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勇者パーティの魔法使いは魔力が少ないらしい  作者: puni0023


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プロローグ いつかの話

 王国魔道士団の修繕室に、赤い光がいくつも浮かんでいた。


 壁一面に広がるのは、王都の外壁を巡る防衛結界の見取り図だ。


 そのうち西区画だけが、脈を打つように明滅している。


「す、すみません。点検のために魔力を流しただけなんです」


 魔道士団へ入って間もない少年が、床に置かれた中継器を前に青ざめていた。


 中継器は、手のひら二つ分ほどの薄い円盤だった。中央には淡い青の結晶が嵌め込まれ、外周には細かな術式が幾重にも刻まれている。


 王都の防衛結界を区画ごとにつなぎ、異常があれば見取り図へ知らせるための重要な魔道具だった。


「全部止めますか?」


「待って。今止めたら、西区画の結界が落ちちゃうよ」


 リネットは少年の隣へしゃがみ込んだ。


 赤い光が映る顔は、いつもより少しだけ真剣だった。それでも声は落ち着いている。


「まず、手を離して。熱くなってない?」


「だ、大丈夫です」


「よかった。じゃあ、一緒に見ようか」


 彼女が中継器へ手をかざすと、乱れていた光の線が一瞬だけ静まった。


「西区画の外壁には異常ないよ。中継器が、別の区画から余分な合図を受け取ってるだけ」


「でも、どこから……」


「たぶん、ここだね」


 リネットが示したのは、円盤の外周に刻まれた線の、ほんのわずかな重なりだった。


 少年は目を凝らしたが、違いが分からない。


「ここ、隣の線にちょっと触れてるでしょ?」


「……はい?」


「魔力を流すと、少しだけ繋がっちゃうの。古い刻線を補修したときに、触れちゃったんだと思う」


「リネット」


 背後から低い声がした。


 ヴァルターが修繕室の入口に立っていた。


 壁の警報表示を一目見て、すぐに状況を把握したらしい。


「中継器を止めろ。西区画の結界は、予備系統へ切り替える」


「切り替えには三分ほどかかりますよね」


「かかる」


「その前に直せそうです」


 リネットは中継器を見つめたまま答えた。


「ここだけ外せば、ほかの流れを止めずにすむと思います」


「見えるのか」


「ちょっと、震えてるんです」


 ヴァルターは一拍だけ黙った。


「……やれ」


「はい」


 リネットの指先に、細い光が灯った。


 大きな魔力ではない。糸のような、ほとんど見失いそうな光だった。


 その光は円盤の刻線に沿って進み、何本もの流れの隙間をすり抜けていく。


 余分に触れ合った二本の線。その片方だけへ、リネットは魔力を滑らせた。


 赤い光が、ひとつ消える。


 次にもうひとつ。


 やがて見取り図の西区画は、普段どおりの淡い青へ戻った。


「……ほどけた」


 リネットが小さく息を吐く。


 少年が、恐る恐る中継器へ魔力を通す。


 今度は警報も鳴らず、円盤の中心の結晶だけが静かに青く光った。


「直った……」


「よかった。西区画の人たちを、驚かせずにすんだね」


 リネットは笑い、立ち上がった。


 少年は中継器とヴァルターを見比べた。


「団長も、今みたいに直せるんですか?」


「直せる」


 ヴァルターはすぐに答えた。


 それから、少しだけ言葉を選ぶように続ける。


「だが、結界を生かしたまま、あの部分だけを触るのは俺には難しい」


 少年の目が丸くなる。


 魔力量なら、リネットは団内で飛び抜けているわけではない。記録を並べれば中の上で、ヴァルターとの差も大きい。


 それでも細かな術式を扱う仕事になると、先輩たちはまず彼女を頼った。


「リネットさん、今の、もう一度教えてもらえますか」


「もちろん。でも、これはもう直しちゃったから、練習用の盤を使おうね」


 リネットは中継器を少年から受け取り、両手で持ち直した。


 落とさないように、傷をつけないように。指先の力加減まで気を配っているのが分かる持ち方だった。


「大事な結界だから」


 少年はほっとした顔で頷いたが、その拍子に大きなあくびを噛み殺した。


 朝から気を張り詰めていたのだろう、目の下にはうっすら疲れがにじんでいる。


 リネットは鞄から、布に包んだままのパンを取り出した。


 朝食で食べきれず、半分だけ残しておいたものだ。


「はい、これ」


「え、いいんですか」


「朝から頑張ったから」


 少年は照れくさそうに礼を言って頬張った。


     *


 団長室へ戻ると、ヴァルターの机には小さな便箋が置かれていた。


 見慣れた、やわらかな文字だった。


『お昼は家で食べましょう。温かいものを作って待っています。リネットもつれてきてくださいね。』


「ミラさんから?」


 差出人を見て、リネットの頬が緩む。


「あぁ。昼、一緒に家くるか?」


 書類を整理していたヴァルターが尋ねた。


「はい! 先日お会いしたときに、お昼をご一緒する約束をいただいていたんです。すっかり忘れていました」


「それはお前が中継器にかかりきりだったからだろう」


「でも、ちゃんと直りましたよ」


「ああ」


 ヴァルターは短く頷いてから、机の端に置かれた封筒へ目を向けた。


「それは何だ」


「結婚式の招待状です。リオナ先輩から。先日お会いしたときに、誘っていただきました」


「そうか」


 その声が、少しだけ柔らかくなった。


「あいつも、ようやくか」


「団長のところにも届いてますよね」


「届いている」


 ヴァルターは、自分の机の引き出しを軽く叩いた。


「祝いの品は、ミラに任せるつもりだ」


「じゃあ、絶対にいいものになりますね」


「そうだな」


 口元が、わずかに緩んでいる。


 部下の結婚を、この人はちゃんと喜んでいる。


 そういうところを、リネットは知っていた。


「休暇の申請は早めに出せ」


「まだ何も言っていませんよ」


「言うだろう」


 リネットは窓辺の椅子に腰掛け、封筒を開いた。


 同僚の名前が二つ、飾り文字で並んでいる。


「いいなあ。私も、いつか結婚したいなあ」


 招待状を指でなぞり、リネットはふっと笑った。


「でも、住むなら王都がいいです。職場まで歩いて来られるところで、小さくても台所に窓がある家」


「ずいぶん具体的だな」


「具体的なほうが叶いそうでしょ? 一緒にご飯を食べて、それぞれ仕事に行って。帰りが早かったほうが夕飯を作るんです」


 そこで初めて、ヴァルターが顔を上げた。


「結婚しても続けるつもりか」


「はい。好きですから、この仕事」


 迷いのない返事だった。


「子どもができたら、少しお休みをもらうかもしれませんけど。落ち着いたら戻ってきたいです」


「戻る頃には、お前の机がなくなっているかもしれんぞ」


 にやりと、冗談めかした言い方だった。


「ええっ。それは困ります。じゃあ、団長の机を半分貸してください」


「なぜそうなる」


「大きいから」


 大真面目な顔で言うので、ヴァルターは思わず小さく噴き出した。


「……お前は本当に」


「ほら、笑いました」


「笑っていない」


「笑いましたよ、今」


 ヴァルターは書類へ視線を戻した。


「机くらい用意する。戻る気があるなら、先に連絡を入れろ」


「はい」


 リネットは嬉しそうに頷いた。


     *


 王国魔道士団へ入る前、リネットは孤児院で暮らしていた。


 リネットにとって魔法は人から褒めてもらえる特技だった。


 ランプや簡易結界など孤児院で使われている魔法具の修理をするととても感謝され本を読んで一人で勉強していた。


 幼いリネットは喜んでもらえるのがうれしくて1日中魔導書を読み込んでいる日もあった。


 まだヴァルターが副団長だった頃、孤児院に魔法のできる子どもがいるという話を聞いた。


 見に行けば、小さなリネットが、窓の外へ逃げた紙片を風の魔法で一枚ずつ手元へ戻していた。


 魔力は、人より少し多い程度だった。魔法使いとして見れば、中くらいより少し上、というところだろう。


 けれど、紙を破らず、棚の花瓶を倒さず、子どもたちの髪を乱さずに、一枚だけを風で運ぶことができた。


 ヴァルターは、院長とリネットへ言った。


「魔法を学びたいなら、団で預かる」


 リネットは少し考え、それから目を輝かせた。


「魔法、もっと使えるようになりますか?」


「学べばな」


「行きます」


 十四歳で正式に王国魔道士団へ加入してからも、リネットは魔法が好きだった。


 術式を学び、失敗し、何度もヴァルターの指導を受けながら、細かな魔力操作を磨いていった。


 団長となったヴァルターが、彼女をそばに置くようになったのは、腕が必要だったからだけではない。


 リネットがまだ団へ来て間もない冬、熱を出して倒れたことがある。


 寮でひとりにするには幼かったリネットをヴァルターは自宅へ連れて帰った。


 ヴァルターの妻――ミラは呆れながらも、すぐに寝床を整えた。


『子どもを抱えて帰ってくる前に、せめて連絡くらいくださいな』


 額に濡れ布を載せ、苦い薬を飲ませ、熱が下がるまでずっとそばにいてくれた。


 リネットはその優しさにすっかり懐いた。


 いまでも時々、ヴァルターとミラと三人で昼食を取る。仕事のことや、近所のことや、他愛もない話をする。


 家族と呼ぶには、血が繋がっていない。


 けれどリネットにとって、王国魔道士団とヴァルター夫妻の家は、居心地のいい場所だった。


     *


 昼を少し過ぎて、リネットはヴァルターの家の食卓に座っていた。


 ミラが、湯気の立つ皿を彼女の前へ置く。


「ちゃんと食べてから働いている?」


「今日は朝から中継器が大騒ぎで」


「質問の答えになっていないわね」


 ミラは、ふふ、と笑った。


「食べました。パンを半分」


「半分」


「あと半分は、後輩にあげました」


「そういうところよ」


 ミラは、もう一度笑った。


 呆れているようで、どこか楽しそうだった。


 リネットはスープを一口飲んだ。


「おいしいです」


「それなら、もう少し食べなさい」


 向かいで、ヴァルターが黙ってパンを食べている。


 ミラは、食卓の端に置かれた結婚式の招待状を見つけた。ヴァルター宛てに届いていたものだ。


「あら、リオナさん結婚するのね」


「はい。招待状をいただいたとき、とっても幸せそうでしたよ。私も、いつか結婚したいなあって、さっき団長に話していたんです」


「そうなの?」


「王都に小さな家を借りて、仕事も続けたいって」


「あなた、ずいぶん可愛い夢を持っているのね」


 ミラは目を細めた。


「娘がいたら、こんなふうに話すのかしら」


 リネットの手が止まった。


「……今、聞きましたよ」


「聞かせるつもりで言ったのよ」


「では、娘としてお願いしてもいいですか?」


「何かしら」


「結婚式に着ていく服、一緒に選んでください」


 ミラはすぐに笑った。


「もちろん」


 ヴァルターはスープを飲みながら、二人の会話を聞いていた。


 何も言わない。


 ただ、リネットが満足そうに食事を進めているのを、温かい目で見ていた。


 午後になれば、また団へ戻る。


 中継器の修繕記録を整理して、後輩へ細かな術式の読み方を教える予定だ。


 近いうちに、結婚式へ着ていく服も見に行く。


 好きな仕事があって、居心地のいい場所があって、これから叶えたい夢もある。


 リネットは温かいスープを飲みながら、そんな当たり前の未来を疑ったことがなかった。

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