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勇者パーティの魔法使いは魔力が少ないらしい  作者: puni0023


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第2話 頼れる魔法使い


 馬車に揺られること、三日目。


 王都の喧騒はとうに遠く、代わりに深い森が両側から迫っていた。


「次の街で、装備を整えよう」


 御者台から、ロランが声をかけてくる。


「はい」


 リネットは、膝の上に広げた地図から顔を上げた。


 この四人と旅をするのは、まだ数日だというのに、不思議と気詰まりはなかった。


 オスカーは寡黙だが、荷物運びや見張りを黙って引き受けてくれる。


 セラは穏やかで、話しかけると必ず柔らかく応じてくれる。


 フィンは人懐っこく、隙あらば話しかけてくる。


 そしてロランは――


「リネット、大丈夫か。乗り物、酔ってないか」


 こちらの顔色を、よく気にする。


「平気です。ロランさんこそ、ずっと手綱持ってて疲れませんか」


「これくらい平気だ」


 軽い調子で返しながらも、ロランの視線は、少しの間リネットの顔に留まっていた。


     *


 最初の戦いは、街道を外れて間もなく訪れた。


 茂みががさりと揺れ、複数の魔物が飛び出してくる。


「来るぞ!」


 オスカーが前へ出て、盾を構え、剣を抜いて道を塞ぐ。


 フィンの矢が、物陰から飛び出そうとした魔物の脚を正確に射抜く。


 ロランが、先頭の一体へ斬りかかる。


 リネットは、後方から戦況を見渡していた。


 魔物の群れの動きに、わずかな乱れがある。


(あそこ――一体だけ、動きが速い)


 群れの後方に潜む、ひときわ素早い個体に気づく。統率の要になっている個体だと直感した。


 リネットは、腰の杖を抜き、先端に小さな光を集めた。


 狙うのは、あの一体だけ。


「そこ!」


 杖の先から放たれた光の弾が、群れの隙間を縫うように飛び、後方の個体だけを正確に撃ち抜いた。


 当たった瞬間、群れ全体の動きがばらけた。統率を失った魔物たちは、各個撃破しやすくなる。


「なんで分かったんだ」


 戦いの後、ロランが不思議そうに尋ねた。


「動きの遅い個体が、微妙に間を合わせてたので。多分、あれが指示出してたんだと思います」


「見えるのは分かるが、よくあの隙間を縫って当てられたな」


「狙いを絞るほうが、得意なんです。細かいことをするのが好きで」


 事も無げに言うリネットに、ロランは思わず笑った。


「本当に、何でもできるんだな。すごいよ」


「そんな、大げさです」


 照れたように目を逸らすリネットを、ロランは眩しそうに見ていた。


     *


 崖沿いの狭い道で、魔物に囲まれたことがあった。


「セラ、動かないで!」


 リネットの声に、セラは反射的に静止する。


 その足元すれすれを、小さな光の壁がすり抜けるように展開した。


 崖から飛びかかってきた魔物の爪が、壁に阻まれて弾かれる。


 壁は、セラの体には触れていない。ぎりぎりの範囲だけを覆う、指先ほどの厚みの障壁だった。


「危な……今の、際どすぎませんか」


「セラに当たらないようにしたら、これくらいの隙間になっちゃって」


「もう少し、大きく作ってもいいのよ」


「大きくすると、かえって雑になるんです。これくらいが一番、確実で」


 こともなげに答えるリネットに、セラは苦笑した。


     *


 最初の遺跡に着いたのは、旅立ってひと月ほど経った頃だった。


 苔むした石造りの入口には、古い結界の気配が残っている。


「ここにも、五人までの制限がかかってるみたいだな」


 ロランが、入口に刻まれた紋様を確かめながら言った。


「荷物持ちの一人でも増やせたらいいのに」


 フィンがぼやく。


「昔からの決まりごとだ。遺跡もダンジョンも、大体はこの仕組みらしい」


「なんでですか?」


「知らん。神代の遺物だからな、理由まではな」


 入口の扉には、複雑に絡み合った古い術式が刻まれていた。


「魔力を流せば開くはずなんだが……」


 ロランが手をかざすと、扉の紋様がわずかに反応するものの、開く気配はない。


「壊れかけてるんだと思います。触ると、多分このまま崩れます」


 リネットが、扉に顔を寄せて言った。


「崩れたら、まずいのか」


「多分、扉自体が遺跡の結界と繋がってるので。無理に壊すと、中の宝物庫ごと崩落するかもしれません」


「……直せるか」


「ちょっと待ってくださいね」


 リネットは、指先に細い光を灯した。


 絡み合った術式の、劣化して緩んだ部分だけを探る。


 王都の中継器を直したときと、同じ手つきだった。


 やがて、扉が音もなく開いた。壊れた形跡はどこにもない。


「……マジか」


 オスカーが、珍しく声を漏らした。


「何でもできるんだな、リネットは」


「そんなことないですよ。団には、私よりずっと魔力のある人がたくさんいますし」


 謙遜のつもりだったが、フィンが食い気味に返す。


「魔力の量より、こういうののほうがすごいと思います!」


「そう、かな」


 リネットは、少し照れたように笑った。


     *


 夜営の焚き火の傍で、リネットは小瓶を睨んでいた。


「今日は、飲まなくても平気なんじゃないか」


「魔力、結構使ったので。念のため」


「その顔、嫌そうにも程があるぞ」


「これから覚悟を決めるところなので、黙っててください」


 真剣な顔でそう言うと、リネットは瓶を一息に呷った。


 途端に、顔がくしゃりと歪む。


「うっ……不味い」


 リネットは荷物の奥から、小さな包みを取り出した。ミラに持たされた、あの焼き菓子だった。


 一かけらだけ口に含むと、強張っていた顔が、ようやくほどける。


 それから何度か、薬を飲むたびに、リネットはその菓子で口直しをしていた。


 ある晩、包みを開けたリネットが、拍子抜けしたような声を上げた。


「あ……もうない、か」


 最後の一かけらを、とっくに食べ終えていたらしい。


 その声を、少し離れた場所にいたロランが耳にしていた。


 翌日から、ロランの懐には、口直し用の飴が忍ばせてあるようになった。


「ほら」


「……いいんですか?」


「気にするな」


 リネットは、差し出された飴を受け取った。


「……ありがとうございます」


 いつからか、これが二人の間の決まりごとのようになっていた。


 自然と、ロランはリネットの隣に腰を下ろすようになっていた。


 特別な会話をするわけではない。焚き火を眺めながら、他愛のないことを話すだけの時間だったが、ロランはそれを好んでいた。


 少し離れた場所で、フィンが自分の弓の手入れをしていた。


「リネットさん、さっきの、魔物の動き見てたやつ、僕にも分かるようになりますか」


「フィンはもう、結構見えてると思うけど」


「え、そうですか?」


「今日だって、私が言う前に、一瞬だけそっちを見てたよね」


 リネットは、フィンの隣へ腰を下ろした。


「コツがあるとしたら、一匹だけをずっと目で追わないこと。群れ全体をぼんやり見て、リズムが崩れてるところを探す感じ」


「リズム、ですか」


「うん。動きが合ってない子は、大体誰かの指示を待ってるか、逆に指示を出してる側。フィンは目がいいから、すぐ拾えるようになると思うよ」


「……やってみます」


 フィンは、真剣な顔で頷いた。


 その横顔に、リネットはふと、王都に残してきた後輩の顔を重ねた。


 仕事に不慣れで、けれど一生懸命だった後輩。あの子も、いつもこんな顔でこちらの話を聞いていた。


(弟がいたら、こんな感じなのかな)


 まだ幼さの残るこの少年を、リネットはどこか放っておけなかった。


 気づけば、こまごまとした世話を焼くことが増えている。


 パーティの中で、リネットはいつしか、姉のような立ち位置に収まりつつあった。


     *


 旅は、まだ始まったばかりだった。


 敵はそれほど強くなく、休息も十分に取れている。


(これくらいなら、私にもできる)


 リネットは、そのことにほっとしていた。


 その考えが、甘かったと知るのは、もう少し先のことだった。

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