三日目 昼 【1】
「僕と屋代さんは、悪人なんです」
話は、そんな木葉ちゃんのひと言から始まった。
「悪人? 屋代さんはともかく、木葉ちゃんはそうは見えないけど」
「おい」
俺が言うと、すかさず睨みを効かせる屋代さん。 そういうところが如何にも悪人だってことを伝えたい。 というか、俺ってもしかして口が滑りやすかったりするのか? 無意識的に言ってしまってたよ。 だとしたら、気を付けないとな……俺自身のために。 今後生きていく上での課題の一つだ。
「……あはは、成瀬くん怒られてる」
「……」
「に、睨まないでよ。 ね? えへへ」
まったく調子が狂う……。 最近たまに思うのだが、西園寺さんって案外からかってくるんだよな。 それも相当軽いジャブみたいなものだけどさ。 俺にとっては相性が良いのか、すっげえ痛いけど。
「まあまあ、喧嘩はやめましょう」
言ったのは木葉ちゃん。 なんてこった、年下に窘められてしまったぞ。 なんだこの情けなさ。
「ですが、僕が言ったことは本当ですよ。 屋代さんは、僕の部下なんです」
「……部下?」
ってことは、木葉ちゃんが上司ってわけか……? 到底そんな風には見えないが。
「あーったく。 好き放題ペラペラと言いやがって……。 仕方ねえ、分かりやすく言うぞ。 俺と木葉はこれだ」
言いながら、屋代さんは親指で頬の辺りを切る仕草。 いや、それはもう大体予想していましたけどね。 でも改めてそうだと言われると……なんだか威圧感が倍増した気もしなくもない。 というか、やっぱり関わりあっちゃいけない人たちだったんじゃないか!
「ってことは、木葉ちゃんが上司ってのは」
「俺たちの頭の娘だ。 つうか、お前さっきから「木葉ちゃん」って言ってるけどよ、こいつお前らより年上だからな」
マジか!? 詐欺じゃねえか!? 絶対見た目的に年下だと思ってたんだけど!? って言うより、良くて小学生くらいだと思ってたんだけど違うのかよ!?
「へ? あれ? えっと……それだと、何歳なんですか?」
西園寺さんは、頭を左右に振り子のように振りながら言う。 余程の疑問なのだろう。 分かりやすい人だ。
「さぁ? もう忘れてしまいました。 遠い、昔のことですよ」
そう言う木葉ちゃんの顔は笑っていたけれど、その笑顔は取って付けたかのようなもの。 触れたらすぐにでも崩れてしまいそうなほど、作られた笑顔のように感じた。
「遠い昔って……いや、それならその、屋代さんたちの頭である人っていうのは」
「亡くなったよ。 少なくとも、俺が生まれたときにはもう居なかった」
屋代さんの見た目的に、三十近い感じかと思われる。 そして、その屋代さんが生まれたときには既にこの世に居なかった。 つまり、木葉ちゃんはそれよりも年上ってことか? その見た目でその年齢。 一度だけ、そういう病気の話を聞いたことがある。 確か。
「ハイランダー症候群、ですか?」
「……西園寺さんは、物知りなんですね。 正解です」
ハイランダー症候群。 それは、俺も聞いたことがある。 なんでも、歳を取らない奇病で、死の数日前に突然老化が始まるというもの。 そしてその命は、普通に生きている人よりもよっぽど短い。
「成瀬さんもご存知のようで。 僕はもう、あまり長い命だとは言えないんです。 だから、探しものをしているんですよ」
「……治療薬か何かをってことか?」
俺が尋ねると、木葉ちゃんは首を横に振って否定した。 そうではないとすると……なんだ?
「宝物です。 僕と屋代さんの、大切な宝物」
「……もう良いだろ、木葉。 こいつらに話してもメリットなんてない。 さっさと続けるぞ」
「あはは、怒られちゃいました」
言って、木葉ちゃんと屋代さんは俺たちに背中を向ける。 どうやら、その探し物とやらを続けるつもりか。 それに関しては止めようとは思わないし、むしろそっち系の人ならば関わり合わない方が無難ではあるだろう。 そこまで思い、今この場所が夢の中というのを思い出す。 どうにも、現実味がありすぎて錯覚してしまう。
「んじゃ、俺たちは戻ろうか。 西園寺さん、行こう」
これ以上話すことはない。 そう判断して、俺は振り返って西園寺さんの手を引く。 否、引こうとした。
「待って、成瀬くん」
「……えーっと」
嫌な予感。 果てしなく嫌な予感。 西園寺さんの横顔と、この場から離れようとしない意思。 ああ、そういうことね。
「屋代さん、木葉ちゃん。 わたしと成瀬くんもお手伝いします」
しっかり俺も巻き込む辺り、ちゃっかり者の西園寺さんだ。 いやもう良いけどさ……。
「本当ですかっ!?」
こうして、会議までの数時間の間、俺と西園寺さんは二人の探し物に付き合うこととなった。
「なぁ、休んで良い?」
「あ? おい、男に二言はなしだぞ。 やると言ったら最後まで付き合え」
休憩を求める俺に対し、そんなことを屋代さんは言う。 そもそも俺、ひと言も「やる」なんて言ってないんだけどな。 恨むぞ西園寺さん。
そんな俺たちが探しているのは、砂浜。 どうやらこの砂浜のどこかに、屋代さんと木葉ちゃんの探し物とやらが埋まっているらしい。 一応、その探し物はオルゴールで、鉄の箱に入っているとのこと。 そんなわけで、手分けして捜索中。
屋代さんと木葉ちゃんは遠い昔、この島へ来たことがあるらしく、そのときに埋めたというのだ。 二人がまだ同じ年ぐらいのときに。 いつかまた来て掘り返そうと。
「あ、見て見て木葉ちゃん、星の貝殻!」
「あはは、綺麗ですね。 僕も探します!」
そして、目的を見失っているのが約二名。 本当に探す気あるのかこいつら。 ていうか、手伝うと言い始めた西園寺さんが遊んでいるとはどういう了見だ。 俺と屋代さん任せかよ……。
「昔は、あいつも笑ってたんだ」
そんな光景を見て、俺と一緒に探していた屋代さんは口を開く。 どこか遠い場所を見ているような、そんな顔付きで。
「今も笑ってるだろ?」
「違う。 今のあれは、ただ張り付けているだけなんだよ」
そういや、さっきも俺と西園寺さんに笑顔を見せたっけ。 そのときのそれも、今屋代さんが言ったような感じではあったか。
「俺が小さい頃、あいつは毎日俺と遊んでくれた」
「へえ……」
言わば、幼馴染というやつだろうか? 複雑な関係ではあるだろうから突っ込んで聞きはしないが、屋代さんの口振りからそんな印象を受ける。
「救われたんだよ。 俺もカタギではなかったから、暗くて冷たい毎日を送ってる中で、あいつだけが救いだったんだ」
それを聞いて、俺は一つ理解する。
……ここに居る人たちは全員、生きているんだって。 俺や西園寺さんと同じように、今までがあって今があるんだと。 そんな今更なことを理解する。 人間として生きてきた今までがあるんだ。
いくらあの番傘の男によって作られた人たちであっても。 それは決して変わらない。
「それで、そのオルゴールってのは?」
だから聞いてみた。 もしかしたらそれは、俺が人を知れるチャンスかと思って。 西園寺さんのようにまでとはいかないかもしれないけど、多少は近づけるんじゃないかと思って。
「約束したんだ。 あのオルゴールは、頭があいつに残した物だから。 たった一つだけのな。 それであいつは俺に向けて「いつか一緒に掘り返しましょう。 お宝探しをしましょう」って言ってさ」
屋代さんは続ける。 海を眺めながら。
「だから……それを見つけてやるって、約束した。 もう十年以上前の話だが」
難しいな。 それが本当に今もここにある保証なんてないし、何よりそんな昔の物を今更探して、見つかるわけがない。 もしも俺が屋代さんの立場だったなら、成し遂げられないことだと思って、約束すらしなかっただろう。
「それが俺の礼儀だ。 そして、恩返しだ。 そのくらいしか、出来ないからよ」
思うことは、二つ。
「やっぱり、俺には分からない。 理解できないって言っても良い」
「それも無理のない話だ」
俺にはどうにも、そういった感情が理解できない。 できないことを約束しても、それは無駄なだけだ。 それならさっさと見切りをつけて、約束を変えるなり破るなりすれば済む話。
でも。
「……だけど、それであんたらが幸せなら、別に良いんじゃないか。 俺も西園寺さんもどうせ暇だし、このゲームが終わるまでの間なら付き合っても構わない」
それに手を貸すことくらいなら、別に良いかなって、そう思う。 昔の俺ならどうだったかとか、現実的じゃないとか、無謀な話だとか、そういうのじゃないんだ。
大事なのはきっと、当人が納得できるかどうか……じゃないだろうか。
むう、やはり難しい。 もしも西園寺さんならば二つ返事で答えを出しそうなものだけど、俺にそれができるのは一体いつになることやら。
「感謝する」
そう言い、屋代さんは深々と頭を下げた。 その姿には色々な何かが詰まっているような、そんな感じを受ける。 果たしてそれが善意なのか悪意なのかは、俺には分からない。 いや、分かってはいても分かろうとしないだけ……というのが正しいか。
そうだ。 第一に、こんなことをしている場合ではない。 俺のすべきことは決まっているじゃないか。 この十五人の中に隠れ潜んでいる妖狐を見つけること、それが今回の目的。
「……んじゃ、お礼ついでに教えてくれ。 あんたは狐か?」
「いいや、俺は占い師だ。 それに成瀬、場外での探り合いは禁止だぜ?」
「悪いけど、俺にはそんなルールに従った記憶はないんでね」
脆すぎるルール。 それがあの桐生院が定めたルールだ。 無限に繰り返す世界のルールをクリアした俺にとっては、まるで薄っぺらい紙のようなルール。 そんなのに従う道理もなければ、義理もない。
「そうかよ。 でもお前、面白いことを聞くんだな。 狼か、ならまだ分かるが……」
「それはあれだ、俺と西園寺さんの目的は別の場所にあるからだよ」
言ったところで、変わりやしないだろう。 俺と西園寺さんの目的が「村人陣営の勝利」ではないことも。 所詮、一人に知られたところで何も変わりやしない。
「ワケありってことか。 まぁ良い、それよりさっさと探し物を続けるぞ」
それもそうだな。 少々、話し込みすぎていた気がする。
だが、再び捜索を再開しようとしたところで、声が聞こえてきた。
「……あ、あった!! あったよ木葉ちゃん!! ほら!!」
まったくどうやら、サボっていたのは俺と屋代さんの方だったらしい。 顔を見合わせた俺と屋代さんは、多分一緒のことを思っていたと思う。 そんな些細な人の気持ちを知れた一瞬だった。




