第28話 呪いのエルフと少年は出会う
ボクが生まれたのは、陰鬱な森が広がる、ジメジメとした閉鎖された環境だった。別に場所はどうだっていい。そこがイヤだとか思ったことは一度もなかった。生物は適応して生きる。そうしないと生き残れないから。
親父とはあまり話さなかった。土地の領主でもあったから、忙しいのは当然として、それでも近寄り難い雰囲気を感じて、ボクの方からもあまり話しかけることはしなかった。
母はいなかった。どうやらボクを産んで、しばらくして亡くなったらしい。だから、生の大半を一人で過ごしていた。気が滅入るような鬱々とした森が広がるその場所で、不気味な洋館にポツンと一人。寂しいという感情は、あったのか既に消えていたのか。ボクは漠然と生きていた。
「愚息よ。これから吾輩はしばらくこの森を留守にする。洋館は好きにしろ。今後は自らの魂に準じて、生きるが良い」
ある日、親父がそう言った。久しぶりに話したと思ったら、一方的にそう言うだけ言って、出ていった。別にそのことが悲しいとは思わない。ボクはそれを受け入れて、黙って父を見送った。
今までも父はいなかったのだ。これからの日常が変わるとは思えない。ずっとこうして、何もせずに日々が消費されていくのだろう。
そう、思っていた。
五年、十年。どれくらい経っただろうか。吸血鬼は血を飲まなければ成長しないし歳も取らない。栄養摂取などという概念もなく、ただ力を得るために血を飲むのが、ボクたちの種族だ。
そして、残念ながらというか当然というべきか、ボクの周りには飲める血はなかった。それで飢えることもしないから気にせず生活してきたし、率先して飲みたいという欲も特になかった。
そもそも、血を飲むという行為は、自らの魂を汚すことだと教わったから。それでも飲みたいと、そう思える相手にのみ許される行為だと、親父から教わっていた。
「……?」
ボクがいつものように洋館で過ごしていると、草を踏む音が耳を打った。ここには何もない。用事がある者しか立ち寄らないはずだ。窓から外を見ると、ランタンを持つ数人の男たちが洋館に向かってきていた。全員が武装していて、見るからに物々しい雰囲気を放っている。
「罪人、エナクメレクの息子、ツヴァルカインがここにいると聞いた。抵抗せず出てきなさい」
先陣を切っていた男が門前で、声を張り上げてそう叫んだ。
罪人? 何のことだろう。確かに親父の名前はエナクメレクで間違いないが、罪を犯すようなことはしない。何かの間違いだろうと、ボクは扉を開けて、門前に向かう。
「なんだ、まだガキじゃないですか」
また別の男が半笑いでこちらを見てくる。嫌な眼だ。僕は警戒しながら、門を挟んで彼らに抗議する。
「……どこの誰か知らないけど、親父は犯罪者じゃないよ」
「おまけに生意気だ。懲らしめますか?」
笑っているが、その冷たい視線に思わず後退る。けど、先陣を切っていた男は溜息混じりに首を振った。
「すぐに暴力に訴えるのはやめろ。まあ、力を行使するかどうかは、こいつの態度次第だがな」
見下ろすその視線。言葉と共に吐き出される、拒絶の空気。人とまともに関わりあったことのないボクでも、わかってしまう。
彼らは対等な話し合いをしにきたわけじゃないことを。
「お前は、エナクメレクの息子、ツヴァルカインで間違いないか?」
「……ああ、それが何だよ――」
ボクがそう答えると同時に、門の鉄格子が一本、洋館へと吹き飛んで、突き刺さった。それが、男の蹴りによるものだと理解するのに、しばらく時間がかかってしまう。
「――は? 何すんだ――ぐっ!?」
突然の出来事に糾弾しようとしたものの、それも上手くいかない。ボクの喉は強い力で締め上げられて、体も宙に浮かんでいた。
まるで、見えない手に掴まれているかのようで、必死にもがくけど触れられない。
「訊かれたことだけに応えればいい。お前に自由に発現する権利はないと思え」
「うぐっ――!?」
急に解放されて、力なく地面に転がってしまう。乱れた呼吸を繰り返すボクに、男は門を乗り越えて近づいてくる。
「お前の父はこの世界を崩壊させようとしてる。いや、もう行動に移っていた、と言うべきか。ともあれその危険思想を持つ集団に加担していてな。俺たちはその行方を追ってる。ここまで言えばわかるだろ? お前の父親の居場所を吐け」
「そんなこと急に言われたって――」
ボクの言葉は、最後まで紡がれない。男は倒れるボクの手を踏みつけて、力の限り圧し潰す。
「があああああああああああっっっっ――――!?」
「恨むなら、お前の父を恨むことだな」
言葉と共に、さらに踏み潰す足へと力が籠められる。徐々に掛かる負荷に、骨は軋み、肉体は悲鳴を上げる。
「し、知らないよ! 勝手にどっか行ったんだ! しばらく帰ってきてないって!」
痛みと共に声が歪む。ボクの知っていることはそれだけだ。話せることはそれ以上ない。
「……それをどうやって証明する?」
「――っ、それは……」
男の声音が重くなる。信じられていない、そもそも初めから信じるつもりもなかった。そんな雰囲気だ。
「お前、いかれてるよ……!」
「まともなヤツはそもそもこの仕事に向いていない」
男は踏む足を退けて、今度勢いよくボクの鳩尾を蹴り上げた。
「が、ァっ――!?」
「連れていけ。どうせ不死だ。責め苦を与え続けて、父親の場所を吐き出させろ」
地面に這いつくばるボクに、男たちが近づいてくる。
何が起きているのだろう。どうして、こんなことになっているのか。変わらない日常にいただけのボクを、誰が壊そうとしているのか。必死に抵抗しようとするものの、全身に力が入らない。
もしかすると、心が既に死んでしまっていたのかもしれない。ボクはただ、訪れる異常を拒む力もなかった。
「……お前は――」
「……?」
先ほどまでボクの手を踏んでいた男が、とある方向に視線を向けて、ポツリと呟いた。声音が、僅かに違っている。緊張を帯びているような、あるいは脅えているような、そんな調子だ。
気がつけば、他の全員も同じ方向を見ている。ボクも地面に這いつくばりながら、そちらへと視線を向けた。
そこにいたのは、一人の女性。銀髪に隠れる片方の瞳は虹色に輝いていて、けれどその表情は微塵も明るくない。長く尖った耳を持つ彼女は、やつれた顔で、ただこちらを見ていた。
「なんで、ここにお前が――」
男が、最後まで何かを言うことはなかった。彼は静かに血を吐き出して、力なく地面に膝をつく。
他の、男たちも同じだ。同様に血を流し、地面に倒れ伏す。しばらく、痙攣したように体を震わせていたけど、すぐに全員、動かなくなった。
「……あなたは、生き残ったんだね」
彼女が声を発した。透き通るようで、でもどこか疲れたような声だった。
生き残った? いや、違う。今もボクの体は何かに反応しているように、熱を帯びている。周囲にいる男たちみたいにはならないけど、それでもボクの不死は、再生を繰り返しているようだった。
「た、助けてくれてありがとう」
「……助けたつもりなんてないよ。私は、私のために世界を変えてるだけなんだから」
「……?」
彼女の言っていることに理解が追いつかない。何も言えないでいると、やがて彼女は踵を返して立ち去ろうとしてしまう。
「あ、あの――」
それを見たボクは、咄嗟に呼び止めていた。何を話すわけでもない。彼女に用事があったわけでもない。それでも、そうしたいと思えたのは、彼女がボクを間接的に助けてくれたからだろうか?
そんなボクの声に、彼女はゆっくりと振り返った。
どうしよう。何も言葉を用意していない。そもそも声を発した理由もないのに、言葉が出てくるわけがない。
ボクは彼女を見て、彼女に向けて、よくわからないままに、それを吐き出した。
「ボクを、連れて行ってよ」
何を言っているのだろうか。ボク自身にもわからない。それでもそう発したのは、きっと心のどこかで寂しくて、頭の片隅に孤独を感じていたからかもしれない。
そう言い聞かせることにして、彼女の返答を待つボクに、彼女はふわりと笑って、手を差し出した。
「いいよ。よろしくね」
彼女の声は暖かくて、優しくて。
どこまでも昏かった。
こうしてボクと彼女は出会った。そして今も、ボクと彼女は共にいる。
お読みいただきありがとうございました!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




