最終話.兵どもが夢の跡
先入観とは恐ろしいものである。
一度「ドラゴンの頭蓋骨だ」と思い込んでしまえば、
カモメの骨盤の穴さえも、邪悪な竜の眼窩に見えてしまうのだから。
《なるほど、正解はカモメの骨盤だったのか》
《勉強になったよ。ありがとうエレンさん》
そんな冷静な大人のコメントを残すユーザーも、ごく少数ながら存在した。
だが、大多数のネット民たちは違った。
夢から引きずり下ろされた彼らのエネルギーは行き場を失い、
やがて理不尽な怒りへと変貌していった。
《何してくれてんだ!》
《なんで正解を書くんだよ!》
《空気読め!》
《がっかりだよ!》
《今すぐ、そのツイートを削除してくれ!!》
《俺たちの世界にドラゴンがいて欲しかったんだ!》
《頼むから夢を見させてくれ!》
《せっかく、最高潮に盛り上がっていたのに!》
《学者ぶった正論で台無しにしやがって!》
現実を知らされた絶望感とロマンを奪われたことへのシュールな不満が、
コメント欄を大いに埋め尽くした。
どうやら彼らにとって重要だったのは、骨の正体ではなかったらしい。
あの骨がカモメのものだろうが、竜のものだろうが、
そんなことはどうでもよかったのだ。
彼らが愛したのは「ドラゴンがいるかもしれない」という、
あの胸が高鳴る幻想のひとときだった。
やがて、誰かが最後のコメントを残した。
《カモメの骨盤だと分かった瞬間、世界が急に現実になった》
それを読んだ別のユーザーが返信した。
《わかる》
さらにその下に――
《昨日までドラゴンだったのに》
《今日からカモメか》
《人生とは、そういうもんさ》
――と続いた。
砂浜には、今もあの骨が転がっている。
ドラゴンでもなければ、伝説の怪物でもない。
ただの、カモメの骨盤だ。
しかし、ほんの一瞬だけ、世界中の人々が、それをドラゴンだと思った。
科学的には間違いだったけれど、楽しかった。
だからある意味では、あの骨は本当にドラゴンだったのかもしれない。
少なくとも、正体がバレるまでの数時間だけは。
狂乱の一夜が明けた翌朝。
オーストラリアの海岸から新しい投稿が流れてきた。
《海岸で謎の骨を発見。これは……人魚では?》
画像を見る限り、細長い顎の輪郭を持つ人間の形をした頭蓋骨を持ち、
胸郭が見えた長い胴体が確認できるが、手足や耳は確認できない。
下半身が魚のように見えることから、人魚を彷彿とさせるような形だった。
コメント欄は、わずか三分でバズった。
《間違いなくマーメイドだ!》
《いや、これはセイレーンだ!》
《古代文明の遺物だ!」》
そして、誰かが書いた。
《頼むから、専門家は来ないでくれ!》
そのコメントには、過去最高数の「いいね」が付いた。
なお、海洋生物の専門家はこの骨をイルカやゴンドウクジラといった
小型の鯨類のものと推測されると結論付けた。
《おしまい》




