂も食事も修善さんが提供してくれているので、不便はない。
そして、今のところ俺の全勝である。 今は丁度、四戦目が終わったところだ。 こう言うのもあれだが、この人めちゃくちゃ弱いな……。 基本的にジャンケン以外は卓上ゲームで挑戦している俺だが、修善さんがルールすら知らないゲームもあったからな。 どうしてこんな勝ち目のない状態で勝負を受けたのか、それだけが謎だ……。
「これで俺ができる質問は四つだな」
「そうなるね。 まだ決まらないか? 質問の内容は」
「……んー、まだだな」
「そっか。 ま、時間は沢山あるしゆっくり考えれば良いよ」
俺はその言葉を聞きながら、席を立つ。 少々疲れたから、休憩だ。 外で猫と犬と遊んでいる二人も気になるしな。
「行ってらっしゃい。 ところでさ、一つ俺から質問があるんだけど」
修善さんの言葉に、俺は振り返る。 すると、修善さんはこんな質問をしてきた。
「君はとても強いけど、何か必勝法みたいなのってあるのか?」
「そんなのないな。 けど、どんなことをしてでも勝つとは、常に思ってる」
俺の返事に満足したのか、修善さんはそれ以上、俺に何かを言うことはなかった。
「お、成瀬です。 今日はどうでした?」
猫とじゃれあいながら、俺にそう声をかけたのはクレア。 西園寺さんは……犬と遊んでいるな。 二人とも、動物には好かれるタイプか。 俺は動物とじゃれ合うのに向いてないから、二人が好かれるのは良いことだ。 好かれないということはないけど、俺がそういうのを苦手と思っているから。
「今日も勝ったよ。 そろそろ、修善さんにする質問も考えないとな」
「どんな能力か聞くのは……なしなんだよね。 うーん、何が良いんだろ?」
首を傾げるのは西園寺さん。 そこなんだよなぁ……。 質問できるのは良いとして、肝心なのはその内容だ。 いくら修善さんが弱いと言っても、いつか俺が負ける可能性もある。 そのときのために、内容は考えておかないと。
勝つ条件は、能力を当てること。 アライブの人たちから聞いた限りでは、最強の能力を持っているらしい。 最強というからには、それこそぶっ飛んだ能力を持っているはずだ。 例えるなら、修善さんが前にしていた昔話に出てくる『生死眼』だとか。
「でも、不思議だよね。 修善さんってすごく強いはずなのに、戦いはしないんだもん」
「……別に強いからって、戦わないといけない理由はないだろ」
昔は、修善さんも戦っていたとは言っていたけどな。 それでもその結果、今のこの世界になってしまって彼は後悔しているんだ。 だからどちらかと言えば、俺たち寄りの人なのかもしれない。
「うん、そうかもね。 だって修善さん、成瀬くんとゲームをしているとき、すごく楽しそうだし」
「楽しそう?」
あいつが、楽しそうにしている? 俺とゲームをしているときに……?
そんな考えは全くしなかったけど、西園寺さんから見たらそう見えているのか?
「うん。 成瀬くんも、楽しそうだよ」
……俺も? いや、俺はただ目的のためにそうしているだけで、そんなことは……ない、と言い切れるか? 確かに修善さんは、何も知らなくて教え甲斐はある。 飲み込みも早いし、決して頭が悪いわけじゃない。 一度教えればルールだってしっかりと理解しているし、下手な初心者よりは確実に強いと思う。 そんな修善さんとゲームをするのが……俺は楽しいと感じているのか?
「クレアは、どう思う? クレアの意見も聞きたい」
「このこのぉ! へ? 私ですか?」
猫と何やら格闘をしていたクレアは、俺の言葉に寝かせていた体を持ち上げる。 そして、続けた。
「うーん、私から見ても同じですよ。 ただ、修善の場合は長いこと人と話していないと言ってましたし、それも関係あるのかもですね。 戦いに嫌気が差しているなら、納得もできますし」
戦いに、嫌気が差した。 だから、俺と話すのが、ゲームをするのが楽しい。 今のこの時間を面白いと感じている。 このゲームのルール。 修善さんが提案した、条件。 俺が勝つ条件と、負ける条件。 修善さんが勝つ条件と、負ける条件。
修善さんは、昔……芳ケ崎らと共に、戦争を巻き起こした。 非能力者に対する、下克上だ。 その結果、この今の状態だ。
……まさか。
「西園寺さん、クレア。 もう一つ教えてくれ」
俺の言葉に二人は何かを感じたのか、黙って顔だけを俺に向ける。
「二人がその当時に居たとして、修善さんと同じように戦争を後悔していたとしたら、どうする? 俺がここにやって来て、そのときどうするかだ」
「同じように? それは……難しいけど、今の修善さんと同じだと思うよ」
「私もそうですね。 ですが、売られた喧嘩を買う主義なので、成瀬をぼこしていた可能性も否定できません」
「……相手がクレアじゃなくて良かったよ。 それじゃあさ、もう一つだけ聞く」
それだけでは、繋がらないのだ。 精々絡まっている状態が見えるだけで、解き方は分からない。 だから俺はもう一つ、最後の質問をする。 この仮定が正しいのなら、全ては解けるのだ。
「もしも二人が、その戦争を巻き起こした原因だったとしたら、どうする?」
「よう」
それから少し経ち、俺は修善さんの元へと戻った。 目的は、全てを終わらせるために。
「今日は早かったね。 いつも二人のところに行ったら夜まで帰って来ないのに。 何か俺の能力に関するヒントでも、見つけた?」
「ああ、そうだよ」
俺が返すと、修善さんはほんの一瞬だけ、目を細めた。 だが特に何かを言うわけでもなく、ただ黙って俺の次の言葉を待つ。
「決着を付けよう。 修善さん、俺はあんたの能力が何か分かった。 でも、それは今の段階じゃ言わない」
「……ふむ。 どうして?」
「まだ勝った気分じゃないからだよ。 あんたはさ、ただの一度も本気で俺とやっちゃいない。 俺との戦いを長引かせるのが、あんたの目的なんだから」
それこそが、修善さんの目的だ。 俺との戦いが終わってしまったら、この人はまた一人っきりになってしまう。 話し相手も居なければ、一緒にゲームをしてくれる奴もいない。 修善さんはその状況になるのを避けていたのだ。 だから、わざと負けていた。
「そういや、質問が四つ残ってたっけ。 一つ使って良いか?」
「うん、良いよ」
修善さんはやはり笑顔で、気楽に言う。 そんな修善さんに向け、俺はこう聞いた。
「あんたは一度も、本気で俺とやっていないだろ?」
質問ならば、答えなければいけない。 俺は修善さんの口からその言葉を聞きたかった。
「……」
目を瞑り、修善さんは何かを思考する。 それは数秒で、修善さんは再び目を開くと、言った。
「良く分かったね。 その通りだ」
そうか。
それならもう、俺が他の質問をする必要はなさそうだな。 全ての糸は解け、一本へとなった。 あとは糸を切らさぬようにたぐり寄せるだけだ。
「ついでに答えると、君の予想は当たっているよ。 けれど、それでどうするんだい? 俺に勝つ意思がない以上、君に勝ち目はないんだよ」
期限は、修善さんが俺にゲームで勝つまでの間である。 つまり、修善さんに勝つ意思がない以上は俺もまた勝てないんだ。 無理矢理能力を当てるという手もあるが、重要なのは修善さんを納得させること。 そして、負けを認めさせること。
でもな、詰めが甘いんだよ。
「知ってるか? わざと負けるのは、わざと勝つよりよっぽど楽なんだよ。 あんたが本気でやらないなら、俺はこう提案する」
「次の勝負、俺が投げるコインの裏表を当てるゲームにしよう。 三回投げて、当てた回数の多い方が勝ち。 順番にやって、先手は俺だ」
修善さんはその言葉を聞いて、頷いた。
「良いよ。 でも知ってるか? 俺にとってはコインの裏表を当てるなんて、呼吸をするのと同じくらい楽なんだよ」
俺が言った言葉をそのまま返すように、修善さんは言う。 ああ、知ってたさ。 そんなことは。
この人にかかれば、コインを投げた瞬間に分かるのだ。 回転している速度と、落下までの時間、そして落下した際にどの面が地面へと辺り、どう跳ね返りどう回転しどう落ち着くか。 それがこの人ならば、瞬時に分かる。 どうせそれでわざと負けるつもりだろう。 だったら俺は、その逃げ道を潰すまでだ。 このゲーム、このルールに乗った時点で、あんたの勝ちは決まっている。
……負けるために思考するなんて、変な話だけどな。
「よし、ならやろう。 ただし――――――――俺は最初の一手で、降参するけどな」
「なっ!」
「文句はないだろ? 先手は俺で、あんたはそれに乗った。 降参ってのはどんなゲームにも存在する。 問題あるか?」
「……やられたね。 そういうことか。 ゲームは既に、始まっていた」
「ああ、そうだよ」
これで、終わらせても良い。 修善さんは半ば諦めてもいる。 それは俺でも声色から分かるくらいのものだ。 だけど、だけどさ。
それじゃあちょっと、つまらない。 全然、これっぽっちも楽しくない。 こんな勝ち方、俺は納得しない。
……結局、西園寺さんの言う通りか。 俺も俺で、楽しんでいるんだ。 この修善さんとのゲームを。
「修善さん、それが嫌ならこうしよう。 ルール変更だ」
「ルール変更?」
「次の勝負、俺が勝ったらあんたの能力を当てる。 修善さんが勝ったら、あんたの暇潰しに死ぬまで付き合おう。 どうだ?」
「良いのかい……後悔は、しないでくれよ」
こうして、ゲームは始まる。 勝ったら終わり、負けたら延々と続くゲーム。 この場に二人が居なくて心底良かったよ。 二人が居たら、何を言われることだか。
「俺が提案するゲームは、簡単なものだ」
最後にやったのは、小学生くらいだったっけか。 よく、妹とやっていたっけ。
「一から順番に数字を読み上げて、二十一を言った方が負けってゲーム。 一度に言える数は一個から三個まで。 良いか?」
「なるほど、思考ゲームってわけか。 けどそれだと、後攻が必勝だね」
さすがに一瞬でそこまで理解するとは、恐ろしいな。 やはり俺が睨んだ通り、この人は頭も恐ろしいくらいに良い。 今まで俺に負けたのが、わざとというのも納得だ。
「だから多少のルール変更をする。 こうしよう」
まず、数字を一個から三個まで言えることは変化なし。 ただし、自分の番の三回目には必ず、数字をマイナスしなければならない。 マイナスする数字は一個、そして一番最初にマイナスを選択できるのは自由に決められる。 その最初にマイナスをしてから三回ごとに必ず、再びマイナスをしなければならないというルールだ。
「勝ち負けは、二十一で言い終わった方が負け。 これでどうだ?」
「うん、問題ないよ。 それじゃあ、始めようか。 先攻後攻、好きな方を選んでくれ」
「なら、先攻で。 行くぞ、最初はゼロから」
俺が最初に言う数字、それは。
「マイナス一だ」




