第31話 呪いのエルフ、邂逅する
続く階段を昇ったその先に待っていたのは、広大な空間だった。空を遮る天井は崩れ、見上げれば天を覆う靄が近くに映る。解放感は全くない。けど、それはここが池袋サンシャインシティの頂上であることを告げていて。
何よりも、天を衝くような大樹が目の前に聳え立っている。それこそが、私が目指した場所である証拠だった。
《あれが巨大樹》
《間近で見るとでっっっ》
《デカすぎんだろ……》
《ギルハちゃん?》
コメントたちが思い思いの言葉を流している中、私はある一点を見つめる。
それは、巨大樹の生える根本。地面というか、床に近い場所に位置するそこには、白い何かがある。
茶色い樹皮や新緑の葉ではない、明らかに異質な、くすんだ白。見覚えのない場所なのに、私はその白には既視感を覚えて、気がつけば近づいていた。
「……やっぱり――」
自然と、そんな声が漏れ出てしまう。近づく度に、その輪郭がはっきりする。
歩いていくほどに、それを知覚する。
ついに私は、それが明瞭に認識できる距離にまで来ると、足を止めて彼女を見つめる。
「何やってるの? 私……」
声を掛けると、彼女はぴくりと反応し、静かに、それからゆっくりと顔を向けた。
《え?》
《あれ? ギルハちゃん?》
《ギルハ殿が二人!?》
《何か、樹に取り込まれてない!?》
コメントたちの動揺が眼に浮かぶ。それも当然かもしれないって、思う。だってそこにいるのは、私の姿をした女性なんだから。
向ける虹色の瞳に、くすんではいるものの銀色の髪。成長しているのか髪は伸びているけど、それでも顔立ちや上半身は私に違いなかった。ほんの少しだけ、大人っぽいやつれたような顔にはなっているみたいだけど。
そんな彼女は下半身が樹に飲み込まれていて、上半身も所々樹の一部となっている。それでも首より上は自由が利くのか、光のない瞳が私を射貫く。
《ど、どういうことなん?》
《ギルハちゃんはわかる?》
「……うん。なんとなく、だけどね」
私は胸の前で手を握り締め、彼女の視線を一身に受ける。気になることばかりだけど、先にはっきりとさせておかないといけないことがある。
私は息を吸って、深く吐く。大丈夫、驚きはしたけど、今の私は一人じゃないから。
「ねえ、未来の私。あなたがこの世界のエリアマスターでしょ?」
彼女は私を見つめたまま動かない。何を想い、何を考えているのか。わからないのは不気味だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
しばらく、無言が続いた。もしかして聞こえなかったのかな。そう思い近づいてもう一度話しかけようとした時、聴き馴染みのある声が耳を打った。
「そうだよ、過去の私。自分のことをエリアマスターだって、自認したことは一度もないけどね」
《しゃべったあああああ》
《ちょっと大人びてるけど、ちゃんとギルハちゃんだ!》
《寧ろ俺はあっちの方が……》
《じゃあ未来のギルハちゃんと戦わなきゃいけないじゃん》
私自身の声を、こうして外から耳にすることはなかったから違和感が凄いけど、彼女はちゃんと私だ。
私はそのことにまずは安堵して、それから会話を続ける。
変に緊張することもなく話そうと思えたのは、相手が自分だからかな。
「どうしてこんなことに――」
「その前に、あなたの目的を聞こうかな。過去の私」
彼女の声は落ち着いて、加えて威厳も感じられる。でも、どこまでいっても彼女は私で、臆することなく話すことができる。
「……私はエリアマスターである、あなたを倒すために過去からやって来たの。そうしないと、私たちが生きる世界が、こんな未来になっちゃうらしいから」
「そう。うん、そうだよね。あなたの目的は、知ってたよ。これまでも同じような目的の人が、私の前に訪れてたからね」
「……本当に、未来をこうしたのは、あなたなの?」
到底信じられない。私一人で世界をこんなに滅茶苦茶にできるだろうか。私の問いかけに、彼女はその首をゆっくりと横に振って、否定の意を示した。
「未来をこうしたのは、私のせいじゃないよ。私は今のこの状況を維持しているだけ。世界をこれ以上、崩壊させないためにね」
「……どういう、こと?」
彼女の話は要領を得ない。詳細を聞こうとするけど、彼女は無理やりに話題を切り替えた。
「あなたが私に勝てたら教えてあげるよ。……これまでこのことについて、知れた人はいないけどね」
「ここに来た人は、全員どうなったの?」
「殺したよ。それが私の役目だから」
ドキリと、心臓が鳴った気がした。あれは、私だ。今ここにいる私の延長線上に、彼女がいる。
だから、躊躇なくその選択が出てきたことに、違和感を覚えて、不安になった。
「もちろん。あなたも同じ目的なら、私は容赦しないよ。これまでに死んでいった人たちの分まで、私は背負って今を生きてるんだから。……よろしくね――」
彼女の言葉に続くように、大樹の裏手から歩く人影が一つ。
それは赤錆色の長髪を携えた、少年。瞳はアメジストを彷彿とさせるほどに綺麗で美しくて、思わずその目に視線が吸い寄せられる。
「――ツヴァルカイン。ううん、ルカ」
彼女は愛おしそうに、切なそうに。
いつもそうして呼んでいるように。
彼の名前をその場に落とした。
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