第13話 呪いのエルフ、この国の王と謁見する
私が転がり込ませてもらっているニドゥカの家は、豪邸と言って差支えのないレベルの邸宅だ。敷地内に森があるし、いくつもの池がある。野生生物も暮らしていて、規模は違うけど私の故郷であるエルフの森を想起させるほどだ。
言ってしまえば彼女は超お嬢様の出でありながら、勇者としての力も持ち合わせている恵まれた存在。私とは正反対も正反対。
でも彼女がそれにかまけることはなくて、人よりも数倍努力をして、自分のことよりも他人を思いやる。
そんな人だから、私も彼女についていってしまうんだろう。
「おい、王。いるんだろ? とっとと開けやがれ」
……超お嬢様で、勇者、なはずなんだけどね。言葉遣いはちょっとどうかと思ったりもする。
夕方の王都は人で賑わっていて、どこに行こうにも人とぶつかってしまう。呪われた体を持つ私からすれば、その場所を歩こうなんて以ての外で、一人だと絶対に不可能だ。
今こうして衛兵や一般人が周りにいる中、城の前で開門を待っていられるのは、ひとえにニドゥカがいるからだ。
「ニドゥカ様にギルハ様。少々お待ちください。カイネ王はただいまお忙しくしておられてまして」
「どうせいつもの趣味だろ? 忙しいに入んねえよ。オレたちなら入っても怒られねえって」
「……まあ、そうですね。カイネ王にもそろそろ仕事に戻ってもらわないと困りますし、どうぞ一言お叱りあげてください」
重厚な鎧を纏った衛兵が嘆息と共に、別の衛兵へと合図をすると、鉄板が嵌められた扉が仰々しく開いていく。
「よし、行くぞギルハ」
ずかずかと躊躇なく踏み込んでいく彼女に、私も続いていく。初めて来た時こそ見慣れない景色に脅えていたけど、もう何度も訪れている場所だ。高級そうな床を踏み歩く、その足にも力が入る。
城内は豪奢に彩られており、絵画や金や銀で造られた調度品が並ぶ。夕刻なのに朝のように明るく、目に眩しいその空間をしばらく歩いていくと、大きな扉が姿を現した。
「よお。カイネ王は中か?」
「はい。こちらで、趣味を楽しまれています」
「ありがとよ」
扉の前に立つ衛兵二人はお辞儀をすると、そのまま脇に捌けていく。いつもの光景だ。全員が元勇者を前にして、道を空ける。
しかしそこにあるのは決して敬意や畏怖によるものじゃない。信頼があってこそ、成り立つ彼女なりの処世術だと言えた。
「入るぞ」
ノックはするものの、返答は待たない。ニドゥカが扉を開くと、そこは真っ暗な部屋。ただぼんやりと浮かぶ光が、宙に浮いて蠢いていた。
「うおおおおおおお、メルたそ~~~~」
それから変なテンションの男も、光る棒を振り回して叫んでいた。
「メルたそじゃねえだろ、何やってんだ」
呆れたようにニドゥカが指を鳴らすと、部屋に明かりが灯る。暗がりに浮かんでいた光ごと塗り潰したそれでようやく気がついたのか、男は私たちの方へと向いて露骨にイヤそうな顔をしてみせた。
「はあ、元勇者一行か」
「嫌なモン見たって顔をする権利は、オレたちの方にあると思うけどな?」
人の部屋などお構いなしに、上がり込むニドゥカに続いて私もお邪魔する。
そこはこの国を収める王、カイネの部屋。価値のある書物や、高価な家具、王家に伝わる家財等がずらりと並ぶ、荘厳な場所、のはずなんだけど。
そこにあるのは、多くの人を模した絵画ばかり。それに絵画ばかりじゃない。いや、総合的に見れば大体絵なんだろうけど、様々な人の絵が寝具や家具、壁や天井にまで飾られている。それらの人型の絵を二次元キャラクターと呼ぶ、って以前その男本人から直接聞いた。
ここに目は何個あるんだろう、と。そんな変な疑問が浮かぶぐらいには異様な光景に、毎度のことながら恐怖を覚えていた。
「うるさいぞ、ニドゥカ殿。拙者の大切な推し活タイムの邪魔をしおって」
そんな中、髭を蓄えた男は絵が張り付けられた椅子に座り、ローテーブルに置かれた飲み物を一気に呷った。
そして、改めて見せたその瞳からは、先ほどまであったふざけた雰囲気を微塵も感じさせない。
一転した空気に怯んでいると、王であるカイネの視線がニドゥカから私へと向けられる。
「……しかしまあ趣味の話は終わりにして、それよりもギルハ殿。拙者は感激した。まさか其方に、配信の素質があったとは」
「――え?」
頭に巻いた変な布切れを外しながら、カイネ王が目を瞑り深く頷く。何の話だろう。てっきり怒られたりするのかと思って身構えていたから、反応できずに空気を漏らすことしかできない。
「てっきり毒を撒き散らしながら、日々を怠惰に過ごし、賭け事に狂い、金を無駄に使う存在でしかないとそう思っていた」
「おい」
ニドゥカが思わず口を出すけど、それ以上は訂正してくれない。多分、大体あってるからだ。訂正もできないんだと思う。悲しい。
「だが、実際に配信を観て、拙者は確信した。ギルハ殿、其方は拙者の最推しになれる素質がある。既に推しではあるのだが、それを遥かに超える存在、最推しにな」
「え、えと……国王様もさっきの配信? っていうの観てたの?」
「当たり前だ。配信を提案したのも拙者だからな。何ならハイコメもしたぞ。反応して貰えて実に光栄だった」
「ええ……?」
この人は何をしているんだろう。老練な眼には澄んだ光が宿っているけど、その恰好はキャラクターが描かれた服を纏っているだけで、豪奢なアクセサリーとか品位を感じる装飾品とか、そんなものは一切ない。本当にこの国の王なんだろうか。
「おまけに、転送後の世界でも上手くやれているようで良かった」
「そうだ! 国王様、説明してよ! あの世界って何なの?」
ちらりとニドゥカを見やると、頷き返してくれる。それから一緒に、カイネ王へと視線を向ける。
「……いいだろう。というか、推しのためにちゃんと説明する義務が拙者にはあるからな」
ごほん、と。咳ばらいをして、それから私たちと視線を交える。
彼は重々しい様子で、その口を開いた。
「ギルハ殿が観たあの世界は、未来の日本という場所。正確に言えば、拙者たちの住むこの世界と日本とが混じった結果生じた、――混沌の未来だ」
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