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俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
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異能世界 【4】

『今宵八時、中央噴水広場にて』


矢文に書いてあった文字はそれだけ。 宛名も差出人もなし。 俺もクレアも全く気付かない間に来ていたってのが気味悪いな……。 俺はともかく、クレアなら気付けたはずだとは思うが。


「さて、どうしましょうか?」


言うクレアの顔は、どこか赤みがかって見える。 多分、疲れているのかもしれない。 この世界に来てからというもの、殆どクレアは動きっぱなしだったしな。


「……罠って可能性は、五割くらいか」


腕組みをして俺は考える。 つまりは、半々ってわけだ。 まず、この世界に居る異能力者は五人というわけではない。 俺たちの課題である『手紙』の文言は、異能力者を五人倒せというもので、この世界に居る俺たち以外の異能力者がそいつらだけとは限らない。 もっとも目立つ位置に居るのが、エリアに割り振られた能力者というだけの話だ。 そしてあいつらはエリアを持っていて、恐らくはそのエリアから出ることはできない。 入ってきた奴を攻撃してくるというルールを持っているからだ。


能力者と出会う前までは仮説に過ぎなかったけれど、芳ケ崎(はがさき)にも、あの大男にもそれは共通していた。 だからこそ、今となっては仮説ではなく真説だ。 そのエリア外……つまりは安全地帯でもある中央地帯に立ち入ることはないと考えて問題ない。 何よりの証拠は、芳ケ崎もあの男も、追ってくる気配が微塵も感じられないということ。


だが、可能性としては……何もそいつらだけが敵というわけじゃないんだ。 俺たち以外にも居る奴ら、そいつらが仲間だという保証なんてどこにもない。 それが引っかかり、決断を下せずにいる。


「ですが、行くしかないでしょう。 この世界に住んでいる人間ならば、私たちより情報を多く持っていると思います。 ですので、脅してでも情報は仕入れるべきです」


「発想が物騒だなおい。 けどま、そうだな。 行くしかないってことか」


クレアらしいっちゃクレアらしい結論だけどな。 それに、そうするのがベストだとは俺も思う。 クレアとはこういう厄介事に直面したとき、意見がピタリと合うんだよな。 その考えに至るまでの筋道がどうであれ、結論はほぼ一緒だ。


「イエス。 いざというときは、成瀬(なるせ)が守ってくれるので大丈夫です」


「……思い出すと恥ずかしいからやめろ」


勢いってものがあるからね。 それに、クレアだって口ではああ言っていたものの、内心では結構喜んでいた癖に良く言うよ。 お前の喜びっぷりを録音できれば良かったんだけどな。 学校の昼休みの「今日のBGMコーナー」で流したいほどだ。


「それにあれです。 もしも味方になってくれるなら、その方がしんぽがありますし」


「……しんぽ」


しんぽ、しんぽ? しんぽってなんだ……? 俺が知らない言葉をクレアが知っていることなんてのは確実に何があってもあり得ないから……あ、分かった。 もしかしてこいつ「進捗」を「しんぽ」と読んでいるのか。 面白い誤読だな……放っといて楽しもう。


「だな、そっちのがしんぽありそうだ」


俺が言うと、クレアは満足したように「ええ」と笑っていう。 良い笑顔だ。


「さて、それでは夜八時までまだ時間はありますね。 雑談でもしますです」


「そうだな。 どうせすることもないし……てか、腕は本当に大丈夫なのか?」


「多少不便ですけど、問題ありません。 それよりお腹が減りました」


クレアは腹の辺りを押さえて言う。 激しく動いた所為なのか、ワイシャツは破れて、へそ出しルックになっている。 髪の色とかが相まって、漫画に出てくるヤンキー女みたいだな。


「それよりさ、金髪って不便じゃないのか?」


それよりと言われ、それよりを被せる。 大体こうすると、相手も更に「それより」を重ねてくる。 人はこれを「それより合戦」と呼んでいるらしい。 俺だけかな、俺だけだな。


「特に不便ではないですよ。 たまに変なのには絡まれますが。 それよりお腹が減りました」


「それより教師には何も言われないのか?」


「言われますよ。 中には黒に染めろと言ってくる奴も居ますけど。 それよりお腹が減りました」


「しつこいな……」


「引くことは知らないんです」


どんだけ腹ペコだ。 そりゃ多少は俺も腹が減ったけど、なんだかここで素直に「そうだな」と言ったら負けな気がする。 負けるのは嫌だ。


「てか、それなら染めちゃえば良いじゃんか。 そっちのがいろいろ楽だろ」


「……それは嫌です。 この髪色だけが、私が両親からもらったものなので」


そう言うクレアの表情は、少し曇っていた気がした。 俺は一瞬だけ気軽に染めちゃえば、なんて言ったことを後悔したが、それを口に出すことはできない。 まるで壁がそびえ立ったように、クレアの壁が目に見えたから。 これ以上俺は、踏み込めない。


「……そういや、すっかり夕飯時か」


気まずくなった空気を霧散させるため、俺は話を最初へと戻す。 恐らく時間は、俺たちが元いた世界とリンクしている。 だから、今は丁度六時半。 腹が減ってくるのも無理はないか。


「食べられそうな物ならありましたよ。 冷蔵庫に」


「廃墟なのに冷蔵庫あるんだ……」


設備が良い廃墟だな。 そう言えば、電気も通ってるし水も出るってことは……一応、そういうのには配慮されているのか。 どうせなら、俺の能力をもうちょっとなんとかして欲しかったよ。 人の思考を読み取れるってあんま利用価値がないんだよな。


〈あーお腹減りました。 成瀬早くご飯作れです〉


……ほら、こういう聞こえなくて良いものが聞こえてくるからさ。


〈お腹減ったです。 お腹減ったです。 お腹減ったです〉


「あーもう分かったよ! なんか作れば良いんだろ!」


結局、あり合わせの材料で夕飯を作らされる俺だった。




「んー、美味しいです。 さすがです」


「そりゃどうも。 でもさ、この構図ってどうなんだ」


「何がですか?」


首を傾げ、頭にクエスチョンマークを浮かべる勢いでクレアは言う。 いや、何がって……。 この、俺がクレアにご飯を食べさせてあげているという構図だよ。 どうなんだこれ。 なんつうか、第三者に見られたら勘違いを起こしそうなこの状況だ。 恥ずかしすぎる。


「仕方ないじゃないですか。 片腕だと不便ですし」


「そう言われると、俺は従うしかないんだけどさぁ」


俺が弱いから、守られてばかりだから、こうやって周りが傷付いていく。 弱くても良い、守られても良い。 けど、俺の所為で仲間が傷ついていくのだけは、嫌だ。 自分の足で立てるようにしないとな。 いつかは俺一人でも、問題を解決できるようにならねえと。


「というわけで、成瀬はこれから死ぬまでの間、私にご飯を食べさせ続けてくださいね」


「し、死ぬまで……? 寿命でか?」


「もっちろんです! 朝昼晩、三食です!」


「いや、それはちょっと……」


さすがに、さすがにそれはマズイだろ。 というか、突拍子もないことをクレアが言うのは知っているが、いくらなんでも……それじゃあまるで。


「一緒に暮らしましょう! ね?」


「はぁ!?」


待て待て待てストップ!! なんだこの展開!? 夢か!? いやいや、待て。 待てって二回も言っちまったよ、けれど待て。 さすがにこれを夢だと片付けるのは早計だ。 まず考えるべきは……そうか!!


分かった。 分かったぞ! なんらかの能力による幻覚だ! それしかねぇ!


「は、はっはっは。 危ないところだった。 俺は騙されないぞ、クレア」


「へ? 何を言ってるんですか? まぁ、別に良いんですけど」


言い、クレアは立ち上がる。 そして、俺の真正面に回りこむ。


「な、なんだよ?」


幻覚ということは、俺に危害を加えるつもりだろう。 蹴りか、それとも殴りか。 いくら幻覚といえど、クレアの放つ攻撃だ。 俺がクレアのことを最強の人間だと思っている時点で、幻覚もまた同じ動きをするはず。 なら、見切るなら動作を起こした直後……!


「駄目ですか?」


クレアは言うと、俺の膝の上へと腰をかけた。 クレアは言うと、俺の膝の上へと腰をかけた。 クレアは言うと、俺の膝の上へと腰をかけた。


「……あ、あの」


「私は本気ですよ。 嫌ですか? 成瀬」


綺麗な大きな瞳。 碧眼のそれで、俺の目をジッと見つめてくる。 その距離は息がかかりそうなほどに近くて。


「い、いや。 そういうわけじゃ……ないけど」


「なら、良いですよね? 一緒に暮らしましょう」


少しずつ、少しずつクレアは距離を詰める。 顔を近づける。 俺は不思議と、体に力が全然入らなくて。


このまま、いけば。


「ま、待てッ!! 今は、そんなこと話している場合じゃないだろ!?」


ぎりぎりのところで、動くことができた。 クレアの体を少しだけ押して、距離を作って。 心臓が張り裂けそうなほど、バクバクと音を立てている。


「釣れないですね。 てっきり浮気をしてくれるかと思ったのですが」


「からかうなよ……てか、浮気ってなんだ」


「何を言ってるんですか、西園寺(さいおんじ)のことが好きなんですよね? 成瀬は。 それなのに、私相手にドキドキするなんて」


クレアは俺の胸に右手を当て、いたずらっぽく笑う。 事実が事実なだけに、否定はできない。


「……ほっといてくれ。 そりゃ、あんなに近い距離に来られたらそうもなるって」


俺に限った話じゃないと思うぞ。 健全な男子高校生ならば、そりゃそうなるだろ。 一応、クレアって顔はすげえ整ってるし。 性格はクソだけどな、あと胸も。 あ、これ禁句だったか……まぁ、頭の中だし良しとしよう。


「そうですか。 でも、それでよく私のことを抱き締められましたね。 感心しますよ、それ」


「あれは……別に下心はねえって! ったく……あれ、え、ちょっと待て。 その前に俺、お前にそんな話ってしたっけ?」


そもそもだ、そもそもの話、こいつはいつ俺が西園寺さんに惚れているということを知ったんだ? 絶対、話したことなんてないはずなのに。


「いえ。 ですが、見てれば分かりますよ。 好き好きオーラ出てますから。 お昼とか、わざわざ部室で仲良く二人で食べてるじゃないですか」


「……」


「それに、登下校も常に一緒じゃないですか。 学校では既に付き合っているって噂が広がりまくりですよ」


「マジか!?」


「いえ、嘘です」


殴りてぇ。 ちょっとだけ、ちょっとだけそう見られていることが嬉しく思ったのに。 やっぱ性格悪いな、こいつ。 そんなんだから絶壁スタイルなんだよ。 相手をヘコましている分、自分の胸もヘコんでやがるんだ。


「でも、大変そうですね。 成瀬はともかく、西園寺には恋愛的感性が皆無ですし……」


「……だよな。 てか、お前はその、さっきのってどこまで本気だったわけ?」


「知りたいですか? 秘密です」


ふふ、と口を覆ってクレアは笑う。 上品な仕草だとは思ったが、そのとき声が聞こえてきた。


〈半々ってところですかね〉


「半々なのかよっ!?」


「ちょっと勝手に読まないでくださいよ! デリカシー皆無ですか!?」


「しっらねえよ! 俺だって読みたくて読んでるわけじゃない!」


どちらかと言えば、知りたくなかった情報だ。 なんだよ半々って……。 気まずいってさすがに! どう対応すりゃいいんだよ!


ってことはなんだ。 さっき、俺の膝の上にいきなり座ってきたのも……半分は本気だったってことか? 変態かこいつ。


「待ってください。 なんか失礼なことを考えていそうなので、弁明しておきます」


「おう。 聞いてやるよ」


クレアはコホンと咳払い。 そして、少しボロボロなソファーの上に座って、口を開いた。


「まず、私は成瀬のことが好きです」


「は!?」


「友達として」


右手の人差し指を俺に突きつけ、ピシャリと言い放つ。


この野郎……。 だったら、中途半端なところで言葉を区切るんじゃねえ。 からかっているのか。


「そして案外、こう見えて寂しがり屋なのです」


「本当にそうな奴は自分ではあんま言わないけどな」


けど、本当かもしれない。 神田(かんだ)さんに聞いたクレアの話……昔、孤児院に居たという話を考えるに、そうならやっぱ人肌が恋しかったりするのかな。


「一人でしたから。 ずっと、本当に……ずっと」


「今は違うだろ」


「……ふふ、そうですよね。 だから、だったんです。 ちょっとふざけすぎましたかね」


「……別に良いけど。 でも、心臓に悪いからやめてくれ」


なんだかこっ恥ずかしくなり、俺はクレアのことを横目で見ながら、言う。 するとクレアは笑顔で「はい」とだけ、言うのだった。


クレアの過去に何があったのか。 それは結局、聞くことができなかった。 タイミングの所為でも、間が悪かった所為でもない。 きっと俺は、どこかで怖かったのかもしれない。


それを聞いたら、何かが変わってしまいそうで。 俺がクレアを見る目だったり、クレアが俺と西園寺さんを見る目だったり、或いはその両方だったり。


常に、最悪のパターンを考えろ。


そう考えるのが正しくて、最善だと思っていた。 今までずっと、そう思っていた。 それを考えておけば、いざというときに柔軟な対応ができるから。 事実、それで俺は何度も助かったことがある。


でも。


今回、この場合。 クレアの過去についての場合。


その「最悪のパターン」を考えてしまって、そうなるのを避けたくて……俺は一歩を踏み出せないのだ。 頭では分かっていても、長年抱えてきたその習慣の所為で、踏み出せない。 今聞くべきなのに、たったひと言「昔、何があったんだ?」と言うだけで良いのに。


たったそれだけを言うのに、何度も何度も考えて、言い淀んで。 出かけた言葉を飲み込んで、なかったことにして。


知らない方が良いこともあるんだと、言い聞かせて。 今の中途半端な関係が最善だと思い込んで。


「成瀬、そろそろ時間ですよ。 行きましょうか」


「ん、ああ。 そうだな」


俺は結局、その一歩を踏み出せなかった。

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