?月?日【?】
朝、目が覚める。 部屋にあるカレンダーは七月。 俺がまず最初に思うことは「またか」という言葉だ。
十二回目ともなると、慣れたものだ。 えーっと、今日は確か……朝は武臣と会うんだったよな。 けど、十一回目で西園寺さんと知り合っているわけだから……どうなるんだろ?
そんな俺の心配を的中させるかのように、外から声が聞こえてきた。
「なーるーせーくーんー!! おはよー!!」
早いよまだ朝の六時だよ。 こんな時間に学校に行っても誰も居ないって……というか、教室が開いているのかすら怪しいぞ。
「……うぃー」
しかし、とりあえずは挨拶。 カーテンを開け、俺の家の前でにこにこと元気そうに嬉しそうに笑っている西園寺さんへ向け、片手をあげて挨拶。 七月一日の天気は快晴だ。
「あれ? もしかして今起きたところかな? えへへ」
なんでそこで照れるんだ……。 相変わらず、良く分からない人だな。 まぁ、それが西園寺さんらしくて良いんだけどさ。
にしても、昨日は結構遅くまであの番傘の男と話していて、家に帰ったのは十一時くらいだったっけ……。 おかげで、部屋の中に服が脱ぎ散らかしてある。 とりあえず学校から帰ったら片付けないとなぁ。
「……とりあえず今から着替えるから、玄関入ってて良いよ」
寝起きということもあり、抑揚のない声で俺は言う。 しかしそれを聞いた西園寺さんは気にする素振りも見せずに「はーい」と言って、俺の家の扉を開けて中に入って行った。
さて、十二回目の七月も張り切って行きますか。
「成瀬くんの家って、どうしてシーサーが置いてあるの?」
「また突拍子もない質問だな」
それから準備を終えた俺と、待っていた西園寺さんとで学校へと向かう。 ちなみに朝が早すぎたのか、俺の母親も二人の妹もすっかり寝ていて、起きる様子が皆無だったので放って出てきたところだ。 遅刻してしまえ遅刻してしまえ。
まぁ、そうは言っても記憶が失われることがなくて良かったって感じか。 一番マズいパターンってのが、俺も西園寺さんもお互いのことを忘れて、七月一日を迎えるということだったから。 そして今回の十二回目ではしっかりと覚えている。 つまりは、強くてニューゲームって感じか? 例えが正しいのかは不明だけども。
最初から知っている状態ならば、お互いに意見も出しやすいし、解決策だって話し合える。 それが無理だったとしても、西園寺さんとなら何年一緒に居たって飽きそうにない。
「わたし、シーサーが置いてあるお家って初めて見たの。 だから、前からずっと気になってたんだ」
「へえ。 シーサーが置いてあるのに特に理由はないけど……」
敢えて言うなら、父親が帰ってきたときにお土産として持ってきてからだ。 まったく嬉しくないお土産の上位にランクインするであろうお土産だ。 俺の年齢だと普通に食べられる物が良い。
「まー、あれには一応名前があるんだよ。 俺が名付けたんだけど」
「そうなの!? えへへ、教えて欲しいかも」
食い付く場所が未だに良く分からない西園寺さんだが、食い付かれたからには俺も答えよう。 今日は気分が良いしな。
「ああ、家から出たときに左手に居るのが「トム」で、右手に居るのが「ジョン」だ。 良い名前だろ?」
「……え、あ、う、うん……まぁ、そう、かな」
歯切れ悪いなおい!! というか顔に「ネーミングセンスないなお前」って出てるぞ!? くそ、さすがにこれは傷付く。
「な、成瀬くんって、ユニークなんだね」
「それ、ぎりぎりで褒め言葉になってないからね」
「うぅ……」
というか、この西園寺さんですら褒め言葉がうまく出てこないって、俺は相当酷いことを言ったんだな……。 さすがに冗談だけど、面白いからそれは黙っておこう。
「そ、それよりっ! 今日はどうするの? 屋上へ行く?」
こうやって、俺をこれ以上傷付けないために話を逸らす西園寺さんはなんとも健気だ。 涙が出てくる。 そうさせているのは俺なんだけど、気にしない気にしない。
「そうだなぁ、まぁとりあえずはそこから行くのが一番かな。 手応えあったのは、前回のが一番だったし」
「えへへ、だよね。 でもわたしね、また成瀬くんと一ヶ月遊べるって思うと、結構楽しみなんだ。 あっ、気分悪くしたらごめんね」
いや全然。 朝から嬉しいこと言ってくれるなぁ、と思うだけである。 ここまで来たのでもう言ってしまっても構わないから言うけど、正直言って西園寺さんを好きになりかけている俺である。 あくまで「なりかけている」だからな。
……だがそうだとすると、当面の問題はこれだな。
「そっか。 俺も西園寺さんとまた一ヶ月ーって思うと、めっちゃ嬉しいよ」
「ほんと? えへへ、良かった」
この、恋愛的感性がゼロの西園寺さんだ。 どんな問題よりもひょっとしたら難しいのかもしれない。
「うんそうっすねー」
もう若干諦めつつ、適当に流す俺とにこにこ笑顔で嬉しそうな西園寺さん。 どうしてこうも、落差が生まれるのだろうか。 そんなことを思いながら、俺は七月一日の今日という日に西園寺さんと共に学校へ行くという、初めての経験をするのだった。
「さすがに誰も居ないな。 てか、校門閉まってるし」
「だねぇ。 やっぱり少し早かったかな?」
言われて、腕時計を見る。 指し示されている時間は六時三十分。 どう考えても少しではないな。
「さてどうしよっか。 あれでも、六時三十分で開いてないって変か?」
腕組みをして思考。 考えてみればそうだ。 運動部などは朝練があるだろうし、正門であるここが開いていないのは妙じゃないか? 天気が雨というならば分かるけど。
「あれ? 成瀬くん、これって……どういうこと?」
言いながら、西園寺さんは校門の横に張り出されている紙を指さす。 そんな張り紙なんてあったっけか? なんて思いつつ、西園寺さんが疑問を感じる紙に俺も目を通す。
ええっと。
『祝辞。 お疲れ様でした。 ループ世界は楽しかったですか? これにてループは終了となります』
……えっと。
「……西園寺さん、今日って何日か見て来た?」
「え? 今日は……見てないけど、七月の一日だよね?」
待てよ、待て待て。 この紙に書かれている文体と、その示す意味。 考えろ考えろ考えろ。
「挨拶。 おはようございます」
そんな必死に思考を巡らせている最中、後ろから声がかかる。 淡々とした言い方と、特徴的な喋り方。 つまり。
「……どういうことだ?」
振り返りながら、俺は番傘を持った白髪の男を見る。 狐の面の所為で良くは見えないが、僅かに見える口元から判断すると、そいつはやっぱり無表情で……俺と西園寺さんのことをただただ見つめている。
「回答。 あなたたちはループを脱出しました。 それだけ」
「え? ループを脱出した……って、どういう、意味?」
俺が何かを言う前に、西園寺さんが問う。 すると、それに対しても男はすぐに返事をする。
「回答。 私は嘘を吐きません。 課題は不正解ですが脱出は出来た。 それだけのことです」
は? おいおい、それはさすがに酷すぎる引っ掛けじゃないか? だって、不正解なのに正解みたいなものじゃないか、それ。
てか、待て。 それよりも……この男がそう言っているってことは。 終わったのか……? 延々と繰り返される七月から、八月に入ったというのか?
「補足。 信じられないようですのでこれを差し上げます」
言いながら男が俺と西園寺さんに差し出したのは、今日の朝刊。 俺はそれを奪い取るようにして、目を通した。
日付、日付、日付は……!
「……八月、一日」
間違いない。 今年の西暦の、八月一日だ。 そこに書かれている内容も俺が知らない内容だ。 それが指す答えは。
「や……った。 やった……やった! 成瀬くん!!」
ようやく事態を飲み込めた西園寺さんは、俺に勢い良く抱き着く。 それに恥ずかしさを感じることもなければ、突き放すことも俺はしない。 なんつったって、西園寺さんが俺にこうしていなければ、俺がそうしていたくらいに、俺も嬉しかったから。
「……っはぁあああ。 お前、お前なぁ!!」
完全に騙された。 そうだ、こいつは一度も「脱出できない」とは言っていない。 課題に正解しても不正解だったとしても、どっちみち八月は迎えられたんだ。 肝心な、もっとも肝心な部分を見逃していた。
「感想。 あなたたちは面白い。 ひとまずこれにてお疲れ様です。 ループ世界はどうでしたか?」
珍しく、疑問形で男は尋ねて来る。 俺は今にも泣き出しそうな西園寺さんに抱き着かれたまま、その質問に笑って返す。
「最悪だったよ。 でも」
「……色々と、学べることもあった。 二度と御免だけどな、こんなのは」
十一ヶ月も続いた七月。 その内十ヶ月はまともに学ぶことなんてできなかったけど、最後の一ヶ月は違っていたんだ。
西園寺さんと出会うことによって、この人と一緒に考えることによって、世界は無限にも広がった。 それが楽しく、面白い。 最後の一ヶ月は俺にそんな思いを抱かせてくれたんだ。
「発言。 そうですか。 それならば良かった」
男は続ける。
「補足。 成瀬さま。 西園寺さま。 この世界のルールにはお気づきでしょうか?」
「……ループを続けるってことか?」
俺が言うと、男は狐の面から僅かに見える口元を歪めて、薄っすらと笑う。 それが当たっていたからなのか、外れていたからなのかは分からない。 この男の考えていることはどこまでも見えないのだ。
「質問。 西園寺さまはどうでしょうか?」
「わたしは……成瀬くんと一緒だよ。 でも、みんながそれを当たり前だと思ってる……なんだと思う」
みんながそれを……当たり前、だと? 待てよ、その西園寺さんの考えが正しければ、それはひょっとして。
「認識を変えたのか……?」
男は笑う。 先ほど見せた薄っすらとは違い、はっきりと。 さぞ楽しそうに、嬉しそうに笑う。
「返答。 正解です。 私はループを続けるということを当たり前のこととして認識させました。 それが今回のルールです。 成瀬さま。 知っていましたか?」
「……」
男の言葉に俺は何も言えない。 知らなかったから。 まさかそこまでのことをできるだなんて、考えもしなかったから。
――――――――――俺は知らなかったのだ。
「だから知らない。 成瀬さまが西園寺さまと同時期にループを始めたことも」
「……は? 待て、お前……今、なんて言った?」
「返答。 そのままの意味ですよ。 ですがやはり成瀬さまにも加わって欲しかったのです。 だから認識を外させた。 あなたは本当に頭が良い」
俺と、西園寺さんが同時にループをしただと? ということはつまり、俺もまた……そういう認識にさせられていたってことか?
「総括。 面白いでしょう? これが私の作るルールなのです」
認識までをも変える、ルール。 それがこの男の創りだすもので、絶対のルール。 人の認識さえも塗り替えてしまうルール。
「……はは、あはは。 良いな、それ。 上等だ」
「発言。 良いお言葉です。 もしもまた次の機会がありましたらそのときは例外としましょう。 成瀬さまと西園寺さまは特別です」
男は言い、頭を下げる。 二度と御免だな、そんな機会ってやつも来ないに越したことはない。 けれど。
心のどこかで、そんな絶対に勝てそうにない相手とまた勝負をできるというのを楽しみに感じている自分が居た。
「質問。 最後に一つだけ。 夏休みなのに制服を着ているのは何故ですか?」
皮肉たっぷりにそう言う男。 もう、今ではそんな皮肉すらもどうでも良く聞こえてくる。
「うるせえなほっとけ!!」
ああいや、嘘だ。 やっぱり気に食わないものは気に食わない。 けど、まぁ、本当に。
良かった。 俺が今言えることは、それだけだ。
「挨拶。 では私はこれにて。 またいつかお会いしましょう」
言いながら、男は消える。 その場に残されたのは、地面に座る俺と、そんな俺に未だに抱きついている西園寺さんだけだった。
それから。
それから、俺は家へと帰った。 学校が休みのなら行く必要もなく、炎天下の中外に居る理由もない。 西園寺さんとは明日にでも早速会う約束を取り付け、今日のところは別れた。
家に帰ってまずしたことと言えば、念のための確認だ。 テレビを付けて、日付を確認。 するとやっぱり、八月の一日だった。 声をあげて喜ぶ俺を家族は不審な目で見ていた気がするけど、気にしないでおこう。
そうやって現実を実感させたあと、俺は自室へ戻る。 そこには昨日、脱ぎ散らかした服が落ちていた。 ああ、そういやそうだ。 なんで気付かなかったんだよ……。 これを見れば、時間が巻き戻っていないことだって分かったはずなのに。
……もう少しで良いから、広い視野が欲しいものである。
「あ、そうだ」
独り言を漏らして、俺は部屋の壁へと向かう。 壁にかかっているのは、七月のカレンダー。 きっと、西園寺さんは俺と同じことをしているんじゃないだろうか。 八月に入ったら真っ先にやりたいことは、俺も西園寺さんもきっと一緒だ。
俺はゆっくりと手をかける。 長年見続けていた、七月のカレンダーに。 もう、終わった七月に。
捲ってみると、あっさりとそれは捲られた。 まぁ、紙だから当然だけどな。 そんな当たり前の行動が俺はとても楽しくて、ついついニヤけていたかもしれない。
「……八月、か」
夢にまで見た八月。 それは迎えてしまえば呆気なく、本当に当然のように迎えていた。 止まっていた時間は動き出し、人々はまた、新しいことを俺に教えてくれる。
今年の夏は、一体どんな夏になるのかな。
あー、けど宿題はやらないといけないのか。 どうせループするんだからと放っておいた宿題だ。 明日……は西園寺さんと予定があるから無理にしても、今週中には終わらせておきたいな。
思いながら、俺は七月のページを切る。 ビリビリと音を立てながら、簡単にそれは切れていく。
「……うわ、マジかよ」
まず目に入ってきたのは、カレンダーの写真。 七月は花火だったから、八月はどんなものかと思ったら……そこにあったのは、海だった。
「これじゃあ呼べないな、西園寺さん」
西園寺さんの部屋にあった七月のカレンダーは海。 折角呼んで、また海を見たらなんて言うのか気にもなるけど……呼べないなぁ。 残念なような、ほっとしたような。
「まー、良いか。 別に八月じゃなくても良いしな」
そうだ。 俺と西園寺さんは、これからどんどん時間が流れていくのを実感できるんだ。 止まっていないときは「もっとゆっくりにならないか」なんてことも思ったりしたけど、いざ止まってみると「まだ動かないのか」だからな。 人間ってのはどこまでもワガママだよ、本当に。 俺だけかもしれないけど。
さて。
今日は、どうしよう? まずは、そうだな。 テレビでも見よう。 それで午前は過ごすとして、次は妹と遊んでやるか。 でも、たまには武臣とどこかに行くのも悪くないな。
……むう。 やりたいことが多すぎて、何から手を付けて良いのやら。
いいや。 とにかくなるようになれでたまには動いてみよう。 そうやって時間の流れに身を任せるのも悪くはない。 ゆっくりと流れる時間を堪能するのもまた、悪くはない。
俺は切り取った七月のカレンダーをゴミ箱へと押し込む。 ひと言だけ「また来年」とだけ、言って。
ともあれ。
長い長い七月は終わり、暦は八月へと移り変わる。 これから先、一体どんな知らないことが起きるのだろう? しかしどうにも、あの男が最後に言った「またいつか」という言葉が気になって仕方ない。
いやいや、考えるのはよしておくか。 今はただ、終わった七月と始まった八月に意識を向けて。
繰り返される七月。 ループしていた俺と西園寺さん。 そして、終わりを迎えた七月の話はこれにて幕引きである。
八月。 夏休み。 そんな単語を頭の中に思い浮かべ、することを頭の中に思い浮かべ、部屋を後にする。 そんなとき、ふとカレンダーが再度目に入ってきた。
「……勘弁してくれよおいおい」
やっべえ、頭痛がしてきた。 ようやく見れると思った八月のカレンダーだったのだが……数字の八があるべき場所にはでかでかと、七の文字。
このタイミングで誤植とは、俺はつくづく運が悪いのかもしれない。
以上で第一章、終わりとなります。
ブックマークして頂いた方、評価を付けてくれた方、感想をくれた方、ありがとうございます。
少々間を空けまして、第二章の投稿を始めます。
第二章は推理物……のようなそうでないような感じとなっております。
少々残酷な描写も入りますので、ご注意ください。
具体的に言いますと「人狼ゲーム」を題材にしたお話となります。




