五日目 村人会議
『五日目の朝となりました。 八代木葉さまが無残な死体で発見されました』
そんなアナウンスが聞こえ、俺は目を覚ます。 人が今日も死に、また俺たちが今日も殺す。 異常で狂った状態だというのに、至って普通に睡眠を取れている辺り、俺はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。
「くそ……! そんな、木葉……なんでお前が……!」
ロビーへ入ると、木葉ちゃんだったモノにすがりつくように、屋代さんが居た。 鈴見と同じように首の辺りを噛まれており、戦おうと思ったのか、腹には木葉ちゃんが持っていた刀が深く、深く突き刺さっている。 流れた血は既に乾いており、独特な臭いが漂う中で、見開かれた木葉ちゃんの目からは生気を感じられない。
……死んだのだ。 また、人が。
「……成瀬、お前がやったのか?」
「やってないって言っても信じないだろ。 だから、俺は何も言わない」
昨日から、全員の集まりは早くなっていた。 そのおかげもあり、この場には全員が居る。 俺と屋代さんの会話には、誰も何も言わない。 口を開けば疑われ、かと言って黙っていても疑われる。 最善の手なんて存在しないんだ。
「だろうな。 分かっていたことだ。 でもよぉ……鮫島ぁ、テメェは分かるだろ?」
「へ? アタシ? なんでいきなりアタシに話を振るんだよ? ぜんっぜん知らねーぜ」
「クソが、どの口が言うんだ」
屋代さんは息を吸い、宣言した。 それは、その言葉は俺にとっては最善のもので。
「占いカミングアウト。 占ったのは鮫島憐。 結果は――――――黒だ」
鮫島が、黒。 つまり、こいつが人狼。 残された最後の一匹か、それとも鮫島以外にもまだ潜んでいるのか。 とにかく、その一匹を見つけたんだ。 この結果は、大きい。
「ひ、ひぃ! 人殺し!」
隣に居た椿は慌てて、鮫島と距離を取る。 それを見て、同じく隣に居た桐生院もすぐに距離を取っていた。 まさか会議中に殺すのはルール違反だからないとは思うが、気持ち的には俺も距離を取りたい気分だな。
「良く見つけてくれたよ、屋代君。 八代君もきっと、喜んでいるよ」
「そうだな……。 何も残ってない俺と木葉だったけど、最後にしっかり、残せたんだ。 こいつの刀は、俺を守る刀なんだ」
天を見上げ、屋代さんは涙を流す。 死んでしまえばもう会えない。 絶対に、何があっても会えやしない。 そんな考えを肯定するかのような、現状。
「……へへ。 あっはっは! いやぁ参ったな。 まさかここで見つかっちまうとは。 てっきりよー、お前ら全員食えると思ったんだけどなぁ」
高らかに笑い、俺たち全員を舐め回すように見て、鮫島……狼は言う。 人の仮面をかぶった獣は言う。 笑って、舌で唇を舐めながら。
「み、認めるんですか? さ、鮫島さん……」
怯えながら言う椿に、鮫島は首を縦に振る。 鮫島はもう、何も隠そうとはしていなかった。
「おうよ。 だって屋代は占い師確定じゃねぇか。 それに黒を出された以上、もう諦めるしかねーって。 わりぃなクレア」
「……どうして私に謝るのかしら? 人狼さん」
「へへへ」
口を滑らせた……? いや、それにしてはさすがに間抜けすぎるか? ってことは、そう思わせるためにわざとか? つまり、クレアは人狼ではない? それとも、それともまたその裏か?
「あっはっは! 良いね良いね! 疑えよお前ら。 これだけは言っても良いってことだから言っといてやるぜ。 アタシの他にももう一匹、お前らの中に人狼が居る。 つうかよー、聞いてくれる? 本当だったらもっと早い段階でチェックメイトまでいけるつもりだったんだぜ? なのに、夢島のクソ野郎が、まんまとやられやがって……。 ま、居たら居たで足引っ張ってただろうから、処刑されて良かったかもな」
まるで人のように、喜怒哀楽を交えながら鮫島は話す。 それに、人狼がもう一匹居る……か。 それは恐らく、本当のこと。 だとしたらその居場所はどこだ?
「え、でも、それって」
「西園寺さん」
何かを言おうとした西園寺さんの言葉を俺は止める。 知っているよ、それは。 だけど、今はまだ言うべきではないことだ。
「黙りなさい獣の分際で。 あなたは今日、処刑されるの。 分かってるんですか?」
「おうおう、怖いねえクレアちゃん。 つうかさ、アタシはずーっとお前を食いたかったんだよなぁ。 若い女って本当に美味いんだぜ? 肉も噛みごたえがあるし、すっげぇとろけるような味なんだ。 勿論それは人狼でも一緒でさぁ? あーやべ、よだれ出ちまうよ」
嬉しそうに、鮫島はクレアと西園寺さんを見る。 その視線に西園寺さんは後退り、間に割って入るように、俺はいつの間にか動いていた。
「お前が人狼なら、教えてくれるか? 一つ、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ? 成瀬。 あー言っとくけど、相方は教えないぜ?」
「そうじゃない。 俺が聞きたいのは、二日目のお前たちの噛み先だ。 明らかに狂人である有栖川の姉を噛んだだろ? どうしてだ?」
未だに腑に落ちない点。 あそこでわざわざ仲間を噛む理由がまったく分からない。 人狼視点から見ると、デメリットでしかないのに。
「あーあれね。 いやいや、アタシは言ったんだぜ? ちょっとそこ食うの!? ってな。 けど「無能はいらない」って言われちゃってさー。 ま、仕方なく食ったんだよ。 ちなみにあいつも結構美味かったぜ。 痩せてる所為で腹一杯にはならなかったけどよ」
「は、腹一杯って……うっ!」
生々しい言葉に、椿は声を漏らして倒れる。 今まで死体を見てぎりぎりといった感じだったが、ついにぶっ倒れたか。
「あっはっはっはっは! ひ弱だねぇ、椿クン。 にしても最初の爺さんはさすがに不味かったぜー。 まるでゴミを食ってるような感覚だったよ。 おかげで腹の調子が悪い悪い」
「……だったら」
「西園寺さん?」
「だったら! だったらどうしてそんなことをするの!? あなたも、人を食べなければ人間なのに!」
俺の体を押しのけて、西園寺さんは叫ぶように言う。 声を荒げているところを見るのは随分久し振りのことだ。 それこそ、あの七月以来のことだった。
「あー? 決まってるじゃん。 お前らが飯を食うのと一緒。 ありがたーいお言葉頂いて恐縮だけどよ、アタシは生憎、狼なんだ。 お前たちみたいな人間を食うのは楽しいし、びびって怯える姿もこれ以上ないってくらい愉快だ。 今日食った女は、なーんかノリ悪かったけどな」
「……良かったよ。 鮫島さん」
「ん? 何が?」
「あんたがゴミみたいな奴で、良かったよ。 処刑するのを躊躇わないで済むからさ」
「へへへ、そりゃどうも。 にしても、今回は一体どうなってんのかねぇ。 狐の影もなきゃ、狩人様の影もねぇ。 正直クッソ楽に勝てると思ったのに、なんだかめんどいことになってるしよ。 お前らも気を付けろよ? 変に調整されてるみてーだ、今回のゲームは」
「忠告はいらねぇ。 俺直々に殺してやりたい気分だよ、獣め。 てめぇに木葉が殺されたって思うと、本当に自分が情けなくなってくる」
「あっはっは! あーそうか、お前は今日の飯の片割れだっけか? そういやよ、お前に伝えて欲しい言葉があるって言われてんだ」
屋代さんに、伝言? 何か大事なメッセージか? 残る人狼を暴き出せるような、そんなメッセージか? だとしたらどうにかして、その内容を聞き出さなければ。
「……騙されねぇぞ。 お前は今日、確実に処刑する」
「いや良いって良いって。 死に際の言葉を伝えることくらい、別になんも不利にはなんねーし」
後頭部をぼりぼりと掻いて、鮫島は続ける。 あっさりと、木葉ちゃんの最後の言葉を。
「また会おう。 だってよ」
……ああ、勘違いをしていた。 その言葉はきっと、どんな情報よりも大事なものだ。 屋代さん以外の全員にとっては必要のない言葉かもしれないけれど、屋代さんにとっては何よりも大切な、一番大切な人からの大切な言葉。
「……木葉」
目を瞑り、屋代さんは呟く。 その顔からは、もう悔しさなんてものは感じ取れない。 あるのは、仲間への信頼。 生まれてからずっと一緒に時間を共にしてきた友への信頼だ。
……西園寺さんが言うところの「人の気持ち」ってのは多分、こういうことなのかもしれないな。
「その部分だけには礼を言わせてもらう。 無論、処刑はするけどな」
「構わねーよ。 アタシも少し疲れたからなぁ。 相方には悪いけど、先に休ませてもらうことにすんよ」
投票先は決まりだ。 椿の霊能結果から見て、残るグレーは俺とクレアと桐生院。 釣り回数は今日も含めて三回。 椿が狂人かどうかは置いておいて、鮫島の言葉が本当ならば、もう一匹の人狼はクレアか桐生院だ。
「……明日で、見つけたいね」
西園寺さんの声は小さい。 いつもより元気はなく、弱々しい。 一刻も早く、こんなくだらないゲームを終わらせなければ。
「そうだな。 最悪明日、ミスをしたらゲームオーバーだ」
「え? どういうこと?」
俺の言葉に、西園寺さんは困惑した表情を浮かべる。 そういや、それの説明はしていなかったっけ。
「パワープレイができるってこと」
パワープレイ。 村人の特権である処刑投票を人狼側に制圧されることだ。 仮に今の状況なら、明日の朝の時点で人数は五人になっている。 そして、その次の日は三人。 この時点で人狼側が狂人も含めて多数側になれば、その時点でゲームが終わる。 人目を憚らずに人狼であること、狂人であることをカミングアウトして、試合終了。 一歩間違えればそんな状況になるのが、今だ。
「そんな……。 成瀬くん、大丈夫なの?」
「分からない。 でも、やれるだけやるさ」
それでもしも俺が死んでも、せめて西園寺さんには生きて欲しい。 俺の何倍も人間らしい西園寺さんに。
死ぬのはやっぱり怖いけど。 それでもこんなときに女子を守るのが、男ってもんじゃないだろうか。 なんて、堂々と言えるほど俺は格好良くないけども。
「処刑先は決まりだね。 次の問題は、今日の占い先だけど」
指を鳴らして、桐生院は言う。 まとめ役としてはありがたい反面、今回の状況では厄介な存在でもある。
「俺としては今日、成瀬君を占って欲しいかな」
「白に近い俺をか? あんた、昨日自分が言ったことを忘れたのかよ?」
「忘れてないよ。 でも、俺の視点から見たら君かクレア君が人狼なんだよ。 だから占うのはクレア君でも良いんだけど、どうせならスマートに人狼を見つけて勝ちたいじゃないか」
「そりゃ俺も一緒だ。 俺目線、クレアかあんた、そのどっちかが人狼だからな。 可能性としてはまぁ、半々だけど」
未だにどちらかが人狼かは分からない。 怪しさで言えば、二人はほぼ一緒だ。 そして選ぶ方を失敗すれば、終わる可能性もある。
「私も成瀬を占って欲しい。 いくら村人側っぽくても、怪しいのは変わらない。 成瀬を占って、真偽をはっきりさせたいの、です」
クレアは桐生院と同意見……か。 これに関してはどっちに転んでも不思議ではないけど、今日の占い先が俺というのは避けたい事態なんだよな。 知っている俺からしたら、明らかに無駄な一手だから。
「わたしは、桐生院さんを占って欲しい。 今の今までグレー部分で、会議の中心なのは桐生院さんも一緒なので」
「半々か。 最終的に決めるのは俺で良いのか?」
「あれれ? アタシの意見は!? アタシは自分自身を占うっていう一発芸を見せて欲しいんだけどー。 あ、でもアタシは今日殺されんのか。 あっはっは!」
随分とお喋りな狼だなおい。 無視無視。
「……クレアか、成瀬か、桐生院。 分かった、占い先は決めておく」
「一応、宣言はしておいて欲しいかな。 まだ妖狐だって占って殺していないから、さ」
「ああ、それじゃあ今日の投票で、俺だけ占い先に入れるってのはどうだ? 他の奴らが票を合わせれば、狂人と人狼が合わせて三人いても、問題はないだろ?」
まぁ、そうだな。 もしもそれで投票先で妙な動きがあれば、そいつらが人外だというわけだ。 投票先を示し合わせる時間も場所もないここで決まった話ならば、問題はない。
「オーケー。 それじゃあ最後に言っておくけど……俺から明日、話がある。 今言えるのはそれだけだ」
桐生院から、話? 一体この状況で話とはなんだ?
……まさか、こいつ。
「私からは特にないです。 ただ良い流れに持っていくためには、成瀬を占ってください。 勿論、村のための良い流れとして」
クレアはクレアで、一体こいつは何を企んでいる? こいつの綺麗な青い目が、今では底が見えない色のようで……若干だが、恐怖を覚えてしまう。 この状況までこいつを生かさせていたことは失敗だったか?
「……俺からは、特にない。 屋代さん、あんたの好きなようにしてくれ」
そして、時間はやって来る。 一日でもっとも嫌な時間で、もっとも長く感じる投票時間。 しかし今日の投票は、時間も嫌な思いもせずに済みそうだ。
『投票時間になりました。 投票先を決めてください』
お決まりのアナウンスと同時に、全員が強制的に押し黙る。 モニターに並んだ俺たちは、今日の投票を着々と済ませていった。
成瀬陽夢→鮫島憐。
西園寺夢花→鮫島憐。
屋代元→成瀬陽夢。
桐生院庄司→鮫島憐。
椿薫→鮫島憐。
鮫島憐→屋代元。
クレア・ローランド→鮫島憐。
『投票結果。 鮫島憐さまが五票となりましたので処刑です。 お疲れ様でした』




