三日目 朝
どうして。
待て、考えろ。 どうして有栖川弥音が人狼に噛まれた? あの人は俺側から見ても、村人側から見ても、人狼側から見ても、狂人だったはずだ。 人狼という線も万が一の可能性としてあったが、こうやって今日の朝噛まれることによって否定されている。 そして、それが同時に混乱させる。
……間違えた、のか? 何かを見落としていたのか? しかしそうだとすると、有栖川姉が本物の占い師だったとすると、辻褄が合わないことが多すぎる。 まず、そうだ。 屋代さんと鈴見はどうなる? あの人たちは、ほぼ本物と見て間違いはないはず。 ならば必然的に、有栖川姉は狂人か人狼ということになるよな? そして人狼がそこまで人員を割くとは思えない。 なら、あり得ることは。
そんなとき、一つの可能性が頭に浮かんできた。
まさか……占い師は人狼側で、やったのは身内切りか? だとしたら納得が行く。 鈴見が人外で、初日にいきなり黒を引き当てた振りをしたのも信頼を得るためか? 身内であった夢島を切るために……。 そして夢島は、自ら人外であることをアピールするために、わざと見え透いた罠に嵌った?
いやだけど、その考えだと有栖川姉の占い結果が妙だ。 有栖川姉は初日に夢島を占って、白と出している。 そして二日目の占いで鈴見のことを占い、結果は黒。
この状況で、考えられるパターンは……。
俺が今日という日の朝を迎えるまで思っていたパターン、つまりは屋代さんと鈴見が本物というパターンだ。
これが一番しっくりくるし、無難なところでもある。 恐らくは誰もがこうだと思っていたはずだ。 そして間違えている可能性も限りなく低い。
しかし、最悪のパターンを考えろ。 この状況で最悪のパターンは。
屋代さんは、ほぼ白で間違いはない。 その流れで行くと、夢島が黒だったのは確定だ。 だとすると……芋づる式で有栖川姉も、人外ということになる。 あの人は夢島に白の判定を出してしまっているんだ。
落ち着け落ち着け落ち着け俺。 冷静に考えろ。 最悪はつまり、根本的に間違えていた可能性だ。 しかし、人狼側の戦略での狂人噛みだったら俺はまんまと騙されていることになる。 こうやって動揺している時点で罠に嵌っているんだ。 まずするべきことは、冷静になること。 落ち着いて、考えろ。
「成瀬くんっ!!」
そこまで思考したところで、俺の部屋の扉を開けて西園寺さんが飛び込んできた。 その目は赤くなっていて、まるでさっきまで泣いていたように。
「西園寺さん? どうしたんだ?」
「……や、弥音さんが。 弥音さんが、伝えられなかった。 気持ちを……伝えようって、言ってたのに、殺されちゃって……!」
言いながら、西園寺さんは俺に抱き着いてくる。 それに恥ずかしさも照れ臭さも感じず、いつもだったら慌てて引き剥がそうとも、それか宥めることをしていたと思う。 けど、そのとき俺が思ったのは……どうしようもないくらいの、自分自身に対する嫌悪感だった。
俺にはまったく、そういう考えがなかったんだ。 考えていたのは誰が人外かということで、まるで有栖川姉……弥音さんが、どんな気持ちかだったなんて、まるっきり頭になかった。
昨日はしっかりと考えていたのに。 寝る前までは考えていたのに。
目の前に謎が立ちはだかった瞬間、俺はその全てを切り捨てたんだ。 切り捨て、無視し、思考した。 それは「どうして弥音さんが死ななければ」という西園寺さんが今俺に打ち明けている気持ちではなくて。
どうして明らかに狂人である弥音さんが噛まれたのか、という思考だけだった。
「……落ち着け落ち着け。 今はそれよりも、早くに人狼を見つけ出すことが先決だ」
「うん……分かっている、よ。 けど……」
無理だと思った。 俺には恐らく、一生かけても西園寺さんのようにはなれない。 いくらそのときそう思っても、いくらその人と仲良くなっても、俺はほんの一瞬でそれを切り捨ててしまったんだ。
もしかしたら、西園寺さんが殺されたときにも、俺はそう思ってしまうのかもしれない。 西園寺さんの死を悲しむよりも前に、謎解きに頭を使うのかもしれない。
「……成瀬くんは、強いね」
……やめてくれ。 そんな風に俺のことを言わないでくれ。 俺はただただ、弱いだけなんだよ。
「やあ、おはよう」
それから、ロビーへと俺と西園寺さんは行き、状況の確認。 真っ先に挨拶をしてきたのは、桐生院。 この人も中々に頭が回り、もしも人外ならば厄介な存在だ。 だが、村人側だった場合は頼りになりそうでもある。 まとめ役としてはこの上ない存在。
「ああ、おはよう」
「はは、朝の挨拶は大切だからね。 それより彼女さん……西園寺君だっけ? 元気がなさそうだけど」
彼女ではないと言おうとしたが、やめる。 別に否定してもしなくても、この人はその呼び方を変えそうにはない。
「おいおいそれより、まずは朝のカミングアウトだろ? っつうわけで、占い結果から言わせてもらう」
どう返そうかと悩んでいる西園寺さん。 俺がフォローでもしようかと思ったところで口を開いたのは屋代さんだった。 そして誰かが何かを言う前に、結果を述べた。
「今日は西園寺を占った。 結果は白。 理由としては、微妙に前に出て来る姿勢が気になったからだ。 結果は村人だったけどな」
西園寺さんに白……か。 俺としては西園寺さんの立場が分かっている以上、無駄な占いとしか思えない。 でも、それは言ってもどうしようもないことか。
「うーむ、そこで西園寺かぁ? もっとズバッと人狼を見つけてくれよ、占い師さんよ」
腕組みをして、目を細めながら言うのは矢郷。 怪しくもなく、かといって村人だと断言できるほどの存在ではない。 こういうのが一番厄介だ。 分かりづらいポジションの奴が。
「そう文句を言うな。 俺は俺が怪しいと思ったところを占っている。 そこまで言うならお前だったらどこを占っていたんだよ?」
キッと矢郷を睨みつけ、屋代さんは言う。 すると矢郷は少しだけ身を引いて口を開いた。
「お、俺か? 俺だったら、そうだな。 そこのお嬢ちゃんとか。 がはは!」
指さす先にはクレア。 まぁ、悪くはない占い先だな、そこは。 こいつは少々、怪しい匂いが漂っているから。
「クレアか。 俺もそこは怪しいと思っているが、今のところミスリード的な発言はないからな。 西園寺に関してもそうだが、西園寺はどこか違う目線から見ている気がしたんだ」
矢郷の言葉に納得はしたのか、屋代は頷き、言う。 それは別に普通のことだったけど、俺が気になったのは最後の発言。
……随分鋭い奴だ。 西園寺さんを占った理由に、その「違う目線」というのが、人狼っぽくあったということだろう。 事実は少しだけ、異なるものだけども。
「ありがとう、と言えば良いんですかね? 私は。 けど、気安くクレアと呼ばないで欲しいですね」
「あ!? お前が初日にそう呼べって言ったんじゃねえか!?」
「違います。 私が言ったのはその二人に対してです」
クレアは言うと、俺と西園寺さんへと顔を向ける。 え? なに? なんで俺たちだけなんだよ?
「チッ……」
屋代さんはそれを聞き、居心地悪そうに俺と西園寺さんを睨む。 なんか、理不尽な恨みを買った気がするな。
「はいはい、喧嘩はなしなし。 次はあたしね、今日はごめん、占い先がかぶっちゃった。 西園寺ちゃんを占ったよ。 結果は白。 理由は……まぁ、ほとんど屋代ちゃんと一緒。 ごめんね、事前に話しておくべきだったかな? 占い先がかぶらないように」
「いや、それはしなくて良い。 ここでの会話は全員に聞こえるから、人狼の策に使われるかもしれない。 かぶったとしても、極力人狼側には情報を与えたくはない」
その案を止めたのは俺。 かと言って、ここで占い先かぶりか。 それに加えて、確実に人狼ではない西園寺さんを二人して占うとは。 運は案外、味方ではないのかもな。
「はー、つっかえねぇなぁ。 とっとと見つけねぇと俺たちが食われるんだぞ? ってわけで、つかえねー占い師は置いといて、霊能力者カミングアウトだ」
言ったのは、有栖川弟。 姉の死がついさっき分かったというのに、こいつは平然としている。
……違うか。 そうなるように、されているんだ。 人狼ゲームが行われるのをルールとして受け入れているのか。 人が死んでも何も思わず、人を殺しても何も思わない。 そういう風に認識を塗り替えられているんだ。 人狼ゲームという、殺し合いのゲームを進行する上での問題をなくすために。
「このタイミングで、か。 まぁ良いよ、聞こう」
桐生院の言葉に、有栖川弟は頷いて、続ける。
「ああ、そうだ。 霊能カミングアウト。 初日はクソババアだっけか? あいつは白だ。 そんで二日目のクソ女、あいつは黒だ。 これで良いだろ?」
ふむ。 結果は聞く限り妙なところはない。 だが、よりにもよってこいつが霊能かよ。 本当に大丈夫か?
と、そんな思考を遮る声。
「あ、あの……。 僕も、霊能力者なんですけど……」
恐る恐る手を上げながら言うのは、椿。 ってことは、有栖川弟の対抗か。 霊能の配分は一人に対して、二人の霊能カミングアウト。 どちらかが偽というわけだ。
「えと……結果は弥生さんと同じです。 あの、それで大丈夫ですよね?」
霊能の内訳は一人だけのはず。 つまり、このどちらかが人外ってわけだ。 そうなってくると、やはり気になるのは今日の人狼による噛み先か? どうにも、確定人外であった有栖川姉が噛まれたのが気になってしまう。
「ローラーだね。 霊能ローラー」
そう口を開いたのは、桐生院さん。 この人はやはり、頭の回転が早い。
「成瀬くん、成瀬くん。 ローラーって?」
袖を引っ張り尋ねてくる西園寺さん。 うーむ、こうして頼られると生きてた甲斐があったというものだ。 大袈裟かな?
まぁ、それより会議が始まったおかげで、西園寺さんも随分と落ち着きは取り戻したようだ。 危惧していたことの一つは解消されつつあるな。
「ああ、ローラーってのは、要するにその指定の役職を総処刑するんだ。 そうすれば、確実に人外を一人葬れる。 村側には多分、今のところは余裕があるから選べる方法だよ」
夢島が人狼だったのは、ほぼ確定。 というか、ここを確定させなければ話が進まない。 人狼の内訳は三人で、そのうちの一人は処刑済み。 つまり、残りは人狼二人と狂人が恐らくは二人。
対する村人の数は、七人。 余裕はまだある。
「いやいや待ってくれよ。 霊能と占いのラインは確保したいだろ? 確かにそっちの占い師二人は限りなく本物だと思えるけど、霊能ローラーをするのはまだ先で良いんじゃないか?」
言うのは矢郷。 出そうな意見だと思ったけど……反対意見か。 無理もない、ここに居るのは全員が違う思考を持った人間なのだから。 一つの意見に手早くまとまるほど、簡単にはいかないだろう。
「ストップ。 とりあえずは時間を作ろう。 それまでに各自で考えて、話し合うのは夕方が近くなってからで良いだろ?」
俺の言葉に、その場にいる殆どは頷く。 そのときに全員の顔は見たのだが、バツが悪そうな顔をしたのは二人。
クレアと、有栖川弟だ。
「だから、怪しいってこと? 嫌そうな顔をクレアちゃんと、弥生さんがしていたから」
いつも通り、夕方近くまでの自由時間を俺と西園寺さんは二人で過ごしていた。 この洋館の二階、そこから行ける広々としたベランダの隅の椅子とテーブル、そこが定位置になりつつある。
「いや、有栖川弟の方はそうでもないかもな。 あいつは多分、本物だと思う」
「……うん、それは分かるかも。 弥生さんは、態度が同じだもんね」
態度が……? 俺はそういうことを言いたかったわけではないんだけど、西園寺さんから見たら何か引っかかることでもあったのか?
「えっと、態度って?」
「え? そういうことじゃなかったの?」
いやいや、悪いけどまったく分からん。 西園寺さんの言っている意味が、まさしくちんぷんかんぷんである。
「俺が言ってるのは、あいつは馬鹿っぽいから嘘なんて吐けなさそうだってことだよ」
「もう、そういうことを言ったら駄目だよ?」
唇を尖らせて、西園寺さんは言う。 むう……叱られてしまった。
「あのね、弥生さんは初日も二日目も今日も、同じだったんだ」
「……いや、だからその「同じ」ってのが分からない」
俺が言うと、西園寺さんは特に気にすることもなく続けた。
「グレーの人に投票しようってなったでしょ? 最初の日は。 それを聞いて、口を開いたのは椿くんだったんだ。 同じグレーの人で口を開いた人も居たんだけど、今日の役職カミングアウトで当てはまるのは椿くんだけなの。 なんだかそれが、吊られるのを避けているような気がするんだ」
……やべ、全然覚えてない。 重要そうな発言はそりゃ覚えているが、そんな小さな言葉まで一々覚えてはいない。
「なるほど……。 それで、どっちが怪しいかと言えば椿になるってことか」
「うん。 でもね、このタイミングっていうのが良く分からない。 占い師さんはもう確定でしょ? なのに、わざわざ霊能力者さんを騙る意味が薄いと思うんだ」
それは、俺も感じているところだ。 確かに霊能騙りは一般的ではあるけど、この場面とこのパターンでそれをする意味は果たしてあるのか? 今日の朝の狂人噛みの件もあるし、事態が妙な方向へ行っている気がしてならない。 考えられる可能性としては……人狼への狂人アピールといったところだろうか?
しかし、それよりも気になること。
「……クレアだな。 あいつが一番気になる」
得体の知れない感じ。 そんな雰囲気をあいつからは感じる。 他の奴らとは絶対的に違った何かを。 もしかしたら西園寺さんなら何かに気付いているかもと思い、俺は言ったのだが。
「クレアちゃん? えへへ、可愛いよね」
「……」
頭が良いのか悪いのか、分からない西園寺さんであった。
「あれ?」
それから俺と西園寺さんは海辺を歩く。 例の如く、海辺デートだ! と勢い良く言っても現実は違う。 ただのお散歩。 世間一般ではデートと言うかもしれないけれど、事実はただの暇潰し。 一人ではすることなんてないこの島では、仕方のないことだ。
そして、そんなお散歩の途中。 横で歩く西園寺さんは不意に口を開いて、とある一点を不思議そうに見つめた。
俺も気になり、その視線の先へ顔を向けると、そこに居たのは。
「……あったか?」
「ない、ですね」
あれは……屋代さんと、木葉ちゃんか? 二人して、海岸で一体何をしているんだろう?
「すいませーん!」
「おいっ!」
遠目から眺めていようと思ったところで、西園寺さんが大声を出して手を振る。 考えるより先に体が動くタイプの西園寺さんらしいっちゃらしいけどさぁ。 せめてもう少し、心にゆとりを作って欲しいぞ。 西園寺さんは平気なのかもしれないけど、俺としてはあの二人になるべく関わりたくないんだよ。 見るからにヤバイ人たちだから。
「誰だ!?」
その声を聞いた屋代さんは、俺と西園寺さんの方へ顔を向け、怒鳴りつけるように返事。 だから嫌なんだよ……怖いじゃん、屋代さんって。
「……なんだ、お前らか」
「……」
ほっとしたような顔を屋代さんはして、それに続くように、こくんと小さく頷く木葉ちゃん。 ちなみにだが、西園寺さんが声をかけたその瞬間、木葉ちゃんは刀に手を伸ばしていた。 その刀で何をする気だったんですか? 俺たちじゃなかったらどうなっていたんですか?
「こんにちは。 あの、何をしていたんですか?」
「別に。 お前らには関係ないことだ。 それより、なんだ? お前らはいつも手を繋いでいないと死ぬのか?」
「えへへ、仲が良いので」
屋代さんの言葉に、西園寺さんは特に何も思うことはなさそうに返す。 さすが、天然系女子だ。
……それに。 別にそういうわけじゃないんだって。 西園寺さんが男性恐怖症で仕方なくそうしているだけだ。 決して、そういう関係ではないと声を大にして言いたい。
「こんにちはっ。 あはは、僕たちは探し物をしているんです。 この島にあるお宝のようなものですよ」
「木葉ッ!」
「良いんですよ、屋代さん。 この方たちには、話しても大丈夫です」
いや別に話さなくても良いですよ。 なんてことを思う俺と、興味津々といった顔付きの西園寺さん。
……はぁ。 どうやら俺に、拒否権はないようで。




