第2話 呪いのエルフ、お金が尽きる
「なあ、ギルハ。今どれくらい貯金あるか知ってるか?」
私は同居人のその声に、甘味を食べていた手をピタリと止めた。真面目なトーンだ。こういう時は大体説教されることを、これまでの経験から推察できる。
魔王が討伐されてから早数か月。そろそろ一年が経とうとする頃、私はニドゥカの家に転がり込んでいた。
いつもは好き放題に暮らしているんだけど、こうなったらこの家の主、ニドゥカには逆らえない。決して居心地が良いとは言えないその場の雰囲気に合わせて、手に持ったフォークを静かに置いた。神妙な面持ちを見せる演技派な私は、問いかけてきた彼女が納得する回答を慎重に当てにいく。
「……ご、五百万エアぐらい?」
大体千エアあれば夕餉を満足に楽しめるぐらいの金額だ。そんなに貯蓄もないけど、魔王討伐に尽力したとして、国からそれぐらいの額面は貰っていた、はず。
果たして、私のその回答は質問者の意図を汲み取れていたのか。答えを聞かなくても、その憂い混じる表情でわかってしまった。
「三万エアだよ」
「さん……? 三百万エア? ダメだよニドゥカ。桁が違うよ? 三万と三百万とじゃ、えらい違いなんだから。うっかりさんだなあ」
「誰がうっかりさんだ。現実見ろ。ちゃんとギルハの言う通り桁が違うからさ」
そう言って眼前に突き付けられたのは、何かの紙。よく目を凝らして内容を見てみると、そこに書かれていたのは確かに三万エアの数字。
「オマエの貯金額だ。これまでどうにか金の工面をしてきたが、もうオマエに残された金は残り少ねえ」
「そんな……っ。どうして……」
「いやオマエだよオマエ。これまで随分無駄遣いしてきたからな。そのツケを払う時が来たんだな」
「ええ? 私……? う~ん?」
急に犯人仕立て上げられた私は腕を組んでこれまでの生活を思い返してみる。そんなこと言われても、思い当たる節がない。毎日使用人を遣わせて遠隔で闘技場の賭けをしていたことは関係ないだろうし、負けた腹いせに街の料理を届けさせたりしてたのは大した金額じゃないはずなんだけど……。
皆目見当つかないでいると、ニドゥカは呆れたように口を開いた。
「まあ、使った金については何も言わねえよ。もう戻ってこねえし、魔王討伐に貢献したその褒美で王から貰ったギルハの金だからな。けど、このままじゃオマエは明日のメシの心配をしなくちゃならねえんだ。わかるよな?」
「そ、そうだよね。うん! 任せて! 私が明日闘技場の賭けで全額つっぱしてくるから!」
「バカ。さらに現状を悪化させようとしてどうすんだよ」
「いたっ!?」
大した力も込められていないデコピンを食らって、痛くもないのに思わずそう叫んでしまう。
「うう、じゃあニドゥカからお金をちょっと借りるとか……。ニドゥカ、勇者だからいっぱい報酬貰ったよね!?」
「元勇者な。まあ貰ったには貰ったが、オマエ、言わなかったっけ。ここに住む時に、住む場所以外はオレの世話にならない。食費は全部出すって」
「うっ……、それは、まあ――」
ジンジンするおでこを擦りながら、離れていくニドゥカを見やる。確かに言った。ニドゥカの家に住まわせ貰うんだから、他はちゃんと自分自身のお金で生活していくって。
でも、その約束も最早破綻寸前。
お金を増やす魔術なんてあるはずもないし、本当に賭けで勝つしかないんじゃ……。
「はあ……、お金を真っ当に稼ぐ方法なんて、一つだけだろ」
「……もしかして――」
私の言葉を待たずに、ニドゥカは意地悪く口角を上げて、そして一番聞きたくない言葉を言い放つ。
「働くんだよ。ギルハに丁度良さそうな、面白そうなモンがあってさ――」
「い、嫌だよ!? 私、そもそも他人と話すの向いてないし!」
知らない人と話すって、そう考えただけでも気分が悪くなってくる。人混みに入るのも気が引けるし、これまでまともなコミュニケーションを取ったことがない私からすれば、普通に働けてる人たちは尊敬に値する。色々な要因が重なって、これまで働かずに過ごしてきたわけなんだけど。
この世界は平和だ。それこそ魔王が生きていた頃に比べれば戦う意味もなくなるぐらいには。討たれた魔王によって操られていた人間や魔獣は無事解放されて、また元の様々な種族が交流できる世界に戻った。
それはいいことなんだけど、残念ながら私にできることは戦うことだけ。呪いの影響もあって、普通に働いたことはなかった。だから余計に不安なのだ。
ともかく、ここで折れたら居心地の良いオアシスから一転、地獄の労働生活が待っている。それだけは何としてでも死守しないと!
「だって、何話せばいいかわかんないし、相手が何考えてるかわかんないし、空気読むとか無理だし、ずっと閉じこもってたいし、私は、他の人と関わっちゃいけないし――」
「わかったわかった。そんなこと言われなくたってわかってるって。オレがギルハをそんな向いてないところにいかせるわけねえだろ?」
いやいやいやいやと、必死に首を振っていると、溜息と一緒に優しい声が被せられる。ニドゥカはいつも私を第一に考えてくれている。そんなことはわかっているつもりだけど、どうしても労働に対しての心配は残ってしまう。
未だ拭えない不安を視線に乗せて彼女へとぶつけると、返ってくるのはニドゥカの温かく楽しそうな笑顔だった。
「言っただろ? 面白そうなモンがあるってさ」
その笑顔に心が洗われる。私の穢れた精神が毎度それで浄化されるんだけど、翌日には心は腐っているのでもうどうしようもない。
なんて、そんなことはどうだってよくて。
「その、面白そうなことって……?」
結局何をするのかが重要だ。いくらニドゥカが私のことを考えてくれていると言っても、誰かと働くなんてできない。できるはずもない。既にやんわりと断ろうという姿勢を見せる私だったけど、彼女は無邪気に、答えてくれる。
「配信をするんだ。オマエの日常を見てもらって、お金を稼ぐんだよ」
けれど私は。
返ってきたその言葉の意味がわからなくて、何も反応できないのだった。
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