第6話 呪いのエルフ、異世界に飛ばされる
見たことのない景色が眼前に広がっている。見渡す限り殺風景な色合いで、それに何より人の姿が確認できない。おまけにここは、空気が良くない。私は大丈夫だけど、きっと普通の人はすぐに倒れてしまうだろう。
芽生えた心細さが成長を始めようとする最中、視界の端で流れるコメントがさらにその速度を速めたように見えて、そちらへと意識を向ける。
《ここって池袋!?》
《知ってるけど知らない場所だ……》
《なんでこんなに荒廃してんの?》
《やば》
《そういうコンセプトのゲーム?》
《面白そう》
「み、皆この場所知ってるの?」
《知ってるよ》
《俺の職場あるし》
《イベントで何回か来ただけだけど見覚えあるわ》
「そうなんだ……」
どうやら全くの未知の場所、というわけではないらしい。少なくともこれだけの人たちが知ってるとなれば、心細さも薄れる。私がコメントたちに勇気を貰っていると、脳内にニドゥカの声がまたも響いた。
『――、ああ、まだ繋がるみたいだな。体調は大丈夫か?』
『――ニドゥカ! これってどういうことなの!?』
『――一応元気そうだな? 悪いが、いま全部を説明する時間は多分取れない』
この地へと送られる前に見せた彼女の表情は、何か事情を知っている風だった。説明もなしに連れてこられて、頬を膨らませてしまうものの、彼女の謝罪の言葉を聞くと、これ以上怒る気も失せる。
怒ったところで、もう連れてこられているんだから、適応するしかない。言葉を待つ私にニドゥカが咳払いをして、声を震わせる。
『――いいか、ギルハ。よく聞け。この場所は私たちにとっての異世界、日本って場所の未来の姿だ。オマエには、この場所がこうなった原因を排除してほしいんだ』
『――ええ……、どうして私が……?』
『――言っただろ? オマエにぴったりだって。この場所のどこかに、エリアマスターってヤツがいる。そいつを探し出して倒すと、未来が、こうならずに済むんだとよ』
『――そんなこと、急に言われても……』
まあ、やって欲しいことはわかった。私も別に戦闘だってできないわけじゃないから、それほど難易度は高くない。
それでもいきなりここへ連れてこられて、これをやれあれをやれなんて、理不尽じゃないかな? もっと労働の自由が私にも認められてもいいと思う。
『ちなみに止めようと思えば自由に止めて大丈夫だからな。小鳥のデバイス、アトラに命じれば元の世界にいつでも帰れるし』
『え? そうなの?』
『ああ、だから気負わずに行ってこい。ヤバくなったらすぐに帰って来い。それに、アトラが魔力切れを起こす可能性もある。そうなる前にキリの良いところまで進んで、また次回来ればいい。ともかく、ここから先はオマエと、コメントたちで進むんだ』
ニドゥカは? とそう尋ねるよりも前に、声が響かなくなった。よくわからないけど、微かにあった彼女との魔力による繋がりが消えたような気がした。
なるほど、と。私は内心で一人納得する。これをさせるために、ニドゥカは私を働かせようとしていたんだろう。まんまと乗せられた形になるけど、来てしまったものは仕方ない。
私は一歩、黒い大地に足を踏み出して歩き始めた。別にこの場所に来て、不調を来しているわけではない。いつもと同じように息を吸えるし、体も動く。
歩きながら、これを観てくれているコメントにさっきニドゥカから聞いた状況を簡単に説明する。
「なんかね。私も詳しくは知らないんだけど、ここはニホンって場所の未来の姿らしいの。皆が言ってたイケブクロってところ?」
《え、マジ?》
《やっぱ池袋か》
《未来荒廃しすぎだろ》
《はいはいそういう設定ね。ワクワクします》
「未来がこうなった要因があるみたいなの。それをどうにかすれば、皆が知ってるこの場所がこんなに荒れなくてよくなるんだって。だから、その要因が何か、まずはそれを探すね」
《おk》
《初回からゲーム配信とはやりおる》
《面白そう》
《ワクワクしてきた》
《池袋なら任せとけ》
「うん。皆、頼りにしてるね」
そう笑顔で言ってみるけど、やっぱり不安は募る。これまで、外に出る時は必ずニドゥカがいた。それは私の力のせいでもあったし、私一人だとろくにコミュニケーションも取れないからに他ならない。
でも、今は一人じゃない。
コメントの皆がいる。それだけで、心に降り積もる悩みはどうにかなるんじゃないかって、そんな気分になる。
私は大きくなった気になって、自信満々に足を踏み出して、この地の散策を開始した。
「どこに行った方がいいんだろう?」
《池袋と言えばサンシャインシティじゃね?》
《アニメイトだろ》
《池袋サンシャインってまだあるんかな?》
《とりあえずでかい建物目指そうぜ》
コメントの人たちが色々と言ってくれている。この池袋という場所がこんなことになった要因を探そうにも皆目見当がつかない。この広さを手当たり次第、というわけにもいかないだろう。それなら、コメントの中で一番意見が出ている場所に行くのが良さそうだ。
「えっと、とりあえずサンシャイン? ってところに行こうかな?」
《ここって駅だよな? 東口?》
《なんかそれらしい看板とかない?》
《こんだけ荒れてるとわからんw》
「うーん、皆の反応的にそんなに遠くなさそうだから、探しながら歩いてみようかな!」
《おけ》
《ギルハちゃんの好きなようにすればよろし》
《指示コメにならないように気を付けるね》
「指示コメ……?」
またよくわからない概念を言っている。それに首を傾げて意味を考えようとしていたところに、物音が鳴り響いた。
《音?》
《誰かいる?》
配信にもちゃんと聞こえているようだ。他に人がいる気配はない。音の鳴った方へと視線を向けると、そこには多くの瓦礫が山積みになっていた。
「瓦礫が崩れただけかな?」
《なんだ猫か》
《フラグやめ》
《ホラーだったら気のせいじゃないやつやん》
《気を付けて!》
「皆、ありがとうね!」
なるべく心配を掛けないようにしたい。どれだけ心を強く持っても、どうしたって未だに不安は滲む。それを振り払うようにわざと笑顔を纏う私の耳に、再度瓦礫が崩れる音が響いた。
「……やっぱり、気のせいじゃなかったね」
さっき音を立てた瓦礫の山。それは独りでに動いて、宙に浮かび始めた。瓦礫たちは次第に形を成して、二本の脚、歪な胴体、不揃いな両腕――
そして、巨大な頭部を、創り上げた。
《ゴーレムきたああああああああ》
《こいつ動くぞ!?》
《日本はどうなっちまったんだよ!?》
《ギルハちゃん逃げて~》
「……大丈夫だよ」
目の前に組み上げられた巨体は、優に私の背丈の五倍以上はある。それが腕を振るうだけで、きっと吹き飛ばされてしまう。
コメントの人たちも心配をしてくれている。そんな心遣いをされるのも、今までにあったかな?
自分のために心を動かしてくれているコメントたちのためにも、ちゃんと戦えるって姿を見せないと。
それに、この忌まわしい力も。
「――皆に見せるね。私の呪いの力」
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