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勇者パーティの魔法使いは魔力が少ないらしい  作者: puni0023


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第1話 神託


 王城の奥、神託の間には、国中から選び抜かれた腕利きだけが集められていた。


 高い天井から差し込む光が、床に描かれた大きな魔法陣を淡く照らしている。壁際には国王をはじめとした重臣たちが並び、広間の中央には、名の知れた冒険者や、王国有数の魔力を持つ魔道士たちが顔をそろえていた。


 ヴァルターも、魔道士団長として重臣たちの列に加わっていた。


 中央の祭壇で、大神官が祈りの言葉を唱え終える。


 魔法陣の光が強まり、宙に淡い文字が浮かび上がった。


「――魔王討伐のため、次の五名を選ぶ」


 声が響くと同時に、名が一つずつ読み上げられていく。


「勇者、ロラン」


 前列にいた青年が、静かに一歩前へ出た。まっすぐな背筋、迷いのない目。


「僧侶、セラ」


 柔らかな声で応えた女性が、胸に手を当てて頭を下げる。


「騎士、オスカー」


 がっしりとした体格の男が、拳を軽く胸に打ち付けた。


「弓使い、フィン」


 まだあどけなさの残る少年が、緊張した面持ちで頷く。


 四人までは、この場にいる誰もが顔を知る者たちだった。


 当然、最後の一人も、この広間の中から選ばれるのだろうと、誰もが思っていたはずだ。


「魔法使い――リネット」


 広間が、一瞬静まり返った。


「……リネット?」「聞かん名だな」


 困惑のどよめきに、得心したような声も混じる。


「あぁ、魔道士団長の秘蔵っ子だろう」「なるほど、それだけの腕はあるということか」


 当然、疑問の方が大きかった。ここに集められたのは、魔力量でも実績でも、国内屈指と目される者ばかりだ。リネットは、そのどちらの基準にも当てはまらない。


 それでも、団長が目をかけている者だという噂だけは、この場の何人かの耳にも届いていたらしい。


 そもそも、この場に呼ばれてすらいないというのに。


 ヴァルターだけが、その名の意味するところを理解していた。


 全身から、血の気が引いていく感覚があった。


     *


 魔道士団の詰め所では、リネットがいつも通り、壊れた魔道具の修繕に追われていた。


 作業台に屈み込み、小さな結晶へ魔力を通していると、扉が勢いよく開いた。


「先輩! いいから来てください!」


 飛び込んできたのは、魔力の高さを買われて神託の間に呼ばれていた後輩だった。息が上がっている。


「いいから、って……何かあったの?」


「討伐メンバーです! 先輩の名前、呼ばれたんですよ!」


 声が弾んでいた。まるで、めでたい知らせを届けるみたいに。


「僕、末席で呼ばれてたのに……まさか先輩が名指しされるなんて。やっぱり凄いんだなあ」


「へ……?」


 手にしていた結晶が、こつん、と作業台に落ちた。


「早く! 皆待ってます!」


 腕を引かれるまま、リネットは詰め所を飛び出した。


     *


 連れて来られた広間には、既に他の四人と、居並ぶ重臣たちの姿があった。


 何が起きているのか、まだ半分も飲み込めていない。


 ただならぬ視線が、一斉にこちらへ集まっているのだけは分かった。


 言葉は右から左へ抜けていくようで、実感が追いつかない。


「あの……」


 何か言おうとして、うまく声にならなかった。


 視線を巡らせると、少し離れたところにヴァルターが立っているのが見えた。


 彼の隣へ寄っていくと、目が合う。


 その瞬間、ようやく理解が追いついた。


 ――本当に、これは自分のことなのだ。


 さっと血の気が引いていくのが、自分でも分かった。


「団長……」


 声が震える。


 ヴァルターは、リネットの顔を一目見てから、小さく頷いた。


「大丈夫だ。落ち着け」


 周りに聞こえない程度の、低い声だった。


 リネットは、その場に立っているだけで精一杯だった。


     *


 場が解散すると、ヴァルターはすぐに謁見の間へ足を向けた。


 国王への目通りを願い出るのに、日を置く余裕はない。


「陛下。折り入って、お願いがございます」


 玉座の前で膝をつき、ヴァルターは切り出した。


「魔法使いの座について、私と代わっていただけないでしょうか」


 国王は、片方の眉を上げた。


「神託が、名指しで選んだのだぞ」


「承知しております。ですが――」


 ヴァルターは、一度言葉を切ってから続けた。


「陛下、彼女は技術は私以上かもしれません。しかし魔力は中の上程度です。強敵との連戦に、耐えられるとは思えません」


 国王の目に、驚きの色が浮かんだ。


「それほどか」


「はい」


 しばしの沈黙のあと、国王は静かに首を振った。


「だが、神託が間違うはずはない。魔力の多さで選ぶだけなら、他にも候補はいくらでもいたはずだ。それでも、あの子が選ばれた。……彼女でなければならない、何か理由があるのだろう」


「――理由、ですか」


「それが何かは、私にも分からん。だが神託とは、そういうものだ」


「では、補佐を一人、同行させることはお許しいただけますか」


「五人までという古来の掟は、お前もよく知っていよう。遺跡もダンジョンも、六人目を入れれば道そのものが閉ざされる。連れて行ったところで、肝心な場所には入れまい」


 正論だった。


「出立の日を、せめて延ばすことは――」


「魔王軍の動きが速まっている。これ以上待てば、被害はさらに広がるだろう」


「魔王が完全に力を取り戻すまで、残された時間は二年を切っている。討伐には期限があるのだ」


 一つずつ、道が塞がれていく。


「私が、代わりに同行することは」


「王都の防衛は誰が担う。お前が抜けた穴を、誰が埋める」


 ヴァルターは、何も言えなかった。


 分かっていたことだ。すべて、確かめただけだった。


「――承知いたしました」


 深く頭を下げ、謁見の間を辞す。


 廊下を歩きながら、ヴァルターは拳を握った。


 あの子の魔力量では、序盤の敵になんとか対処できても、旅の終盤――強敵との連戦には、確実に足りなくなる。


 それが分かっていて、送り出さねばならない。


     *


 その日の夜、リネットは団長室の扉を叩いた。


 書類に向かっていたヴァルターが顔を上げる。


「まだ帰っていなかったのか」


「はい。今日のことで……色々、動いてくださったと聞きました」


 誰から聞いたのかは言わなかった。噂は、団の中を駆け巡るのが早い。


 ヴァルターは、少しの間、答えなかった。


「――力になれなかった」


「そんな。ありがとうございます、それだけで」


 リネットは、いつものように笑おうとした。けれど、うまくいかなかった。


 ヴァルターが、じっとこちらを見ている。


「……怖いです」


 声が、思ったより小さく震えた。


「行きたくないです」


 言ってしまうと、堰を切ったように続いた。


「強い魔物と、何度も戦うんですよね。私、魔力だってそんなにあるわけじゃないし。皆に迷惑をかけるかもしれない。それに――」


 言葉を切る。


「死ぬのは、嫌です」


 言い終えると同時に、堪えていたものが溢れた。


 目尻から、熱い雫がこぼれ落ちる。


 ヴァルターは、何も言わなかった。慰めも、叱咤もしなかった。


 ただ、椅子から立ち上がり、リネットの前に立った。


「怖くて、当然だ」


 その一言だけで、なぜか少し息がしやすくなった。


 リネットは俯いたまま、しばらく黙っていた。


「……でも、行きます」


 顔を上げる。


「私が行かなかったら、魔族が活発になって、世界が滅んじゃいますもんね」


 そう言って、リネットは苦笑した。


「――笑えることではないんだがな」


「分かってます。でも、笑うくらいしないと、やってられなくて」


「それで誰か死んだら……私、一生後悔します」


 だから、行く。


 怖いことと、行かないことは、リネットの中では繋がっていなかった。


 ヴァルターは、何かを言いかけて、口をつぐんだ。


「お前が望むなら――」


 そこで言葉を止め、小さく首を振る。


「……いや、何でもない」


「無理はするなよ」


「無理しないと、多分、務まりません」


「だから言っている」


 ヴァルターの声が、少しだけ低くなる。


 リネットは、今度こそちゃんと笑った。


「大丈夫です。それに、私が一番、ここへ戻ってきたいですから」


 仲間の前では、この顔しか見せない。


 気丈で、明るい魔法使い。


 それでいい、とリネットは思っていた。


     *


 出立の前夜、リネットはヴァルターの家で夕食をとった。


 いつもと変わらない食卓のはずなのに、ミラはやけに料理の品数を増やしていた。


「今日は随分と豪華ですね」


「気にしないで、たくさん食べなさい」


 ミラは微笑んだが、その手は、いつもより少しだけスープをよそう手つきが慎重だった。


 食事の後、ミラはリネットに小さな包みを渡した。


「これ、持っていきなさい」


 開けると、刺繍入りの手拭いだった。隅に、小さく風の模様が縫い取られている。


「汗を拭くにも、傷を縛るにも使えるわ。それに」


「それに?」


「心細くなったとき、握りしめるのにもいいでしょう」


 リネットは、手拭いを胸に抱えた。


「ちゃんと、いってきます、を言いなさいね」


 ミラに促され、リネットは姿勢を正した。


「いってきます。必ず、帰ってきます」


 ミラは、何も言わずにリネットを抱きしめた。


 いつもより長い時間だった。


 肩に触れたミラの頬が、少しだけ冷たく湿っている。


 顔は見えない。だから、リネットも見ないふりをした。


     *


 翌朝、王都の正門には、旅立つ五人を見送る人々が集まっていた。


 国王からの激励、神官による祝福の言葉、鳴り響く鐘の音。


 リネットは、その全てを少し離れたところから眺めていた。


「リネット」


 ヴァルターが、人混みを離れて呼んだ。


 二人だけになると、彼は背負い袋から二つの包みを取り出した。


「これは、魔力回復薬だ」


「魔力を生み出す薬じゃない。体の回復を前借りするものだ。続けて使うと、身体に負担がかかる」


 一つ目を渡す。ずしりと重い、瓶の詰まった感触があった。


「こっちは――」


 もう一つ、布で小さくくるまれたものを差し出す。


 開いてみると、中には瓶が一本だけ入っていた。形はいつもの魔力回復薬とよく似ているが、中身の色が違う。魔力回復薬の澄んだ青に対して、こちらは沈んだ赤紫をしていた。


「もしものときに使え。普通の魔力回復薬とは違う」


「これは?」


「魔力増強剤だ。一時的に、扱える魔力の上限を引き上げる。ただし、身体への負担が大きい」


 リネットは、その瓶を握る手に、少し力を込めた。


「どれくらい、大きいんですか」


「使いどころを誤れば、しばらく起き上がれなくなる程度には」


 軽い口調では言えない重さだった。


「本当に、もうどうしようもないときだけ使え。それまでは、決して手を出すな」


「はい」


「約束できるか」


「できます」


 ヴァルターは、しばらくリネットの顔を見ていた。


 それから、短く息を吐いた。


「生きて戻れ」


 いつもより、少しだけ低い声だった。


 リネットは、瓶を布にくるみ直して、胸に抱いた。


「はい」


 ヴァルターは、もう一つ、小さな紙包みを懐から取り出した。


「これは、ミラから預かっている」


「お菓子、ですか?」


「日持ちするものを、と言っていた。ゆっくり食べろ、だそうだ」


 リネットは、それを両手で受け取った。


「……ありがとうございます」


 そこで、いつもの調子に戻す。


「帰ったら、またここで働きますね」


「机は用意しておく」


「団長のを半分でも構いませんよ」


「却下だ」


 軽口を挟むと、少しだけ、ヴァルターの目元が緩んだ気がした。


 馬車の準備が整い、ロランたちが声をかける。


「リネット、行くぞ」


「はい、今行きます」


 リネットは駆け出す前に、もう一度だけヴァルターを振り返った。


 団長の顔をした彼が、こちらを見ている。


 いってきます、と口の中だけで呟いて、リネットは仲間のもとへ走った。


     *


 馬車が王都の門をくぐる。


 窓の外を流れていく見慣れた街並みを、リネットはしばらく眺めていた。


 好きな仕事があって、居心地のいい場所があって、これから叶えたい夢もある。


 その全部を、いったん置いていく。


 握りしめた手拭いの、小さな風の刺繍を指でなぞりながら、リネットは隣に座ったフィンへ顔を向けた。


「よろしくね、フィン」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 気丈な魔法使いの顔で、リネットは笑った。

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