プロローグ
人狼ゲームというのをご存知だろうか?
とある村に人狼と呼ばれる者が現れ、夜な夜な人を食らって行くゲームだ。
その村には様々な役職がおり、まずはただの村人。 次に占い師、霊能力者、狩人、などなど。
そんな、大人数で興じるゲームのことだ。
だけど、それはあくまでもゲームであって、現実ではない。 だからこそ、簡単に人を追いやり、みんなで追い詰め、殺すことができてしまう。 時には人狼を。 そして時には罪のない村人を。
そして、それが現実となったとき。
俺は果たして、生き残ることができるのだろうか。
「お疲れ様、成瀬くん」
十月の放課後、西園寺さんは準備室に入る俺に向けてそう言い放つ。 どうやら本を読んでいる途中だったのか、手元には小難しそうな小説。 窓側の席へと座り本を読むその姿は、深窓の令嬢とでも表現するのが正しそうだ。
「あれ、今日は西園寺さんが居る日だっけ」
「うん。 居る日だよ。 えへへ」
この教室を使うようになったのも、今からおよそ一ヶ月前の話。 それも西園寺さんが唐突に、部活をやろうと言い出したのが切っ掛けだ。 なんでも、様々なことにチャレンジしたいという心意気から。 終わらない七月を一緒に経験していた俺だから、その気持ちは分からないでもないが……その最初が部活動というのが、西園寺さんらしいっちゃ西園寺さんらしい。
そして、部活名は「歴学部」である。 どこかに所属するのを勧めた俺と、どうせならと新しく部活を作るために奔走した西園寺さんの話は機会があったらするとして。 こうして結果的に部活が発足しているということは、西園寺さんの努力が報われたということだ。 とは言っても、部員は俺と西園寺さんの二人。 部室には、この数学準備室を借りられることになっている。 長年使われていなかったということもあり、使い始めた当初こそ物が散乱した教室で、片付けるだけで一時間ほどの時間を費やしたのが懐かしい。
そして、今日は西園寺さんが居る日である。 この居る日と居ない日というのも、西園寺さんの母親は未だに入院中で、お見舞いに行く日と行かない日があるから。
……本当に、本当に未来というのは未知数である。 一度は長くない命だと言われた西園寺さんの母親だが、今では医者も驚くほどに、回復へと向かっているとのこと。 それはもしかしたらあの番傘の男が何かをしたのかもしれないし、はたまたそれは、ただの奇跡なのかもしれない。 それは俺たちでは分からないことだ。
まぁそれでも一つ言えるとしたら、西園寺さんの母親が無事で良かった……ということだけかな。
別にそれで西園寺さんを恨むことはない。 結果的に意味のないループを作り出してしまった西園寺さんだったけど、俺はそれ以上に沢山の物を西園寺さんから貰っているから。 教えられたことも、助けられたことも。 だから、俺がそれに関して何かを言うというのは、筋違いだ。
「今日は何を読んでるの? 西園寺さん」
「えっとね、今日はミステリー小説だよ。 洋館で起きた殺人事件をたまたま寄りかかっていた名探偵とその助手が解くっていうミステリー」
「定番だな」
定番というよりかは、王道か。 それにしても、西園寺さんはなんにでも興味を示すんだよなぁ。 常に新鮮な反応で、常に真剣な態度。 それが西園寺さんである。
「成瀬くんは何を読むの?」
その真剣に読んでいた本から視線を外し、西園寺さんは俺に尋ねる。 さて、今日はなんて返そうか? そうだなぁ。
「ん? 俺は、童話だよ。 今日は不思議の国のアリス」
「そ、そっかぁ……」
うわ、引いてるなぁ。 そんな反応が面白くて、俺は毎回毎回こういった感じの冗談を言うんだけど、反応が毎回新鮮で飽きない。
しかし、果たしてこれは部活と言えるのか? 毎日こうして本を読んでいるだけだけど……というか教室でこれをする意味って皆無だよな。 俺としては暦学には大して興味があるわけじゃないから、別に嫌な状況ではないけれど。
「そうだ。 成瀬くん、今度の日曜日にパスタを食べに行こう」
「……どういう流れだったんだ、今の」
俺が西園寺さんの対面に座りながら言うと、西園寺さんは読んでいた小説を俺の眼前に突き出す。 同時に顔も近づける。 相変わらず、その距離は近い。
「成瀬くん、ここを見て。 パスタを食べる描写なんだけど……とても丁寧に書かれているの。 この小説を書いた人はパスタが好きな人だと思うんだ」
「それで?」
「えっと、だからね。 この小説を書いた人の意思を汲み取るためにも、パスタを食べたいなって……」
どんな意思だよ。 それを書いた人が伝えたかったことは間違いなく、パスタの美味しさではなかったと思うぞ。 名探偵ではないが断言できる。 ただパスタを食べに行きたいだけだろ……西園寺さん。
「別に良いけど、それって俺も行かないと駄目なのか?」
「……一人だと、恥ずかしいから」
前々から思っていること。 ヒトカラとパスタ屋、どっちが恥ずかしいと聞けば殆どの人は「ヒトカラ」と答えるだろう。 だから西園寺さんが言う「パスタ屋は恥ずかしい」という感性がまったく理解できない。
「だって、一人でパスタを何皿も食べたら食いしん坊さんだって思われちゃうでしょ……?」
何皿も食べる気なのか!? あれって普通に一皿でお腹いっぱいにはなるだろ!?
「……太るよ?」
西園寺さんの腹部を見ながら、俺は言う。 そんな視線に気付いたのか気付いていないのか、俺に背中を向けながら西園寺さんは答えた。
「わ、わたし食べても太らないから大丈夫だもん」
……恥ずかしさからか、喋り方が若干退行している気がする。 まぁでも、その言葉自体は嘘ではないか。 結構な時間を一緒に過ごしているが、ダイエットとかはまったくしていなさそうだし。 それでも痩せ型なのを見る限り、本当に食べても太らない体質ってことか。
「ちなみにさ、普段は何皿食べてるの?」
言ってから、まるで回転寿司で何皿食べるのか聞いているようだな、なんて思う。 一応念のために言っておくと、俺たちがしているのは「パスタを何皿食べるのか」という話だ。 一般的に一皿で一人前のパスタを何皿食べるのか、という話だ。
「えっと……普段は二皿で、多いときは五皿くらいかなぁ……?」
差が広いなおい!! その普段と多いときの差はなんだ!? というかパスタで五皿って単位が出てくるとは思わなかったぞ!!
「そ、そっか。 まぁそういう事情なら仕方ないから、付き合うよ」
自分で言って、どういう事情なのかが気になる俺であった。
「えへへ、パスタパスタ」
それから日は経って、今日は日曜日。 西園寺さんイチオシのパスタ屋へと俺たちは足を運んでいた。 店に入ってテーブル席へと案内されて、対面に座る西園寺さんはとても上機嫌。
「とりあえず……俺はアイスティーで良いかな」
「それじゃあわたしは、カルボナーラとミートスパゲティ」
それじゃあで二皿かよ。 衝撃だ。 西園寺さんと結婚した奴はとても大変な目に遭いそうで、合掌。
「あ、そう言えばね成瀬くん。 人狼ゲームって何か分かる?」
と、運ばれて来た水を飲みながら、西園寺さんは俺が知っている単語を口にする。 あれ? 西園寺さんってそういう遊戯とかはまったく知らなさそうだったんだけど、案外精通しているのか?
「ん? 人狼ゲーム? 知ってるけど」
「ほんと!?」
おおう。 いつもの食い付きだ。 テーブルから身を乗り出して、俺との距離をえらく縮めるんだ、西園寺さんは。
「ああ、元はアメリカのパーティーゲームだったかな。 数人でプレイするゲームで、村人側と人狼側で分かれて騙し合うゲーム……って感じの遊び」
「へええ。 あのね、わたしが今読んでいる小説で、その言葉が出てきたから気になってたの。 えへへ」
なるほどね。 それで俺に知っているか尋ねてきたってことか。 俺に聞くよりもネットで調べた方が確実に早そうだが……そういうのに疎そうだもんなぁ、西園寺さん。
「ま、他にも色々とマイナールールもあるゲームだよ。 村人側には役職ってのが割り当てられるし、人狼側にも少ないけどそういうのが割り当てられる」
「そうなんだ。 そのゲームは、どうなったら勝ち負けが決まるの?」
さっきまで飲んでいた水を置いて、西園寺さんは俺に尋ねる。 興味津々だな。
「人狼は、一日の終わりに一人を指定して食い殺すことができるんだ。 その代わり、村人は朝から夕方までの会議で処刑する奴を一人選べる。 そうやって、村人側は人狼を絶滅させれば勝ち。 人狼側は村人を全て食い殺せば勝ち。 要するに頭を使うゲームだよ」
もっと言えば、人狼の数が村人と同等になった時点でほぼ決着だ。 しかし、そこまでは別に説明せずとも西園寺さんなら理解するだろう。
「なるほどなるほど……。 成瀬くんが得意そうなゲームだね」
「いや、俺は……苦手だよ、あのゲームは」
「そうなんだ? 意外かも。 えへへ」
そうでもないさ。 如何せん、あのゲームには人の思考が入り込むから厄介なんだ。 状況に応じて乱れて行く場と空気。 そして絡み合う思考。 そういう気持ち的なものが入り込む思考ゲームってのは、俺の苦手な分野だ。
「どっちかっていうと、西園寺さんの分野じゃないかなぁ。 あのゲームは」
人の気持ちに敏感な西園寺さんの方が得意そうである。 もしも俺と西園寺さんで勝負したら、必敗の道しか見えやしない。
「えへへ。 それじゃあ今度やってみようね、そのゲーム」
「ああ、機会があったら」
ないことを願いつつ、俺は言った。 まぁ、もしもやるとしてもだ。 西園寺さんと違う陣営でやるのだけは避けたいものだ。 こと人狼ゲームに関して言えば、俺より何枚も上手だろうし。 人を知らない俺と、人を知っている西園寺さんの明確な差異は、そういうゲームでこそ表れる。
「わ、来た来た。 えへへ、美味しそう」
ようやく運ばれてきたパスタ。 目を輝かせながら、西園寺さんはにこにこ笑顔。
「カルボナーラのお客様は?」
尋ねる女性の店員に、手をあげて西園寺さんは元気良く返事をする。 実に嬉しそうだ。 見ていて微笑ましい限りである。
「では、こちらはミートスパゲティです」
「あ、それは……」
俺の前を置こうとした店員に向けて口を開こうとしたところ。
「成瀬くんのだよ」
にこにこと笑いながら、俺の名を呼ぶ西園寺さん。 なんか怖いぞ。
「……あー、俺のです」
「はぁ」
そんなやり取りを不審に思ったのか、店員は苦笑いをしながら俺の前へ皿を置く。 なんで俺がこんなかわいそうな奴だと思われなければならないんだ。 理不尽じゃないか。
そして、頭を下げてその場から去る店員。 嬉しそうな西園寺さん。 ちょっとむかつく俺。
「えへへ、幸せだなぁ」
人の不幸を踏み台に、手をパチパチと叩いて喜ぶ西園寺さん。
よし、決めた。
「いただきまーす」
言ったのは西園寺さんではなく、俺。 だってそうだろ? 西園寺さんは「成瀬くんのだよ」と言ったんだから。 つまりはこれは、西園寺さんから俺へのプレゼント。 やったねありがとう。
「な、成瀬くん!? 何を愚かなことをしているの!?」
焦りすぎたのか、日本語がおかしくなる西園寺さん。 やっぱ面白いな、この人。
「結構美味いな、これ」
さすがはパスタ好きの西園寺さんが行きたいという場所なだけはある。 本格的な麺と、濃くもなく薄くもない味付け。 肉もだいぶ良い物を使っているようにも思えるな。
「そうじゃなくて! それ、それわたしの!!」
涙目西園寺さんだ。 なんか懐かしいな、この罪悪感に苛まれる感じ。 あのループのとき以来だろうか?
「いやいや、だってさっき「成瀬くんのだよ」って言ってたじゃん。 だからありがたくもらったんだけど……」
「今はもうわたしのなのっ! 食べないでっ!!」
もう結構手遅れだけどな。 三口くらいは食べてしまったよ。 美味い美味い。
「……うっ。 ううっ……ひどいよ、ひどいよぅ」
「ちょ、わ、悪かったって! 本当に悪かった!! だから泣くなって!!」
突然涙を零し始める西園寺さん。 そして、必死にそれを取り繕う俺。 周りから見たら、痴話喧嘩をしているカップルにも見られそうな光景だ。 だが、今はそれよりも。
それよりもマジ泣きするなよっ!? すげえびびったじゃんか!!
「ほら、まだいっぱいあるから。 なんなら、何か好きなの一皿奢るから。 だから泣き止んでくれって……」
「……うん。 ありがと、成瀬くん」
泣いた原因は俺だというのに、その俺にお礼を言うのか。 というか、濡れた瞳で俺を見つめる西園寺さんだが……ヤバイなこれ。 いろいろとヤバイ。 とりあえず、ヤバイ。
「成瀬くん?」
顔を見続ける俺を不審に思ったのか、西園寺さんは首を傾げながら言う。 で、いきなり呼ばれて慌てる俺。
「へ? あ、あーいや、なんでもない。 泣き止んでくれるなら、良かったよ」
「……うん。 ありがとね、成瀬くん」
まったく調子が狂うな。 叱られはしても、お礼を言われる覚えはないってのに。 これだから人の気持ちというやつは、良く分からないんだ。
それから俺は家へと帰り、西園寺さんもまた、家へと帰る。 また明日学校でという、他愛のない挨拶で。
しかし、それが叶うことはなかった。
俺はその日、布団の中で眠りに就く。 西園寺さんに振り回された休日だったこともあり、わりとすぐに夢の中へ入ったと思う。
けど、その日見た夢は最悪だったんだ。 それはきっと、西園寺さんも一緒で。
「……あれ?」
夢の中、俺は洋館に居た。 綺麗なベッドの上に寝ていて、窓から見える外は……嵐とも呼べるだろう、荒れ模様。
何かが変だと気付いたのは、その部屋に置いてある日記のような物を手に取ったときだ。 そのタイトルにはこう書いてあったのだから。
『課題その弐。 嘘吐きを見つけましょう。 この洋館には十五人の人間が居ます。 三人は狼。 三人は狂人。 一人は狐。 二人は占い師。 一人は霊能力者。 一人は狩人。 四人は村人。 頑張ってください。 成瀬陽夢さま』
ひとまずプロローグのみです。
推敲が終わり次第、投稿始めます。
九月くらいには投稿できるよう、調整致します。




