三日目 昼 【2】
「わぁ……綺麗な音」
探し物を見つけた俺たちは、海岸へと並んで座っている。 木葉ちゃんが持っているそれからは、とても綺麗な音色が流れていて、目の前に広がっているキラキラと輝いている海と、まるで共鳴しているかのようだった。 風の音と波の音、そしてオルゴールの音色。 夢だと思わせないほどの場所になっていた。
「小さい頃と一緒です。 何年も前なのに、何も変わってない」
大事そうに音色を出しているオルゴールを抱きかかえて、木葉ちゃんは言う。 それがとても、嬉しいのだろう。
そっか。 変わった方が良いものがあるように、変わらない方が良いものだってあるんだ。 それは俺たちが年齢を重ねていって成長していく変化と、今こうして木葉ちゃんが大切に抱えているオルゴール。 前者は変わっていくものだけど、後者は変わらない物。 一概に全部が全部そうだとは決められないことだ、これは。
「……俺の役目も、終わりか」
俺の隣で、屋代さんはそう呟く。 嬉しさと悲しさが混じったような声色で。 多分、木葉ちゃんとの約束を果たした後のことでも考えているのか。 二人でしたその約束が終わった後のことを。
「そうでもないんじゃないかな」
その言葉に、屋代さんは怪訝な顔付きで俺の顔を覗き込む。 しまった、ついつい口が開いてしまった。 それにいつもなら絶対に思わないことを俺は思っている。 その所為というのも、もしかしたらあるのかもしれない。 異常な状況だからこそ、俺はそんなことを思って口走ってしまったんだ。
「ああいや、なんでもない……ってうおっ!?」
屋代さんにそう言って、顔を逸そうとしたその瞬間。 目の前に見知った顔。
「えへへ、成瀬くん」
西園寺さんだ。 たまに思うんだけど、西園寺さんってもしかして俺の心臓を止めにかかっているのか? 驚かせ方が「顔を近づける」という定番パターンではあるけど、その定番パターンが一番ビビるんだよな。 やめて欲しい、切実に。
「な、なんだよ。 変なこと言ったか?」
「ううん。 でも、成瀬くんでもそう思うことがあるんだなって」
えへへ、と彼女は笑って言う。 というか会話を聞いていたのか、西園寺さん。 盗み聞きとは関心しないぞちくしょうめ。
「……別に深い意味はないって。 ただなんとなくそう思っただけで」
「でもだよ。 それでもそう思ったのなら、わたしは嬉しいです。 ね?」
ね? と言われてもな。 本当に思わずといった感じだったんだけど……。 あれ? けど、思わず言ってしまったってことは、そう思っていたからってことか? うーむ……良く分からん。 人の気持ちを知るのも中々に難しいことだけど、自分のことが一番難しいのかもな。
「相変わらず仲が良い奴らだ。 ……っと、木葉」
腕を組んで悩んでいる俺の隣で、屋代さんは笑ったあと、唐突に口を開く。 呼ぶのは、木葉ちゃんの名前。
「はい、何でしょう?」
「ありがとう。 今までのこと、色々とな。 こんなことに巻き込まれちまったけどよ、目的を成し遂げられて良かったと俺は思う」
「ええ、屋代さんのおかげです。 僕も……ありがとうございました」
にっこりと笑い、木葉ちゃんは屋代さんに頭を下げる。 それは俺や西園寺さんに向ける笑顔とは少し、違っている気がした。 信頼しているパートナーに向ける顔。 そんな顔だ。
「それでな、街に帰ったら終わりにしようと思っている。 お前の父親……頭が作ってきた組織を」
探し物をしている途中で聞いた話だ。 既に、残されているのは屋代さんと木葉ちゃんのみらしい。 だから、二人が止めようと思えばいつでも止められる。 真っ当な道に戻るのは難しいだろうけど、それでもそれを選べば可能性は見えてくる。 屋代さんはきっと、木葉ちゃんにそういう道を進んで欲しいのだ。
「あはは、何を言っているんですか、屋代さん。 僕たちは悪人ですよ。 確かに悲しいことは多いですけど……。 それでも僕は、止めようと思ったことはないんです」
「……どうしてだ? 今からでも、手遅れってことはない。 今はもう、俺とお前だけの組織なんだ。 続ける必要もないだろ?」
「あります。 あるんですよ、屋代さん」
俺と西園寺さんは黙って聞く。 一つの想いと一つの想いがぶつかり合っているそれに、耳を傾ける。 俺たちなんかよりもよっぽど長生きをしてきた二人の言葉を。
「それは? 」
「怒らないでくださいね? ちょっと恥ずかしいんですけど」
木葉ちゃんはそう前置きをして、言葉を紡ぐ。 オルゴールの音色を聞きながら、海の向こうを眺めながら。
「だって、終わりにしたら僕と屋代さんの関係も終わりじゃないですか。 それが嫌なだけです」
「……」
たったそれだけの理由で。 とでも言いたそうな顔付きを屋代さんはしていた。 この人はどこか、俺と似ている気がする。 人の気持ちを汲み取るのが苦手なタイプ、ということだ。 傍目から見たら、こうまで分かりやすいものなんだなって、そんなことを俺は思う。 やはり、難しいのは自分の気持ちってことかな。
「文句ありますか? 僕の部下なんですから、従ってください。 これからも僕たちは変わらず悪人です。 だから屋代さん、付いて来てください」
木葉ちゃんは言うと、頭を下げる。 それはお礼にも、頼みにも、挨拶にも見えた。 或いは、その全てが含まれているか。
「……そうだな。 お前がそれを望むなら、俺は全力で応えよう」
正しくはないだろう。 この二人は間違ったことを続けると、間違い続けると話しているのだから。 でも、俺にはそれに対して何かを言う権利なんてない。 これは西園寺さんと関わって学んだことだが、人の気持ちは誰かが決めることではなく、自分自身が決めることなのだ。 それを俺はあの七月で、学んだ。
言葉をかけることはできないけど、手助けをすることもできないけど、せめて心の中でくらい、頑張れって思っても良いんじゃないかな。 そう思うのもまた、俺の気持ちなのだから。
「そろそろ時間ですよ。 というか、あなたたちは一体何をしているんです? 青春です?」
その後、並んで黄昏れていた俺たちに声をかけてきたのはクレア。 振り返ってみると、片手でウサギのぬいぐるみを抱き抱えたまま、海風によって乱れる髪を抑えている姿が目に映った。
「えへへ、クレアちゃんも一緒にどーぞっ。 気持ち良いよ」
「お断りしますです。 それよりも、成瀬陽夢。 あなたに話があるので来てください」
ピシャリと西園寺さんの提案を却下し、クレアは言う。 俺に話とは……なんだ? こいつには警戒をしていた方が良いと思うけど……どうする? 乗るか、乗らないか。 安全策でいけば、イレギュラーな要素は極力省いておきたい。 妖狐の特定はもう既に大分終わっているが、問題はこういうイレギュラーをどうやって回避していくか、だ。
「……」
そんな思考をしながら黙っていたところ、首根っこを掴まれる。
「私が来いと言っているのだから、早く来いです」
若干変な敬語を使い、俺の体を軽々と引っ張る。 え? なにこれ、回避不可能なイベントだったのか? マジかよ聞いてねえぞ!?
「いてててっ! 待て待て待て! 俺は行くなんて言ってねえぞ!」
「え? だから、何ですか?」
酷い。 こいつは酷い。 西園寺さんが優しくて酷いタイプ……たまに言う冗談だとかな? んで、西園寺さんがそうならば、こいつは酷くて酷い。 外人ってのはみんなこうなのか?
それに、なんつう力だよ。 俺って一般的な成人男性並みには体格もあるはずなのに、それを片手で引っ張るって。 体格と力が見合ってなさすぎて恐怖を感じるぞ。
「成瀬くん」
そうだ! そうそう、そうやって助けてくれ。 俺は困っているんだ。 こういうときに友達としては「わたしの成瀬くんを取らないで!」とか言う場面だろ? あ、違うな。 友達としては「成瀬くんに何か用事?」と言って割って入るのが正解か。 ちょっと願望が入ってしまっていた。
「また後でね。 ばいばい」
おい、バイバイじゃないよ助けてよ。 なんでそんな楽しそうに微笑んでいるんだ。 悪意はないんだろうけど、やっぱり西園寺さんは優しくて酷い人だ。
「……お前、なんか企んでいるだろ」
「さぁ? どうですかね」
そして満足な答えを得られないまま、俺はずるずると引きずられ、連行されるのだった。
「単刀直入に聞くです。 成瀬陽夢、あなたは共有者ですか?」
洋館の裏。 ひと目に付かないところまで俺は連れて来られ、乱暴に手を放されて地面へと尻餅を付いた俺を見下しながら、クレアはいきなりそんなことを言う。 なんだってんだ、いきなり。
「村人会議以外での探り合いはなしってことだったけど」
「はん、そんなの知ったこっちゃないです。 もう一度だけ聞いてあげます、あなたは共有者ですか?」
……まぁ、その点に関しては俺も言えたことじゃないがな。 にしても、ここまではっきりとした聞き方をしてくるとは。 こいつ、一体何を考えていやがる? クレアの立場……こいつは、村人か狼か、それとも。
いや、まずはここでの受け答え。 この場面で返すとしたら。
「そうだ、俺は共有者だ」
目を真っ直ぐ見て、俺は返す。 変に逸らしたり、曖昧にするのは危険だ。 もしも俺の素性がただの村人だとバレたら、他の奴らから見たら狂人にも見える言動を俺はしているのだから。 それがクレアに知られるのは、なんだかマズイ気がする。
「そうですか。 面白いですね、私も共有者なのに」
「は?」
待て、こいつが共有者だって? あり得ない、俺が見た役職には共有者は存在しなかったはずだ。 ならば、こいつは嘘を吐いている?
いや……そもそもの話、あの役職一覧は信用できるのか? あの番傘の男はひと言も、ここにある全てが配置された役職だとは言っていない。 あくまでも役職の一覧というだけであり、隠されている可能性は捨て切れない。 つまり、それは俺と西園寺さんにすら伏せられている可能性だってある。 その場合は……。
「妙ですね。 ちなみに私の相方は生存中。 鮫島憐……彼女が、私の相方ですよ」
「……そうか。 つまり、共有者は二組居るってことか」
「何を馬鹿なことを言っているんです? 共有者が二組も居たら、人狼がいくら三匹だと言っても勝ち目が薄すぎる。 そんな設定はバランス崩壊も良いところ。 十五人の設定で、人狼が三、狂人が三、狐が一、占い師が二、霊能力者が一、狩人も一、それに共有者が二組も居たら、圧倒的に村人陣営が有利になりますよ。 全員が役職持ちの村はないと言っても良い。 あったとしても共有者二組はあり得ない。 まぁ可能性の話ですけど……あなたがゲームを作る側だったとして、そんな設定にするんですか?」
しないな。 居てもせめて、共有者は一組が良いところだ。 だから想定外の事態なんだよ。
まさか、本当の共有者が居るとは……計算違いだぞ、くそ。 マズイ、思考が回らない。 だから苦手なんだこいうのはよ!
「つまり、そうなるってことは、お前が偽ってことだな」
言い逃れ方としては、それしかない。 クレアの言っていることが真実なら、俺は村人陣営の奴を敵に回すことになる。 まったく面倒なことになってきやがった……余計なことをしてくれたな、あの番傘男め。
「それは本気ですか? 成瀬陽夢」
「ああ、勿論」
これは駆け引きじゃない。 明確な、敵としての認識だ。 そもそも、俺には突発的な駆け引きは向いていないからな。 整理する時間がないこの状況なら、とっとと他のボロを出すよりも決別した方が楽だ。
だが、クレアは言う。
「なるほど。 やはり私の考えは間違っていないようです。 一安心しましたよ、成瀬陽夢」
「は……? どういう意味だ?」
クレアはそこで、こめかみに指を押し当てながら言う。 頭を使えと言わんばかりの言い方で。
「カマをかけたんです。 私の役職は共有者ではないので。 あなたが本当に信頼できる人間なのか、試させてもらいましたです」
カマをかけた、だって?
……やられた。 けれど、この場合は良い方へと転んでくれた……か? 俺にはそこまでを計算している余裕はなかったけど、運は俺に味方してくれているのかもしれないな。
「で、その結果は?」
「ほぼ、信用しても良い。 といった感じですかね。 だけど、あなたが私のことを信頼する必要はないのでご心配なく」
「ほぼ……ね。 その残った数割の疑いは?」
「あなたが、別の目的を持っているんじゃないかという疑いです。 それについては、今この場では聞きませんが」
……こいつ、一体どこまで理解しているんだ? やはり、一番ヤバそうなのはこいつだ。 下手をしたら、桐生院というあの男よりも厄介だ。 勘の鋭すぎる奴は、却って邪魔にしかならない。 そしてこいつの場合、その勘というのをほぼ確信している言い方だ。 この上なく、危険な存在。 敵ならば、真っ先に消さなければならない存在。
そんな言い表しようのない危機感を俺は受けた。 こいつは危険な存在だと、警鐘が鳴っている。
吊る、か? 俺がうまいこと誘導して、厄介な存在で間違いないこいつを。
いや、待て。 こいつが俺を試したその行動原理は恐らく……村人陣営だからこそじゃないか? だとしたら、安直に吊り誘導するのも悪手かと思える。 まず、今日するべきことは、霊能力者のローラー。 それは変わらない。 その間に人狼がこいつを噛んでくれれば、無駄な手間を省けるじゃないか。
俺もつくづく、このゲームに乗せられているな。 こんな簡単に人を切り捨てようとしているなんて。 まぁ、俺一人だとこんなものかもしれないか。
……余計なことを考えるな。 するべきことと目的だけを見据えろ。 冷静に考えてもそれが安全策かと思われるんだ。 まずは、それに賭けてみようじゃないか。
「では、そろそろ時間です。 行きますよ、成瀬陽夢」
「そろそろその変な敬語を直してくれよ。 それに、一々フルネームで呼ぶな」
「ふむ。 それなら、陽夢です?」
顎に手を当てて、クレアは言う。 なんだかその仕草は探偵のようにも思える。 背が小さい所為でごっこ遊びみたいだけど。
「……苗字にしてくれ」
「オーケー。 成瀬、行きましょうです」
言いながら、クレアは歩き出す。
「敬語を元にってのは飲まないのか」
そして、そんな背中に声をかける俺。 こうして話している分には、特に危険な奴だとは思わせない。 だけど、こいつの本質は計り知れない。 まずは今日、こいつがどんな発言をするのか注意深く見ておこう。 そして明日もあるのなら、こいつの動きには気を付けた方が良さそうだ。
「日本語は難しいんですよ。 だからそのくらい我慢しろです」
こうして、俺とクレアは洋館のロビーへと向かって行った。




